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    鋭秀です。
    「見てはいけないユメをみた」の鋭心サイドの話+続きです。

    ##SideM
    #鋭秀
    sharpAndExcellent

    ユメから醒めたら始まる夢を「あ、えいしんくん! 昨日の恋オレ最終回観た?」
     手にコンビニの袋を提げた蒼井享介が話しかけてきたのは、飲み物も用意してソファに腰を下ろし、さあ台本を読もうと思ったときだった。
    「…………いや、観ていない」
    「そっか、じゃあまだネタバレしないどくね」
    「別に構わない。観る予定もないから気にするな」
    「え」
     眼鏡の奥で大きな目が意外そうに開かれる。
    「もしかして観てないの? あれすっごく面白いよ。それに、しゅうくんがメインで出てるのに」
     しまった、と思ったがもう遅い。気を遣わなくていいと伝えるだけなら、もう少し言葉を選べたはずだ。
     だからだ、などと、まさか享介に言えるはずもないし、そしてそれは正確ではない。不仲なのだと疑われても困るが、本当のことはもっと言えない。
     秀だから駄目なわけでも、仲が悪いわけでもない。それこそつい先週秀が出演したゾンビ映画をプロデューサーも交えた4人で観に行ったばかりだ。秀演じる幼馴染が離れ離れになってしまった主人公たちとやっとの思いで再会を果たすも既に半分ゾンビと化しており人格が壊れてしまっていたシーンの悲壮さは実に胸に迫るものがあって、近くの席から啜り泣きが聞こえるほどだった。映画全体としてはおそらくやりたい話に対して尺が足りていなかったのだろうなという印象を受けたが。
     だから、今回のドラマ、『初恋オレンジシーズン』を見ていない理由はただひとつ。もし見たら、きっと思い出してしまうから。あの時の秀の涙と、己の犯した罪を。
    (俺は、秀の信頼に付け込んで、己の欲望を満たそうとした)
     件のドラマの撮影にあたり、キスシーンがある、初めてのキスは信頼できる人としたいと秀が言い出したのは、今年最初の蝉が鳴き始めた頃のことだった。
     芸能の世界を選んで飛び込んだからには、作品で求められるのならば、どんな演技にも抵抗はない。幼い頃から実の両親がパートナー以外の誰かと熱い恋愛模様を繰り広げたり、あるいは人を殺してみたり実は人間ではなかったりしているのを観続けている、というのはかなり特異な生育環境なのではあろうが、そこまでではなくともよく見知っている人物がそのようなシーンを演じていること自体には、なんの感情も持たずにいられる。
     たとえそれが、愛しくてたまらない相手であろうとも。
     だから秀が初めてキスシーンを撮ると話した時も、仕事のひとつとしか思わないでいられたし、アドバイスを欲しがっているのだろうとしか考えていなかった。それぞれ得意分野も視点も異なるから、お互いに意見を求め合うのはよくあることだ。とはいえ己もそこまで場数を踏んでいるわけではないから、どういうことであれば教えてやれるだろう、と、思案しはじめる。
     だが、秀の次の言葉に、思考が止まった。
    「初めては…………信頼できる人としたい。鋭心先輩、俺と、キスしてください」
     こちらを真っ直ぐ見上げる青い目は、ほんの僅か揺らいでいたように見えて、けれど、それは気のせいかもしれないとも思う。一度なにかを決めた後で迷うところを、見たことはなかったから。窓をすり抜けて届く蝉の声と、秀の部屋の片隅を埋め尽くす種々の機材が微かに唸る音が、やたらと耳についた。
    「プライベートでも、まだしたことないんです。まあ当然、完璧にこなしてみせますけど。ただ、初めてが仕事以外で話したこともない人と、演技でっていうのは、俺的にもったいない気がして。……ちょっと、ロマン抱き過ぎですかね。18にもなって」
    「いや、それは問題ないだろう」
     芸能界に飛び込んでまだ3年、感性が染まりきっていないのは、おそらく悪いことではない。それが本人を苦しめるものでないならば、だが。演技で求められるのならばとあっさり受け入れた己とは違う。そこまではいい。ただ、それに因る彼の頼みが、あまりにも自分にとって残酷で、この上なく都合が良いものだったというだけで。
     焦がれて、心から焦がれてやまない存在から、信頼できる人間として触れてほしいと言われるなんて。
     ずっと、ずっと愛する者として、その頬に、唇に、触れたくて仕方がないというのに。
    「信頼できる者、というのなら俺以外にもいるだろう。百々人には頼んでみたのか?」
