カウントダウン 17歳って、青春の代名詞のようでいて、案外なんの節目でもない微妙な年齢だ。診療所に入るなりクラッカーをお見舞いされながら、そんな冷めたことを考えた。
「よぉクロ! 誕生日」
「…………」
「おめでとう……」
「ありがとうございます」
あまりの僕のリアクションの薄さに、先生の語尾が疑問形になる。
「今日、6日だよな」
「はい」
先生が僕の誕生日を忘れるわけはないし、日付にしたって毎日几帳面にカレンダー貯金しているほどだ。間違いなく、今日は10月6日、僕の17歳の誕生日である。
「んだよ、嬉しくねぇの?」
「別に、年齢がひとつ上がっただけですし、法的に許可されるものが増えるわけでもありませんから」
原付の免許が取れるようになったのは去年だ。自動車の運転免許が取れるのや、アダルト作品が見れるようになるのは18歳。結婚できるようになるのも、選挙権を得るのも、何をするにも親の許可を必要としなくなるのも、つまりは、この国に於いて法的に大人と認められるのは。
「まぁそうだけどよ、なんかこう17歳って、青春っ!、って感じすんだろ。……………………そんな目で見んなよ」
永遠の、とか、誰もいない海で走る水辺のまぶしさとかさー、などと軽く節をつけて曰う姿にため息が出る。無駄に上手いから腹が立つ。
「しっかし、もう4年半か。子どもがでっかくなるのは早いなー」
僕が知るだけでも何度も折れては繋がった骨を、僅かな脂肪と皮で包んだ腕が伸びてくる。下にではなく、上へ。ぽす、と乗せられたあと、わしゃわしゃと髪を掻き乱してくるそれをべし、と払い除けた。4年半で僕に粗雑に扱われるのにすっかり慣れた先生は、気を悪くするでもなく笑っている。
早くなんかない。遅すぎてもどかしい。今欲しいものはそれじゃない。
欲しいものは、先生のすべて。あげたいものは、僕のすべて。なりたいものは、先生の隣で人生を共にする存在。先を生きる人に手を引かれるだけの弟子じゃなくて。
だけど、それにはまだ、なにもかもが足りない。思いを過不足なく渡すための言葉も、やっと追いついたばかりの身長も。抱きしめるための腕だって、先生をどこにも行かせないにはまだ弱い。だいたい、まだ法的に子どもでしかない僕の想いに応じてしまうような人なら、好きになってない。
なりたい自分になるために、欲しいものを欲しいと伝えるためには、生きてきた時間が、まだ、足りない。あと、365日。
「人生子どもでいられる間のほうが短ぇんだから、そんなに急ぐなよ」
もう見上げなくても視線が合うようになった金色の目が細められた。わかっている。わかっていても、伸ばせない手がもどかしい。
なのに、こんな風に一歩先で笑いながら甘やかしてくれるのが、どうしようもなく心地よいことが、一番悔しい。
大人になるまでに、あと365日もかかる。
子どもでいられる時間は、あと365日しかない。