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    38sgmj

    @38sgmj

    38(さや)と申します。
    えっちなやつや犬辻以外のものを載せています。
    最近はモブ辻と辻ひゃみが多いです。
    大変申し訳ありませんが、基本的に読み手への配慮はしておりません。また、支部にまとめたりすると消すこともあります。まとめてなくても消すこともあります。

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    38sgmj

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    モブ同級生♀に何度も告白されて、そろそろ心苦しくて頷いてしまったほうが良いのかもしれないと考え始めた辻ちゃんを全力で止めに入って、むしろ自分と付き合って欲しいと全力でアピールする犬飼先輩のお話です。
    意識的に会話文たくさんにしてみました。

    #犬辻
    tsuji

    つきあいたい犬辻のお話 同じ隊になった辻ちゃんは学年的には一年後輩だけれどボーダー歴では一年先輩で、さすがだなと思う場面もあれば、おれがなんとかしてあげないとねと思う時もある、少々変わった子だった。二宮隊は実力だけではなく容姿も優れていないと入れない、なんて誇張して言われることもあるけれど、自分のことはさておき、辻ちゃんのことを見ていると確かにそう言われるのも納得だよな、と思ってしまうくらい辻ちゃんの容姿は整っていた。初めて会った時から既に綺麗だったけれど、ここ一年で成長期を迎えて身長もあっという間に越されてしまったし、声変わりもして色っぽさまで身につけてしまった。艶々とした黒髪に涼しく整った小さな顔に、長い手脚。もうこれモデルじゃん、芸能人じゃん、全然一般人じゃないよと思うのに、女の子が苦手だといって近くに寄られるだけで楚々とした顔を赤らめて慌てふためくのだから隙もあって親しみやすい。攻撃手なんていう最前線、しかも接近戦を担うポジションについているくせに、普段は穏やかで大人しいし、どうなっているんだと頭を抱えてしまうくらい辻ちゃんは一辺倒ではいかない男だった。
     おれだってそれなりに整っているほうだと思うし実際モテているしで自信はあったけれど、それでも、辻ちゃんのポテンシャルには敵わないなと思っていた。辻ちゃんは俺はモテませんよ、なんて言っているけれど、多分それは辻ちゃんがよく見えていないだけで本人の預かり知らぬところで思いを寄せられているのだろうな、というのはおれでなくてもわかることだった。だから、こういうことになっても本来であれば驚かないはずだったんだ。
    「犬飼先輩。あの、……その、つ、付き合うっていうのは、……具体的に、どういうことをするんですか?」
    「え? は? なになに、辻ちゃんとうとう誰かとお付き合いすることになったの?」
    「……し、してみようかと、……か、考えているところです」
    「……は? マジで?」
     なんだか今日はやたらとソワソワしているな、と思えば、辻ちゃんは神妙な面持ちで想定し得たはずなのに辻ちゃんの未来として思いつきもしなかった話題をおれに振ってきた。それは見えていたのに集中シールドで防げないアイビスのような鋭さで、衝撃と同時に苛立ちまで連れてくるのだからタチが悪い。
    「……ま、まだ、……考えているだけ、です」
     換装せずに制服のまま辻ちゃんは隊室の椅子に座っていて、おれも同じような格好をしているから、なんだかまるで学校の談話室にいるみたいだ。お互いの手元には二宮隊お揃いで買ったマグカップにカフェオレが注がれていて、甘くてほわほわとした湯気は恋バナにぴったりな香りを届けてくれるのに、おれの鼻腔に入る頃には不快に変わるのだから、嗚呼、もうどうしようもない。
    「へぇ。でもなんでまた突然?」
     今までそんな素振り見せてこなかったのに。話の流れとして不自然ではないだろうと経緯を尋ねれば、辻ちゃんは綺麗な顔をほんのりと赤く染めて、俯きつつもちらりちらりとおれの目を見ながら答えてくれた。
    「入学してからずっと、俺を、す、好きだって言ってくれる子がいて、……お、俺はその子のことわからなかったし、それに、俺、こんなだから、全然顔も見れないし話も聞けないし、申し訳ないなって思いながら、断ってたんです。……でも、その子、その後も何度も俺に好きだって言ってくれて、二年になっても変わらず言ってきてくれるんです。……それで、昨日、……もし、俺に好きな人がいないんだったら、……その、……た、試しに、つ、付き合って、もらえないかって、言われて。……俺、たしかに、その子のこと何も知らないのにずっと断ってて、それって、すごく失礼な気がしてきて」