    「百々人先輩にはまだそういう仕事来たことないはずだから、それは申し訳ないなって」
     逃げ場として咄嗟に名前を出してしまった百々人には申し訳なかった。一瞬でもプロデューサーに任せてしまおうかと考えたなど、本当にどうかしている。
    「鋭心先輩にしか頼めないんです。ねえ鋭心先輩、鋭心先輩にとっては、仕事仲間からの演技の仕事の依頼だと思ってください」
     秀にとっては、これは仕事ではないのだ。言葉を返せずにいるうちに、彼には珍しく、少し弱気な言葉を続けた。
    「……嫌なら、断ってくれていいですから」
     果たして鋭心のことが初めから第一候補だったのかはわからない。消去法で己が最上位に来ただけかもしれない。それでも、彼にとってはそれなり以上に重要な意味を持つ行為の相手に足る、信頼できる人間として、選ばれたことには間違いはない。
    「…………了解した」
     だからこそ断るべきだった。秀の信頼に乗じて、秀に触れることができると、彼の心と身体のまだ誰も触れていない部分に忘れられない痕跡を残せるのかもしれないと考えてしまった時点で、もうその資格はなかったのに。
    「お前は、これが初めてだと思っていろ、……秀」
     信頼できる先輩のふりをして、震える背中を抱き寄せて、初めてのキスを奪った。
     土壇場で拒絶されるようなことはなかった。柔らかな秀の唇に触れる。最初は強張っていた体から力が抜け、安心したようにその体重を委ねられ、背中に腕を回された。服越しに伝わる体温、おそらく常よりも速い鼓動。ほのかに漂う甘い香りは、午前中のロケでつけたという香水の残り香で、秀自身の匂いがわからないことを勿体無く思った。最初で最後の機会になるだろうから、秀のすべてを感じたかったのに。
     できる限り優しく食んだ無垢な唇は、かさついたところなどひとつもなく、瑞々しかった。どれだけ触れても満足などできない。けれど、秀が己に期待したラインは十分に超えているだろう。そろそろ止まらなくては。作品についてはなにも知らないが、これまでに作り上げられた、対外的な「天峰秀」のイメージを思えば、それほど濃厚なシーンがある役柄は受けさせないはずだ。天峰秀に世間が抱くイメージは、透明感、あるいは清涼感だろう。芯が強くて何事にもやや前のめり、常に楽しげでバイタリティ溢れる内面に対して、その容姿は圧倒的な存在感を放ちながらも、透き通るように涼やかで可憐でどこかリアリティを欠く。そんな彼に、生々しいキスシーンは似合わないし、おそらくまだ求められていない。
     なのに、その秀の体温が、息遣いが、感触が、こんなにはっきりと腕の中にある。初めて足を踏み入れた秀の部屋、今年初めての蝉の声、香水の匂い、慣れないものすべてが、現実感を奪っていく。手放してはいけないものを見失いそうな感覚がする。求められている役柄を逸脱してはならないと、己を警める。
     唇を解放してやると、そっと秀の瞼が開いていく。いつも硝子のように澄んだ青がとろん、と常にない粘度を帯びて見え、ぞくりと背筋を欲が走り抜ける。これ以上、直視してはいけない。こちらが視線を逸らすよりも先に、秀の目線が下を向いた。ほっと気を抜いてしまった瞬間、その声が、思考を貫いた。
    「えーしん、せんぱい……」
     名前を呼ぶ、舌足らずで甘い、抑揚の不安定な声。預けられたままの体重、肩口に寄せられる、小さな頭。
     欲しがられているのだと、錯覚してしまった。
     秀が求めているものは、「信頼できる先輩」の眉見鋭心だというのに。
     己と役柄は、別人だ。相手役とその演じている役もまた別人である。だから役柄が相手に向ける思いは自分のものではないし、そう割り切ってるからどんなことでもできるし、自分の中に残る確かな演技と仕事の経験値にこそなれど、引きずることも呑まれることもない。
     けれど、自分と役柄を隔てる、現実を虚構から守るための壁が、壊れてしまう瞬間がある。
     この時がそうだった。「信頼できる先輩」という役柄を演じていたことを、忘れた。
    (ああ、そうか。演技だと言うなら)
     秀の頭をかき抱き、強引に唇を割り開きながら、最後に残った、演じ手の自分が崩れ落ちていく。
    (鋭心先輩と呼ぶなと、言っておけばよかったのか)
     それは愛しい少年が、自分を呼ぶときの名前だったから。