    「それで付き合ってみようって?」
     恋愛相談に乗っている風を装って聞いていたけれど、思いの外冷たい声が出てしまった。まずいと思ったけれど、辻ちゃんはおれのそんな声色よりも付き合うというワードに反応していてそれどころじゃないようだった。嗚呼、助かった。
    「! い、いえ、その、まだ、……そもそも、俺、付き合うっていうのがよくわからなくて。……だから、犬飼先輩に聞いてみてから、か、考え……ようかと」
     なるほどね。辻ちゃん、真面目だなぁ。多分おれはそんなことを言って笑ってみせたんだと思う。辻ちゃんはそこでようやくほっとしたように目尻を下げて、おれの言葉を受けた上で、こんな俺でも好きになってくれた人に適当な態度なんて取れないです、なんて言ってまた俯いてしまうから、だから、嗚呼、だから、おれ、何て答えたんだったっけな。その後おれは適当に自分の経験を伝えて、高校生ってそんなにお金持ってないし一緒に帰ったり、休みの日にちょっと買い物に行ったりするくらいで特別なことなんて出来ないよ、と言ったような気がする。二宮さんがして様になるようなデートはおれ達には到底無理だよ、なんて言えば、それはわかりやすい例えですねって辻ちゃんが可笑しそうに笑ってくれたから、それでようやくおれは掌で包んだままだったマグカップを持ち上げて中身を啜ることが出来た。甘い甘いスティックのカフェオレ。お湯を注ぐだけで飲める、インスタントなそれ。辻ちゃんは好きだと言うけれど、おれは顔も名前も知らない辻ちゃんに言い寄る女に似ているような気がして舌に乗せずにごくりごくりと大きく飲み干した。安くてぺらぺらな味だ。こんなのに満足しないでよ、ねぇ、辻ちゃん。

     おれは多分、自分で思っている以上に辻ちゃんが好きだった。それは綺麗なお人形のような見た目もそうだし、おれとは違う艶々でさらさらのまっすぐな黒髪もそうだった。性格だって大人しいだけじゃなくて男兄弟特有の逞しさだってあるし、存外ノリだって良い。おれがふざけていれば注意してきたりもするけれど、それでも賢いだけの良い子ちゃんではなかった。戦闘中の視野の広さも自分の役割に徹するところも気に入っていたし、なにより辻ちゃんになら無防備な背中を任せられるという強い信頼があった。ボーダーには優秀な隊員はたくさんいるけれど、それでも言葉無しに命を預けられるのは辻ちゃんしかいないと思っていた。そうだ。おれのすべてを渡せるのは辻ちゃんしかいないんだ。そんな辻ちゃんが知らない女とお試しで付き合おうとしている。そもそも試しにってなんだよ。辻ちゃんに値踏みしろと言うのか。おれはあの後、都合良く鳴ったスマホをひらりと振って、頑張り屋さんの愛弟子が呼んでるからちょっと行ってくるね、と隊室を離れた。彼からメッセージが届いていたのは本当だけれど、内容は別におれが足を運ぶようなものではなかった。ただ、個人戦で少し結果が出てきたという小さな、けれど大切な報告だった。それをおれは誇張して辻ちゃんに伝えて、そして、辻ちゃんの恋バナの続きおれすごい気になるからまだ帰んないでね、と念を押して出てきたのだ。しばらくは普通の歩調で。でも隊室から離れれば少し駆け足でおれは個人戦のブースに向かって愛弟子を労い、彼に会ったという既成事実を作った。そして、多分いるだろうとふんで片桐隊の隊室を目指した。二宮隊と入れ替わるように最近昇格した彼等の隊室は見慣れた風景の中にあって、でも、当然だけれど知らない空間だった。
    「こんにちは。突然だけど、結束ちゃんいる? イケメンじゃなくて悪いんだけど、ちょっとおれとデートしてくれる?」
     強引に連れ出したのは辻ちゃんと同じクラスの結束ちゃんだった。彼女が無理なら片桐くんでも良かったのだけれど、聡い彼女が、もしかして辻くんのことですか、と聞いてきてくれたから、話が早いと許可を得て自販機前までデートに誘ったのだ。近場のデートでごめんね、とおどければ、結束ちゃんはひゃみちゃんもよくする胡散臭そうなものを見るじとりとした目でおれを見て言った。ちょうど私もここに来たかったんです、よくわかりましたね、と。おれは笑いながら、ガコン、ガコン、とペットボトル飲料を二本買うと、さっそくで悪いんだけど、と話を振った。辻ちゃんの話。結束ちゃんはどちらかというとそういった恋バナには疎いほうだと言うけれど、それでも辻ちゃんの話は有名だったらしく彼女の耳にも届いていたようだ。
     その子が入学してからずっと辻くんに告白してはフラれてるっていうのはかなり有名な話で、本当は文系なのに辻くんが二年で理系に進むって知ってから理系に進路変更したくらい辻くんのことが好きみたいなんです。私だったら全敗してたら脈無しだって諦めると思うんですけど、その子、辻くんは自分のことを嫌いなわけではないし、他に好きな子がいるわけでもないから諦められないんだって言ってるそうなんです。私はやってないからわからないんですが、その子のSNSを見ると、フラれた後にも、やっぱり諦められない、だとか、目を見てくれたのが嬉しい、って書き込まれているみたいで、かなり本気で辻くんのこと好きなんだと思います。最近も、諦めなければ叶うかも、なんて書いてあったらしくて、皆、とうとう辻くんが折れたのかもって盛り上がってるんですよ。
     結束ちゃんはおれの欲しかった情報を教えてくれて、それだけでなく、これは私の勝手な心配なんですが、と気になることまで教えてくれた。亜季もそれを気にしてるんです、と彼女にしては漠然とした言い方をするものだから、おれは出来る限り穏やかな表情を装って、ありがと結束ちゃん、助かった、とさっき買ったペットボトルを彼女に手渡した。尼倉ちゃんとどうぞ、と笑えば、そういうところですよ犬飼先輩、とまたじとりとした目で見られてしまったから、おれは今度こそ本当に笑ってしまった。

     そんな、数百円の出費でおれは結束ちゃんとデートという名を借りた情報供与を受け、辻ちゃんがいるであろう自隊の部屋まで向かって歩いていた。結束ちゃんは冷やかしとしておれが聞いてきたと思ったのかもしれないけれど、今ぐるぐると胸や頭を回る仄暗い感情は冷やかしというにはあまりにも煮詰まり重かった。理転してまで辻ちゃんと同じクラスになりたかった女の子。SNSに匂わせの投稿を繰り返す女の子。試しに自分と付き合ってみないかと迫ってくる女の子。そんな彼女の熱意に押されて、本性を知らずに健気に自分を慕ってくれるからというだけで誠実に対応しようとしている辻ちゃん。おれの命を任せられる唯一のパートナーに、そんな女を試させるわけがないだろう。おれはようやくはっきりしてきた感情の輪郭をなぞりながら扉を開けて中に足を踏み入れた。それはまるで、遠征に向かう心境に似ていた。
    「辻ちゃーん、お待たせ」
     軽い声を意識して声をかければ、辻ちゃんは作戦室を入って右側にある給湯スペースでさっき使っていたマグカップを洗っているところだった。制服のジャケットは脱いで椅子に掛けていて、ぶらぶらと揺れて邪魔なネクタイの先は左胸のシャツのポケットに無理矢理押し込まれている。そこまでは濡れないようにと気が回るのに、肝心の腕周りはただ肘まで押し上げただけで、左の袖はゆるゆると下がってきていて今にも濡れてしまいそうだ。
    「ごめん。洗い物、ありがとう」
     おれは真っ直ぐに辻ちゃんの元に向かって、そして横着した左の袖を釦を外してくるくると巻き上げた。それに辻ちゃんは、ありがとうございます、助かりました、と恥ずかしそうに眉を下げてこちらを見遣るから、おれはこんな些細なやり取りすらも渡したくないと溢れ出しそうな心を押さえつけて、辻ちゃんは変なところで大雑把だよね、と笑ってみせた。
    「二つだけだったので大丈夫かなと思ったんですが。やっぱり左だけ駄目でした」
    「ははっ、わかってたんじゃん」
    「ふふっ。はい。でも、いけると思ったんです」
     キュ、キュ、と少し不慣れな手つきでマグカップの持ち手を洗う辻ちゃんは年相応な男の子の顔をしていた。右腕はともかく、左腕は落ちてくるかなってわかりつつも、まぁコップ二つくらいだしいけるかなって思った、十七歳の男の子の顔。辻ちゃんは右利きの弧月使いだから、左右の腕で筋肉のつき方が違うんだよね。ぱっと見はどちらも同じ細腕だけれど、使いこまれた右腕はしっかりと筋肉がついていた。それでも昔よりは太くなった左腕をおれは頼もしく思っていた。利き腕を落とされても、左手で握り直した弧月に助けられたことは少なくない。おれも結構利き腕落とされちゃうけれど、それでも、辻ちゃんが左を使う時は終盤が多かったなと思った。トリガー構成がシンプルな分、辻ちゃんは絶対に落とされないという覚悟が強いんだ。そんなところが、おれは好きなんだよ。
    「ねぇ、辻ちゃん。おれね、さっきの話、考えてたんだけどさ」