     あれが芝居の中の出来事だったら良かったのにと何度考えただろう。けれど、はっきりと、秀の体温も味も表情も声も、涙も、記憶に刻み込まれている。あの場所が板の上ではなく、秀の部屋だったことも、ICカードの履歴や個人LINKのやりとりから明らかだ。あの日、秀の家の最寄駅に着く時間の連絡に対しての『了解です。迎えに行くんで改札出たところにいてください』という返信を最後に、メッセージ欄は更新されていない。何度開いてみても、その時期おすすめの果物の種類を訊いてきたり、先輩が好きそうな曲を見つけた、とURLを送ってきたり、そんな他愛無い言葉たちが増えることはなかった。
     C.FIRSTのグループLINKではなんの問題もなくやりとりしているし、仕事やレッスンで顔を合わせてもぎくしゃくしたり明確に避けられたりするようなこともない。お互いに言わなくてはならないことはちゃんと言い合って遠慮なく議論するし、何かの時にはフォローもし合う。つまりは、「C.FIRSTの眉見鋭心と天峰秀であること」にはなんら支障をきたしていないし、少なくとも他人から見れば、ふたりの間にトラブルがあったようには見えないだろう。
     ただ、少しずつ少しずつ紡いできたように思えていた、私人としての眉見鋭心と天峰秀を繋いでいた糸が、切れてしまっただけだ。
     もしもあの時、秀が咽せて正気に戻っていなければ、どうなっていただろう。嫌がる秀を力づくで犯すような真似だけは絶対にしなかったと断言できる。少しでも拒絶してくれたなら、そこで止まれていたはずだ。だが、そもそも己の欲と衝動のままに秀を怯えさせたり、嫌がられるような行為をすることがまず許されるものではない。それに、もしも驚きや恐怖、或いは先輩であり今後も共に歩む仲間である自分への遠慮のような理由で明確に抵抗されなかったらどうしていたか。秀に限って、それはないと思うが。あるいは、秀もまた雰囲気に呑まれて、正常な判断力を失ってしまっていたとしたら。万が一そんなことになっていたら、秀の身体と心に取り返しのつかない傷をつけることになっていただろう。否、もう既につけてしまっているのかもしれない。
     悔しそうな顔も、見たことがあった。悲しそうな顔だって、これだけ時間を共にしていれば目にする機会はある。戸惑いも、憂いも。本人はクールなつもりでいても、秀はいつでも感情が顔と態度に出てしまうから。
     けれど、あの時の秀が何を思っていたのかが、何度考えてもわからない。
     多種多様な感情が入り混じった表情で、ぼろぼろと涙を溢す秀の姿など、演技以外では見たことがなかったから。


    「どうしたの、ボーッとして。大丈夫?」
     ふと気づくと、困惑をその顔に浮かべつつ、享介がこちらを見ていた。
    「いや、なんでもない」
     どう見てもなんでもなくはないだろうが、そっか、忙しそうだし無理しないでね、とだけ言ってそれ以上は追及してこないでいてくれた。彼の人との距離感の測り方は、この事務所でも随一のもので、雑な言い方をしてしまえば空気の読み方が完璧だ。
    「まだしばらくいる?」
    「プロデューサーが戻るまで待っているつもりだが、なにかあるのか?」
    「これからここで俺とF-LAGSとかのんくんで恋オレ最終回の応援上映会するんだ。だいごくんとかのんくんがまだ観てなくて、俺ももう一回観たいしちょうどいいねって話になってさ」
    「応援上映……?」
     映画ならよく聞くがテレビドラマ、それもラブコメではあまり耳にしない単語に、一瞬理解が遅れた。返事をするより早く、お盆にお菓子を大量に載せてやってきた涼がうんうんと頷く。
    「僕は昨日リアタイしてさっき移動中にも見て次が3回目なんですけど、今回こそ来夢くんが勝つかもしれないよ!」
    「……流れるようにネタバレをした気がするが、それは構わないのか? ふたりは初見なんだろう」
     思わず己のことながら的外れな疑問が転がり出る。
    「どっちが勝つんかは原作モノじゃけぇ今更じゃ。知っとってもハラハラするし面白いからさすがじゃのぉ」
    「……ふたりとも魅力的で、それぞれに積み重ねた関係性と時間がある。どちらか片方を選ばなくてはならない、というのはとても残酷だが、あるいは選べるだけ主人公は幸せなのかもしれないとさえ思ってしまったよ。おれたち視聴者は、その選択を見守ることしかできないからな」
    「一希さんも来夢くん派ですもんね」
    「……どうしても、ひとりだけを選ばなくてはならないというならな」
    「学校でもみんな毎週恋オレのお話ししてるんだよ! ライムくん派のお友達にしゅうくんのサインもらってきて、って頼まれたけど、それはね、だめだから」
     でもこのドラマでしゅうくん、ファンとっても増えたね! とかのんが嬉しそうに言う。
     話の流れからして、来夢というのが秀の演じているキャラクターなのだろう。そしてどうやら彼は敗北する役のようだ。学園ラブコメなのだから、ヒロインに振られる役どころか。
     おそらく今季の覇権であったことは間違いない。毎週ニュースサイトで見出しが上がっていたのは知っていた。知っていた、だけだ。内容も頭に入れないように視界から流していた。秀が出ているドラマの評判が良い。秀の演技も高く評価されている。それだけ把握してさえいればどうにかなった。
    「ねえ、えいしんくんもいっしょに応援しようよ!」
    「俺は……」
     断ろうとして、しかし、もう事務所にはしばらくいると言ってしまった。ここであらぬ疑惑を生じさせては秀や百々人、プロデューサーにも迷惑をかける。
     気にしなければいいだけだ。春の終わりのあの日の出来事を頭から追い出して、ただ、ユニットの仲間が出ているドラマを観るだけ。
     開きかけていた台本を閉じて鞄にしまう。
    「……応援上映にはまだ不慣れだ。場の空気や作法にそぐわないことをしてしまうかもしれないが、それでも構わないか」
    「もちろん大丈夫ですよ! 身内の会ですし、気楽にしてください。あ、キャラクターのイメージカラーは制服のネクタイの色です」
     ぱっと笑顔を輝かせた涼が、テーブルの上に色とりどりのペンライトを何本か並べていく。ソファの上、大吾とかのんの間に挟まれてしまえば、もう観念するしかない。
    (なんの問題もない。ユニットメンバーの出るドラマを観るだけ、それだけだ。……そう思い込めないのであれば、そう演じればいい)
     テレビに映し出されたサブスクのアプリで、検索するまでもなくおすすめ欄に表示された星4.5を、享介はてきぱきと選んでいく。腹を括った。
     そして、ドラマが始まった。

     ライムグリーンの灯りがテレビを照らし出している。ペンライトと同じ色のネクタイをした少年がひとり、画面の中で立ち尽くす。彼の想いを悩んで悩んで、それでも振り切って走り出した少女の、その背中が見えなくなるまで見送ってから、一度、目を閉じた。それは少年にとってはじめての挫折でもあるし、けれど、はじめて恋した少女と、大切な友達の想いの成就の瞬間でもある。初恋の終わりと、3人で共に駆け抜けた春の結実。
    『……なんで』
     喜びと悲しみの入り混じった表情は、しかしだんだん悲しみの色が濃くなっていき、その青い目から、硝子玉のように大粒の涙がひとつ、こぼれ落ちた。
    『なんで……きみの彼氏になることだけ、それだけが、できないんだろ……っ』
     一度声にしてしまった言葉が、現実を突きつける。次から次へと溢れる涙を拭うことは、口を手で覆っているからできなかった。それでも抑えきれずに漏れる嗚咽が、溢れてはこぼれる涙が、それでも背筋を伸ばして凛と立つ佇まいが、あまりにも、澄んでいて、美しくて、

    「こんなの見たら、日本中みーんなライムくんを好きになっちゃうよね」
    「だよね。呼吸するの忘れちゃったよ」
    「秀さんなら『日本中じゃなくて世界中だろ』って言いそうですけどね」
    「あれ、プロデューサーさんいつからいたんですか?」
    「実は10分ぐらい前から……。皆さんがあまりに真剣なので声をかけずにいたんですが、私もつい見入ってしまいました!」
     シーンが切り替わり、主要な登場人物の姿のない雑踏の場面になった途端、その場にいた全員がゆっくりと息を吐いた。そして思い思いに感想を口にしていく。
     けれど、事務所の中、賑やかに踊る声たちは、ただの音として耳を素通りしていく。
     テレビの中の少年の声が、何度も何度もリフレインする。やや高めの声は、涙に濡れてもなお濁ることはない。よく似た声を、聞いたことがあった。
     大粒の涙は硝子玉のように透き通り、頬を伝い微かな跡を残して落ちていく光景が、シーンが切り替わって彼が画面から消えてもなお、目に焼き付いて離れない。よく似た涙を、見たことがあった。
     感じたことがあった。画面越しには感じることのできない、体温と、呼吸と、匂いを。物語の中の少女ではない、己の名前を呼ぶ声を。指先に触れた、涙の温かさを。
     最終回だけしか観ていなくとも、物語の中の少年がどんな感情でいるかは、ある程度わかる。秀の演技によるものでもあるが、彼の内心はモノローグで語られるし、回想シーンで彼らが積み重ねた思い出の一部を追うことができたからだ。
     近くにいる実在の少年の心の声が、聞こえることはない。その記憶にどんな思い出があるのかを、覗き見ることもできない。
    (お前は、あのとき、何を考えていた?)