     いつ言おうかと思っていた。また椅子に座って向かい合わせになって話すべきなのか、帰り道で歩きながらにすべきなのか、それともおれの家へと連れ帰って逃げられないようにして伝えるべきなのか、何通りも何通りも考えていた。けれど、そんな考えを裏切っておれの口は今このタイミングを選んでしまった。辻ちゃんも意外だったようで、スポンジを握った右手はぴたりと止んでしまった。左手には洗かけのマグカップ。泡でもこもこの両手。なんでこんな時にと思っただろうに、おれは何の計算もなく、ただ、口を滑る重い感情に任せて彼を縛りつけた。
    「これはおれの考えで、全然客観的なアドバイスとかじゃないよ。……おれはさ、辻ちゃん。おれはその子と付き合って欲しくない。お試しだったとしても願い下げだよ」
     え、と辻ちゃんの薄い唇が小さく開いた。真っ黒で光を通さないようにも見える紫の瞳が動揺で揺れているのが見えて、なんだか少し可笑しかった。
    「その子のこと、ちょっと聞いてきた。かなり辻ちゃんのこと好きみたいじゃん。でもさ、辻ちゃん知ってた? その子、SNSでかなり匂わせするタイプらしいじゃん。匂わせってわかる? もし辻ちゃんと付き合えることになったらさ、突然、空の写真とか載せて、ハッシュタグでありがとうとか、幸せ、とかつけて投稿しちゃうんだよ。はっきり何があったとは言わないけど、でも、見てる人に良いことあったんだなって思わせる書き方するの。そういうのが匂わせって言うんだけど、辻ちゃんと一緒に帰ったら、辻ちゃんの肩とか手だけ写るように写真取って、それ載っけて、大好き、とか書いちゃうの。そうするとさ、男写ってんじゃん、この前のあれ、彼氏出来たってことだったんだってなるじゃん。デートしたらご飯メインのふりして辻ちゃんの料理とか手とか写りこむように撮って、また来ようね、とか書いちゃうの。もしかしたら辻ちゃんかもって思う程度に辻ちゃんの髪の毛とか靴とか写りこむようにしてさ、辻ちゃんのこと匂わせるわけ。堂々と辻ちゃんの写真載せたりしないけど、でも、辻ちゃんのこと自慢したくて自慢したくて堪らないタイプなんだよ。辻ちゃん、そういうの耐えられる? ご飯とかもさ、辻ちゃんは甘いものが好きだけど、その子、なんでも今Kポはまってるらしいじゃん。どうする? 辛いものばっかのとこ行くことになったら。彼氏とお揃いが良いらしいから、絶対辻ちゃんも辛いご飯食べることになるんだよ。大丈夫? 無理でしょそんなの、だって一回や二回じゃないんだよ。スイーツのお店だったとしてもさ、その子は辻ちゃんと一緒にいるところを見てほしいわけだから、女の子ばっかりで混んでるお店をわざわざ選んで連れて行くんだよ。辻ちゃんがどれだけ恥ずかしくてもつらくても、その子にとっては全然関係ないわけ。むしろ、辻ちゃんが苦手な場所ほどその子は辻ちゃんを連れて行きたいわけ。だってたくさんの人に辻ちゃんと一緒にいる自分を見て欲しいんだもん。下着の店だって平気で連れてかれると思うよ。辻ちゃんが無理って言っても、ちょっとだけだからって強引に店の中入れられてさ、どれが良いと思う? なんて見せられて、そんなのわかんないよって思って適当にどっちも良いと思うなんて言ってごらんよ? すぐに下着の写真アップされて、ハッシュタグで選んでくれてありがとう、とか付けられるんだよ。あたかも辻ちゃんが自分の下着選んだみたいな書き方でさ。……ねぇ、辻ちゃん。おれは、辻ちゃんのことマウント取るためのアクセサリーみたいに扱う女と付き合って欲しくないよ」
     おれは自分でも引くくらい真剣に辻ちゃんに起こるかもしれないことを訴えた。言い訳すれば、それは結束ちゃんやひゃみちゃんも危惧していることでもあった。辻くんがその子のことを好きになれば関係ないのかもしれないけど、ただお試しでって言葉通りに付き合った結果SNSで匂わされちゃったら、辻くん大変なんじゃないかな。やっぱり駄目でしたって言ったら、何て投稿されちゃうんだろう。辻くんが悪者にされなきゃ良いんだけど。同性に、しかもひゃみちゃんや結束ちゃんにまでそう言われる時点で付き合う選択肢なんて残っていなかった。辻ちゃんは、え、え、とおれの勢いに押されて弱々しい声を漏らしていたけれど、おれが念押しのように付き合って欲しくない、と伝えると、紫の色を濃くしておれを見ていた。持っていたスポンジは元の場所に戻して、マグカップはシンクに置いて、でも、泡のついた両手はどうしたものかと半端に浮かせたままだ。おれは身動きの取れない辻ちゃんの腰に右腕を回した。普段はジャケットで隠れている辻ちゃんの細い腰。今は白いワイシャツだけの細くて、薄くて、なんかちょっと色っぽくも見える辻ちゃんの体。身長に合わせて買うとさ、制服のパンツってかなり緩いよね。ぎゅう、ときつく締められたベルトの下で紫の生地が波打っているのが見えて妙にどきどきした。中に入れたはずのシャツの裾がゆるゆると溢れてベルトに乗っているのすら色っぽく見えてしまう。そんな辻ちゃんの腰を抱くと、辻ちゃんは珍しく焦った声でおれを呼んだ。犬飼先輩。それを無視しておれは辻ちゃんの右の手首をやわく掴んだ。