     どうしてあの時とよく似た姿で、その画面の中にいるのだろう。聞いたことのある声で、泣くのだろう。

    『お疲れさま。今日これから時間はあるか?』
    『会って話したいことがある』
     プロデューサーとの打ち合わせが終わってすぐにそう送れば、永遠のような数分の後に返事が来る。
    『お疲れさまです』
    『ちょうど今講義終わったんで大丈夫です』
    『事務所に行けばいいですか?』
     数ヶ月ぶりに届いた新しいメッセージは、前回のメッセージとの間隔と同じように、何事もなく、なにひとつ変わっていないように見えた。
    『いや、いい。迎えにいくから、そのまま駅前のファストフード店かどこかで待っていてくれ。』
     喧騒の中ではなく、秀の声しか聞こえない場所で、話がしたかった。他に誰もいない場所で、己の告解を聞いてほしかった。
    『俺の家で話そう』
     送信とほぼ同時に既読がついて、しかしそれから、長い長い、間があった。おそらく他の相手であれば、速いほうだろう。百々人やプロデューサーとであってもこの程度は普通だ。
     けれど、秀が会話の途中でこれほど返信に時間をかけることは、あまりなかったような気がした。それだけの時間をかけて、返ってきたのは、たった4文字。
    『了解です』
     以前となにも変わらないメッセージに、躊躇いが滲んでいるように感じたのは、己の罪悪感のせいだろうか。

     夕暮れの電車は家路を急ぐ人々で、すし詰めとは言わないものの、健康な若者が座席に座るのが憚られる程度には混み合っていた。秀の大学の最寄駅で合流してから、ここまで交わした声は「すまない、待たせた」「いえ」ぐらいの、会話と呼ぶにはあまりにも味気ないもので、スイッチが入らなくともそれなりによく喋る秀が、こんなに大人しいことはあまりない。ただ、昨日最終回を迎えたばかりの人気ドラマのメインキャストが、そのよく通る声で話すわけにもいかないせいでもあるとは思いたかった。
     吊り革を掴む横顔は、窓の外、夕暮れの赤と夜の藍のあわいに向けられている。眉と口元は帽子とマスクに隠れているから、どんな表情をしているのかを読み取ることはできなかった。以前だったら、目元だけでももう少し彼の感情を理解することができたのだろうか。仕事以外で秀の顔をこんなに見つめるのは、あの日以来だった。彼のどこを、どう見て、その心を理解しようとしていたのかを忘れてしまったのではないかとさえ思うほど、それは遠いことのように感じる。あるいは、元からなにもわかっていなかったのかもしれない。
     最寄駅への到着を告げるアナウンスに秀がこちらを振り返り、目が合った。逸らされることこそなかったものの、やや気まずそうな色が瞳を泳ぐ。行くぞ、とだけ声を掛ければ小さく頷いた。
     タクシーの中でも、秀が口を開くことはなかった。以前連れてきたときは物珍しそうに車窓から家並みを眺めていたが、今はずっと、その視線は手元のスマホに落とされたままだ。場に会話がないとき、彼は独り言とも話し掛けともとれる言葉をよく発するが、それすらもなくて、ウインカーのかちかちかち、という音がやたらと耳につく。玄関に上がって口にした、お邪魔します、と言う声がひどく硬かったのは、緊張しているからなのか、それとも長い沈黙のあとで喉が強張っていたからなのか。
     まさかリビングでするような話でもないから、手洗いを済ませると真っ直ぐに自室に向かった。何度も遊びに来てくれた家、勝手知ったるとまでは言わないまでも、どこへ向かっているかはわかっているはずだ。部屋のドアを開けた時、足が半ステップ分遅れる。それでも、失礼します、と言って踏み込む背は、いつもと同じく、しっかりと伸びていた。
     ソファに座らせ、その横に腰を下ろした。二人分の体重に、ソファは一度深く沈んだ後に元の位置に戻る。
     口を開こうとして、言葉が詰まった。言葉がふたつ同時に迫り上がってきて喉を塞ぐ。謝らなくてはならないことと、秀に聞きたいこと。どちらから話すべきか。当然、謝るのが先だ。知りたい気持ちが先走ってしまった己を戒める。落ち着こうと大きく息を吸ったときだった。