    「辻ちゃん、さっきおれに聞いたよね。付き合うって何するんですかって。おれ、さっき答えなかったけど、さすがに辻ちゃんだってわかってるよね? 付き合ったらさ、セックスだってするんだよ。一緒に帰って、たまにデートして、メッセージのやり取りして、電話して。でも、それだけが付き合うことじゃないよね。わかるでしょ? キスだってするかもしれないし、彼女の家行ってさ、今日親帰ってくるの遅いんだよね、なんて言われたら、そんなのセックスのお誘いに決まってるじゃん。それ、辻ちゃん、その子と出来るの?」
    「っ、そ、それはっ!」
    「まぁ、セックスするかどうかは相手次第だからマストじゃないにしてもさ。でもさ、辻ちゃん。付き合うってさ、おれ、自分の大切を相手にあげることだと思ってるんだよね。時間もお金も、体もさ、誰にだってあげられるわけじゃないし、見せるもんでもないじゃん。それをさ、この人だったらあげても良いって思えるのが付き合ってる、だと思うんだよね。……で、ここからは完全におれの意見」
     おれは、セックス、なんて単語に反応して耳まで赤くしている辻ちゃんに顔を寄せて、意見と言いつつ、もはや願望ですらあった言葉を口にした。
    「おれは、辻ちゃんにおれの大切をあげられる。今だって辻ちゃんに命預けてるんだもん、今更辻ちゃんにおれの大切あげられないわけがないよ。辻ちゃんが許してくれるなら、おれ、このままキスだってしたいし、セックスだってしたい。おれ、辻ちゃんになら勃つと思うし、それくらい、辻ちゃんのこと好きだよ。……うん。好き。……大好き。二年告られ続けても申し訳なさしか感じなかった女と、二年命預けて側にいたおれと、どっちか選んでよ。ねぇ、辻ちゃん」
     我ながら狡い言い方だと思った。それに、計算したわけではないにしても、手に泡のついた状態の辻ちゃんが制服を着たおれの肩をシミになるのを承知で押してくるとも思えなかった。ただ、辻ちゃんが女の子を選ぶわけないとは思っていても、だからといってじゃあおれと付き合ってくれるのかというと、そればかりはわからなかった。現に辻ちゃんは困惑した顔をしていて、いつもであれば女の子に囲まれた時に見せる弱々しい目で俯いたりおれの目を見たりと落ち着きなく紫を動かしていた。やっぱり狡かったかな、と腰に回した腕から力を抜けば、辻ちゃんは覚悟を決めたように一度唇をきゅっと結んで、それから再び口を開いた。薄くて小さな唇だ。
    「お、……俺、は。……先輩と、き、キス、……とか、……せ、セッ、……クス、とか、……したいとは、思って、ませんが、……でも、……でも。……あの子と犬飼先輩だったら、……俺は、……せ、先輩が。……先輩に、すべて、……預けます」
     ずっと右往左往していた瞳が、最後の最後、しっかりとおれを見つめた。少し潤んで揺らめいて見える辻ちゃんの紫。おれの好きな強い瞳。
    「……おれに全部預けてくれるの?」
    「……はい」
    「ちゃんと考えて言ってる? おれ、辻ちゃんのファーストキスも処女も欲しいって言ってるんだよ?」
    「っ! そ、それは! ……駄目、です、けど、……でも、俺の大切をあげられるのは、……それは、……今は、……犬飼先輩にしか、……あげられません」
     ごにょごにょと弱々しく紡がれる言葉はそれでも辻ちゃんの本心で、きっと嘘でもその場凌ぎでもないのだろうと思った。でもね、辻ちゃん。お前、本当はちゃんと考えられてないんだろ。
    「なるほど。じゃあ、辻ちゃんはおれと付き合ってくれるわけだ」
    「え⁉︎」
     ぎゅうと辻ちゃんの腰に回していた手に力を入れ直して自分の腰に引き寄せると、辻ちゃんは面白いくらいに肩を跳ねさせて驚いた顔をしていた。綺麗で大人びた顔をしているのに、たまに幼くて頼りない表情になる辻ちゃん。おれはそんな抜けてる辻ちゃんも可愛くて堪らない。
    「そうでしょ? だって辻ちゃん、今自分で言ったじゃん。辻ちゃんの大切をあげられる相手はおれしかいないんでしょ? それっておれと付き合うってことじゃないの?」
    「え⁉︎ あっ、えっ⁉︎ ま、待って、先輩っ、違っ、そ、そうじゃなくて!」
    「え? 違うの? じゃあ、例の子にあげるの?」
    「えっ⁉︎ 違っ! あの子には、あげません。……でも、っ⁉︎ えっ⁉︎ あっ、俺っ⁉︎ ち、違っ、わっ、あ、せ、先輩っ⁉︎」
    「辻ちゃん酷いよ。嘘ついたの?」