    「恋オレの最終回、観てくれたんですね」
     秀の声が、ぽつり、とその膝に落ちた。
    「……どうして知っている?」
    「享介さんのインスタに、応援上映の写真上がってたんで」
    「……ああ」
     そういえば先ほど掲載許可を取られた気もするが、あまりはっきりとは覚えていない。よく考えずに生返事をしていたのだろう。
    「どうでしたか? って言っても、最終回だけだとなんとも言いにくいと思いますけど」
     その声に顔を上げた。先ほど伏せがちだったはずのその顔は、困ったようにも、ほっとしているようにも、なにかをうまくやってみせたときのそれのようにも見える。こちらが何を見出そうと思っているかによってどう見えるのがが変わってくるのではないか、とすら思う、モザイクのようにちぐはぐな表情。
    「意外そうですね。気づいてましたよ、観てくれてなかったって。鋭心先輩、観たら感想とかアドバイスとかいっぱい言ってくれるのに、何も言ってくれなかったんで。ワールドエンドアフタースクールのときだって、細かいところまで観てくれたでしょ」
     先日のゾンビ映画の題名が出てしまえば、否定のしようもない。それについては良かった点も改善の余地があったところも思いつく限り伝えた。それを秀は悔しそうに、嬉しそうに、熱心に聞いてくれていたのだ。
    「別に、俺や百々人先輩が出てる作品全部チェックしてるわけじゃないですか。俺だってそうですし。なのになんで今回だけ、観てるフリ……っていうか、観てなくないフリしようとしているのかなって思ってました。恋オレの話が出た時、だいたい、なんとなく話合わせてましたよね。鋭心先輩、あんまりそういうことする人じゃないから、どうしたんだろうって」
     観ていない理由が、罪悪感だったからだ。観ればきっと、あの出来事を思い出す。そしてそんな勝手な理由だからこそ、観ていないのだとは言えなかった。
     言い訳などいくらでもある。忙しくて観れなかったがこれだけの話題作なのに観ていないというのは不自然で不仲説が立っても困る、だとか。それでもこれ以上、秀に対して不誠実を重ねるようなことはしたくない。
     許してもらえなくてもいい。アイドルとしてではない、ひとりの人間としての眉見鋭心と天峰秀を繋ぐ糸が完全に切れてしまっても仕方がない。取り返しのつかないことをしてしまったのは、自分なのだから。
     覚悟を決めた。申し訳ない、と口にしようとした、その時だった。
    「もしかして、俺が変なこと頼んだせいですか?」
     どくり、と重たく、心臓が鳴った。出るはずだった謝罪の言葉が音にならずに舌の上で空回る。秀に頼まれたことなど、ひとつしかない。
    「あの時は急に……その、泣いたりなんかして、意味わかんなかったですよね……」
     声がだんだんしぼんでいきながらも、視線が逸らされることはない。
    「ごめんなさい、あの時、俺は」
    「待て、秀」
     いまから秀がしようとしている話は、おそらく、絶対に聞いておかなくてはならないことだ。けれどそれ以上に、己より先に、秀に「ごめんなさい」と言わせてはいけなかったのだ。その膝の上で握りしめられていた右手を掴んだ。真っ直ぐにこちらを見ながらも波のように揺らめいていた青が、大きく見開かれる。
    「……すみません。なんか込み入った話したくて俺を連れてきたんですよね。先にそっちを話しましょう。たぶん……俺のも、長い話になると思うんで」
    「……ああ」
     ひとつ、大きく息を吸う。もう、逃げない。覚悟は決めた。
    「謝らなくてはならないことと、聞きたいことがある。まずは謝らせてくれ。あの時、俺はお前の依頼を断るべきだった。……お前がそんな顔をする必要はない。俺はそれを引き受けるに相応しい人間ではなかった、と言うことだ。お前は何も悪くない」