    「違います! 犬飼先輩っ、違っ、あの、俺っ!」
     おれは辻ちゃんが混乱しているのを知っていながら距離を詰める。前髪が重なって、おれの金の髪から黒が覗く。綺麗な黒。
    「……違うの? 本当に?」
    「……ぁ、せ、んぱぃ」
     近すぎて睫毛も重なる。辻ちゃんが慌てて動かすから、パサパサ当たって擽ったくて、少し痛い。それに、辻ちゃんのスッと通った鼻先がなんだか熱くて、余裕無くて可愛いなぁなんて思ってしまった。おれが唇のあたらないぎりぎりの距離で話すから、辻ちゃんは大きく反論出来なくて泣いてしまいそうだ。
    「おれにならあげても良いっていうのは本当なんでしょ? 付き合っても良いっていうのとは違うにしてもさ。でも、ねぇ、辻ちゃん。いつかそれ、本当におれに頂戴。セックスまで出来なくても良いからさ、辻ちゃんのこと、おれに頂戴。今以上に大切にさせて。それで、辻ちゃんにも、おれのこと大切に思って欲しい」
     本当はこのまま唇を重ねてしまおうかと思った。でもきっとそれはルール違反だから、おれは名残惜しく辻ちゃんの半開きになった薄い唇を眺めて、それで顔を少し離した。顔だけでなく耳も首も真っ赤に染めた辻ちゃんは何か言おうとしているのに言葉にならなくて、わなわなと震わせるだけだ。否定じゃなければ良いんだけど。おれは辻ちゃんの手首を掴んでいた手を解いてレバーを上げて水を出した。突然のそれに辻ちゃんは小さく驚いて、そしてぎこちなく手を差し出して泡を流し始めた。洗かけのマグカップはおれが片付けようかな、と思っていると、辻ちゃんはじゃぶじゃぶと荒い手つきでおれがやろうと思っていたカップの片付けを始めて、そして、水切りマットにそれぞれ並べると自前のハンカチで手を拭いて、それで、ようやくおれに向き合って口を開いた。
    「お、俺っ、……あの女の子には、明日、付き合えないって、言ってきます。先輩が心配してくれるように、俺のことを見ているのかどうかはわかりませんが、……でも、……俺の、時間も、他のことも、……知らないあの子よりも、犬飼先輩とか、……別の、人達に、使いたい、ので、……断って、きます」
    「うん」
    「……い、犬飼先輩のことは、……俺、普通に、……いや、あの、普通というか、その、……先輩として、……二宮隊の隊員、……違う。……ただの隊員じゃなくて、……なんだろう、その、……俺の半分というか、……二宮さんを自由に戦わせるためにいなくちゃいけない人というか、……俺より優先するって言うより、俺と一緒にいなきゃいけない、……その、……犬飼先輩は、……一緒にいるのが当然、……いや、あの、そうじゃなくて、……ううん、違う、やっぱり、……犬飼先輩は、俺の半分、なので、……大切に思ってますし、……好き、……だと、思って、ます」
    「……うん」
    「俺の、大切、……犬飼先輩になら、あげられます。俺も先輩に命、預けてるので、今更あげられないとかないです。……でも、つ、付き合えるかは、……わ、わから、ない、です。……だって、俺っ、き、キス、とかっ、で、出来ない、し、……それに、そういうの、わから、ない、からっ」
     辻ちゃんは細くて長い、あまり節の目立たない両指で口も鼻も覆って、必死になって言葉にしてくれる。こんな誠実な辻ちゃん、誰にも渡せないよ。おれだけの辻ちゃんになって欲しいよ。
    「……ありがと、辻ちゃん。混乱させてごめんね。でも、おれ、辻ちゃんの半分って言ってもらえて嬉しかった。おれも辻ちゃんのこと最高のパートナーだって思ってたから、余計に嬉しい。……キスとかさ、言い出しておいて悪いけど、辻ちゃんには辻ちゃんの考えがあるんだから、無理しておれの考えに合わせなくて良いからね。……きっと辻ちゃんはこれからもたくさんの人に好きだって言われて、今日みたいにたくさん悩むんだと思う。そんな時にさ、ちょっとでもおれのことも考えてもらえたら、……その、……う、嬉しい、よ」
     おれは自分で言いながら、情けないことになんでか涙声になってしまって、辻ちゃんが驚いたように大きく目を見開くのが見えて、嗚呼、こんなに好きになるんだったら、ファーストキスも童貞も捨てなきゃ良かったな、と思った。辻ちゃんは普段の表情の薄さなんて忘れて、くしゃりと眉を下げて、誰が見てもわかるほど困った顔をしていた。
    「……犬飼先輩、……ほんと、先輩、……ずるいですね」
    「ごめっ、ちょっとこれは、自分でも想定外。泣き落としとか卑怯だよね」
    「違います。そうじゃなくて、……俺がこの先告白されることがあったとしても、それすら稀なのに、……犬飼先輩と比べちゃったら、先輩以上になれる人なんて、そんな簡単に現れるわけないじゃないですか。俺のこと、一生独り身にするつもりですか」
     辻ちゃんは少し怒ったような顔をしておれを見た。馬鹿だね、辻ちゃん。ほんと、馬鹿。でも可愛い。大好き。
    「……そうだよ。そう。一生独り身にしてやる。辻ちゃんが知らない女と付き合って結婚しておれから離れるくらいなら、おれ、ずっと辻ちゃんのこと邪魔してやる。絶対おれより良い女なんて現れないようにしてやる。ひとりが嫌なら、……おれと付き合って。おれと恋人になって」
     おれは雑に涙を拭って、それで、いつだったか姉に脅された時に聞いたような調子で辻ちゃんに迫った。誰と付き合おうが辻ちゃんの自由なのに、勝手に口出して付き合うなと言っているんだ。今更ひとつ、ふたつ我儘言ったってそう変わらないだろう。辻ちゃん、おれのこともっと考えて。付き合って、おれのこと辻ちゃんの彼氏にして。一緒に帰ってデートしてキスもしよう。そう続けると、辻ちゃんは今度こそ、もう、と怒ったような声を上げて、そして、まだ少し水気の残る濡れた両手でおれの頬を挟んできた。
    「ぅぶ⁉︎」
    「それは! 考えておきますから! もう黙って!」
    「辻ちゃん! 暴力! 酷い!」
    「酷くない!」
    「酷いよ! 痛いもん!」
    「痛く、してるんです!」
    「やだ! 痛い! 無理! もう! 早くおれの彼氏になってよ!」
    「〜〜っ! だから! もう!」
     ギリギリ、と本当にこの綺麗な男のどこからそんな馬鹿みたいな力が出てくるのか理解できないくらいの圧で辻ちゃんはおれを潰しにかかってきた。途中まですごく良い雰囲気だったのに、まさかこんなところで辻ちゃんの男兄弟故の力技が発揮されるとは思わなかった。おれは顔を潰されるわけにはいかないと慌てて辻ちゃんの手首を握って止めに入るけれど、ほんと、一体この細い手首のどこからそんな力が出てくるんだろう。体型だっておれとほとんど変わらないし、なんだったら春の身体計測では同じ体重だったはずなのに。
    「やだ! 辻ちゃんが良いって言うまでおれ黙んないから! 付き合って! 辻ちゃん! おれの、ぅぐっ、恋人になって!」
    「だから! 考えるって言ったでしょ⁉︎ 潰しますよ⁉︎」
    「いたたっ! マジ! ちょ、マジ、痛っ⁉︎ もぉ、痛ぁ〜い!」
    「じゃあ黙って!」
     敬語も無し。手加減も無し。多分全力ではないんだろうけれど、それでも攻撃手なのも頷ける力で辻ちゃんはおれに黙れと言う。考えるんじゃなくて、はい、っていつもみたいにお利口さんにお返事すれば良いだけなのに、辻ちゃんはなんでかおれには流されないで自我を保っている。おれはさっきとは違う涙を浮かべながら最後にひとつだけ叫んだ。
    「ほんとに、好きだから。だから、絶対、考えて」
     辻ちゃんがその言葉に反応してフッと力を抜いたのにおれは上手く対応出来なくて、力を抜き損ねて辻ちゃんをカウンターに押しつけてしまった。おれ達には低い位置にあるそこにぶつかった辻ちゃんは台に腰掛けるようになってしまって、視線が一気に下がった。黒い目をまぁるくしておれを見上げてくる辻ちゃん。緊張して、怒って、最後には力で押し切ろうとしちゃう男の子らしい辻ちゃん。綺麗で大人しくて賢くて可愛くて、ちょっと頼りないところもあって、でも、おれなんかよりも何倍も力の強い辻ちゃん。体育の授業でホームラン打ってボールが行方不明になっちゃったり、辻ちゃんのサーブを受けた子が倒れちゃったり、走り幅跳びで飛びすぎて砂塗れで大変なことになってたり、綺麗で落ち着いた見た目とは全然結びつかないことをしでかすくせに、ノートに書かれた字は控えめに小さかったり、本当にめちゃくちゃだ。おれはきっと辻ちゃんの馬鹿みたいな腕力のせいで真っ赤になっているだろう頬を押さえながら、やっぱり、好き、しか言えなかった。
    「……辻ちゃん。おれ、ほんとに、辻ちゃんのこと、好きだから。何度だって言うよ。またほっぺ掴まれても言う。おれは」
    「犬飼先輩」
     ぴしゃりと辻ちゃんの声に阻まれて、口の中に、好き、が残ってしまった。辻ちゃんはカウンターの縁を掴んで、長い脚もだらんと伸ばして、見たことのないお行儀の悪い格好でおれを見上げていた。
    「俺も、先輩のこと、好きです。……でも、それが先輩の言う好きなのかどうか、俺にはわかりません。でも、ちゃんと、考えますから。考え、ますから、……だから、……待ってて、ください」
    「……うん。待ってる。辻ちゃん、優しいね。今度こそ殴られるのかと思った」