     一瞬びくりと震えたその手をしっかりと握る。そんな資格はないのに。
    「俺は、お前の信頼につけ込んで、俺の欲望を満たした。本当に、すまなかった」
     目を逸らしてはいけない。どんな顔をされても確と受け止めると決めたのだ。
    「先輩の……?」
    「お前は、信頼にできる人間として、俺とキスしたいと言ったな。それを俺はあくまでお前の頼みとして引き受けた。…………本当は、ずっと秀に触れたかった。またとない機会だと、そう思ってしまった」
     秀の表情の変化が読み取れないのは、その顔を見ていても、無意識のうちに直視することを恐れているからなのだろうか。軽蔑されるのが、嫌われるのが、恐れられるのが怖い。それでも、せめて秀が知るべきだと思ったことだけは、すべて話さなくてはならない。ただの自己満足かもしれなくとも。
    「お前の意図したものは、せいぜい軽いキスぐらいのものだったろう。ディープキスをしたのは、俺がしたかったからだ。あれほど性的な行為は、恋人同士でもない限り許されるものではない。お前の同意もなしにとんでもないことをしてしまった。許してくれとは言わない。ただ、謝らせてほしい」
     饒舌すぎるほど淀みのない告解は、一義的にしか受け取られないようにするためとはいえ、まるで言い訳のようだと思った。これ以上言うべきことは、もうない。どんな審判も甘んじて受けようと、一瞬だけ目を閉じてから、秀の顔を直視した。
     海よりも青く澄んだ双眸が、今にも零れ落ちそうなほど大きく見開かれているその顔を。
    「鋭心先輩、それって、え、マジ…………マジで言ってます……?」
     呆然、あるいは混乱。秀の顔から読み取れたのはそれだった。思いもかけない内容だったのだろう。目の形に、口角に、頬に、様々な情動を表すシグナルが、次々に浮かんでは入れ替わり混ざり合っていく。
    「待って、待ってください。ちょっと待って。先輩、あの…………ええ………………」
     普段は落ち着いたトーンの秀の声が、上へ下へと不安定に振れた。
     あの時と同じように、声から、表情から、仕草から表出する感情があまりにもちぐはぐで、困惑している、ということしかわからない。ただ、握った手が振り払われることも、いつのまにか添えられた熱い手のひらが離れていくこともなかった。触れた手首が、とくとくと脈打つ。
    「……あの、鋭心先輩。謝りたいことって、それだけですか?」
     漸く少し落ち着きを取り戻したらしい秀が、確認するように尋ねた。
    「ああ。……他になにか、お前を傷つけていたことがあっただろうか」
    「いえ。ていうか、鋭心先輩が俺にしてくれたことで嫌だったこととかひとつもないですし。あのときだって……そりゃ、驚きはしましたけど、全然嫌じゃなくて、むしろ」
    「ならば何故あの時、お前は泣いていた?」
     その目から、戸惑いの色が薄らいだ。
    「……それが、『聞きたいこと』ですか?」
     こちらの奥底を覗き込もうとしているかのような透徹な青に、言葉が吸い込まれそうになって、走りがちに声を繋ぐ。
    「……っ、少し、違う。俺は、あの時お前が、何を思っていたのかを聞きたい。例のドラマの主人公に振られる場面を見たが、素晴らしい演技だった。繊細で複雑な感情を、良く表現できていたと思う。あのキャラクターが人気だと聞いたが、お前が引き出した魅力もあっただろう。……その時の表情が、あの時、泣いていたときのお前の表情と、よく似ていると感じた」
     ありがとうございます、と挟みながら、じっとこちらを見つめるその表情が、己の言葉の跡を追うように移り変わっていく。
    「どうか教えてくれ、あの表情の意味を」
     そこまで話したところで、秀の顔から読み取れた感情は、困惑と、照れと、それから、歓喜で、しかしその問いに対する秀の答えは、思いもかけないものだった。
    「失恋したんだって、思ってました」
     何を言っているのかが、すぐには理解できなかった。失恋、とは。誰が、誰に?