    「……さすがに殴りませんよ。……投げたりはするかもしれませんが」
    「げ。辻ちゃん、もしかして選択、柔道なの?」
    「はい。結構上手く投げられますよ」
     やだぁ、こわ〜い。半分くらい本音も混ぜてそう嘆けば、辻ちゃんはまた困ったように眉を下げて小さく笑った。
    「……ちゃんと、考えます。俺なんかを好きになってくれる人、本当に珍しいですから。適当な態度、取りたくないんです」
     そう言う辻ちゃんの顔が本当に本当に綺麗で、格好良くて、ギャップだらけでめちゃくちゃな辻ちゃんの揺るがない真ん中があるのだとしたら、それはきっとこの綺麗な顔なんだろうと思った。
    「……はぁ。やっぱり、辻ちゃん、好き。大好き。ねぇ、辻ちゃん。ちゃんとキスまで考えてね?」
    「っ⁉︎ 待ってって言いましたよね⁉︎ はっ倒しますよ⁉︎」
    「え〜ん、こわ〜い」

     次の日、辻ちゃんは本当に例の女の子の提案を断ってきてくれた。今まで見たことがない程に疲れ切った様子の辻ちゃんは、初めて女の子を泣かせてしまいました、ってひどく悲しそうにおれに報告してきた。決心が鈍らないようにと朝一で彼女に話しかけ、それだけでも神経が擦り減っただろうに、どうしても駄目なの? こんなに辻くんのこと好きなのに! と目の前で泣かれてしまえば辻ちゃんも泣き出したかったに違いない。それでも、辻ちゃんはどれだけ女の子に泣かれても、責められても、クラスを超えて集まったギャラリーに一部始終を見られようとも、断ってくれたというのだ。気持ちは嬉しいけど、応えられません、と。その後しばらくはフった辻ちゃんまで気持ちが沈んでしまって大変な様子だったけれど、本部のロビーで結束ちゃんと顔を合わせるなり、彼女は辻ちゃんが省いて教えてくれなかったことをおれにそっと伝えてくれた。
    「辻くん、すごく頑張ってましたよ。ちょっとで良いからって、少しでも知ってくれれば気持ちも変わるかもしれないからって食い下がる彼女に、辻くん、ちゃんとはっきりと言ってました。その時間を一緒に過ごしたい大切な人がいるから、って」
     それを聞いて、おれはぶわっと体が熱くなるのを感じた。そっかぁ、辻ちゃん頑張ってたんだね、と良いチームメイトの顔をしておれは笑って結束ちゃんと別れたけれど、少し歩いて誰もいない廊下まで来ると、おれはあの日辻ちゃんに挟んで潰された両頬を押さえて立ち止まってしまった。その時間を一緒に過ごしたい大切な人がいるから。辻ちゃんが言ってくれたらしい言葉。
    「あー、これはやばい。直接言われたら、おれ、マジで抑え効かないかも」
     辻ちゃんに投げ飛ばされるのか、はたまたはっ倒されるのか。おれは多少の怪我覚悟で、結束ちゃん達が聞いていたという台詞を言ってもらいに辻ちゃんの元へと向かった。
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    😭😭😭💒💒💒💖💖💖😍😍💖💖💕
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    38sgmj

    DONE音楽パロ再録本用に書き下ろしたお話です。
    バンドパロ 最初は二宮さんの負けず嫌いから始まったお遊びだった。大学の有名人、二宮さんに突然声をかけられたんだ。
    「お前、バンド組めるか」
     無遠慮に、そう、それだけ。二宮さんはピアノ科の先輩で、でも、おれの知っている二宮匡貴はバイオリン奏者のはずだった。姉に混ざって習い始めたバイオリンのコンクールで初めて見た二宮さんは本当に眩しくて、力強くて、輝いていた。そんな一方的に憧れて追った二宮さんは、同じ大学に入ってみればピアノに転向していたのだから世界がひっくり返ってしまった。それでも真面目に結果を出していけばいつか二宮さんと巡りあって、そして一緒に演奏出来る日が来るんじゃないか。自分にしては珍しく漠然とした希望を抱いて過ごしていた矢先のこれだ。バンド組めるか、だって。まさか仲良くなる前にバンドに誘われるなんて、ほんと、二宮さんって凄い人だ。なんでも、声楽科の知り合いが企画したイベントへのバンド出演を断ったら、そうだったわ、二宮くんには難しいわよね、なんて煽り以外の何物でもない言い方で返されてしまったらしい。それが、早い話プライドに触ったんだろう。二宮さんは大急ぎで学内のめぼしい人員に当たりをつけ、こうやって勧誘に回ってるわけだ。自分がすでにイケメンなくせに、後ろに黒髪の美人まで引き連れてさ。
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