     飲み込めないでいるうちに、秀はどんどん言葉を続けていくから、ひとつも落とさないように必死に拾っていく。けれど、次から次へと予想していなかった内容ばかりが飛び出してきて、今、己はどんな顔をしているのだろう。
    「あんなことまでしてくれたのに、平気な顔してるから。先輩とキスできたことは嬉しかったけど、鋭心先輩は俺をそういう目では見てないんだなって思ったし、ホントのこと言わないであんなことお願いしたのも、……情けなかったし、虚しかったし、申し訳なかったです」
    「本当のことを言わなかった、とはどういうことだ」
    「信頼できる人っていうのは正確じゃないです。もちろん、嘘じゃないですけど」
     嬉しそうに笑っているような、ばつが悪そうな、決意を固めたような、そんな顔で、秀がじっとこちらを見つめた。
    「本当は俺、初めては好きな人としたい、って言うべきだったんです」
     感情が海嘯のように押し寄せて、混ざり合ったそれを、ひとつひとつ分別して名前をつけることなんてできない。ただただ、たまらなくなって秀を抱きしめた。その顔が肩に擦り寄せられて、預けられた重さが愛おしい。耳元で小さく笑う声が聞こえる。
    「結果としては、一番良かったのかも。こんなことじゃなきゃ失恋なんて経験しないだろうし、演技や歌の表現の幅も広がりました。ありがとうございます、……って言ったら、なんかおかしいかもしれないですけど」
     好きです、という声が、心地よく耳から心へと落ちていく。あの時、信頼できる先輩を演じてでも欲しかったものが、自分自身の腕の中に確かにあって、夢なのではないかとすら思ってしまいそうだ。
     するりと猫のように、秀が少し背を引く。赤みのさした頬が、住み慣れた部屋の照明に照らされていた。
    「ね、鋭心先輩。謝りたいことと聞きたいことだけじゃなくて、言いたいことも、あるんじゃないですか? ……鋭心先輩は、好きでもない相手にあんなことしたいって思うような人じゃないですよね?」
     すっかりいつもの強気な調子を取り戻した声音、大きな目に漲っているのは、自信と、期待と、それからほんの僅かの不安の欠片。
    「もうわかってはいますけど、先輩の口から聞きたいです」
     ずっと伝えたかった、けれど伝えてはいけないと思っていた言葉を、他の誰でもない秀が待ってくれている。
    「……好きだ、秀」
     やっと声にすることができたその言葉は少しだけ震えていて、これまでに見せた中で最も情けない姿だったような気さえしたのに、それを受け取った秀は、涙で顔がぐしゃぐしゃになってしまうほどに、笑ってくれた。
    「いろいろと順序が狂ってしまったが、改めて、お前とキスがしたい。いいか?」
     はっきりと言葉にするのはかなり照れくさいものがあったが、今度こそしっかりと思いを伝え合うために告げれば、秀の目元だけでなく耳も頬も赤く染まる。
    「も、もちろん……ていうか、俺たち、付き合うんですよね……?」
    「ああ。恋人として交際するのはお前が初めてだから至らない部分はあるだろうが、お前を幸せにするよう全力を尽くす。よろしく頼む」
    「……はい。俺も、知ってると思いますけど誰かと付き合ったりするの初めてなんで、一緒に頑張りましょう」
     秀の後頭部に添えて抱き寄せる手が、己のものながらぎこちない。あの時の方がまだ自然だった気さえするのは、今は役柄も嘘もなにもなく、ただただ真っ直ぐに、自分自身で秀に触れようとしているからかもしれない。
    「……ちゃんと、好きな相手と、お互いそのつもりでするのは初めてだ」
     そう言えば、鼻先が触れるほどの距離にある秀の顔が、見るからにむっとしたものに変わる。かすかに、得意げな調子をにじませながら。
    「何言ってんですか、あの時が初めてでしょ? 先輩が言ったんじゃないですか、初めてだと思ってろって」
    「……そうだったな」
     秀の手が背中に回される。赤く染まった青い目には、期待と喜びがきらきらと弾けていた。
    「あの時から先輩も俺のこと好きだったんですよね? 俺だって言ってなかったからイーブンで…………あー……、やっぱいいや。プライベートとか、好きな人と、とか考え出すとややこしくなりそうなんで、恋人として、初めて、キスしましょう」
     嬉しさだとか、幸せだとか、罪悪感だとか、情けなさだとか、責任感だとか、さまざまに湧き出しては混ざり合う感情が、ただひとつのかたちにまとまっていく。
     ただただ純粋な愛しさだけを抱えて、秀にそっと口付けた。
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    onsen

    DONEクラファ仲良し
    クラファの3人が無人島で遭難する夢を見る話です。
    夢オチです(超重要)。
    元ネタは中の人ラジオの選挙演説です。
    「最終的に食料にされると思った…」「生き延びるのは大切だからな」のやりとりが元ネタのシーンがあります(夢ですが)。なんでも許せる方向けで自己責任でお願いします。

    初出 2022/5/6 支部
    ひとりぼっちの夢の話と、僕らみんなのほんとの話 --これは、夢の話。

    「ねえ、鋭心先輩」
     ぼやけた視界に見えるのは、鋭心先輩の赤い髪。もう、手も足も動かない。ここは南の島のはずなのに、多分きっとひどく寒くて、お腹が空いて、赤黒くなった脚が痛い。声だけはしっかり出た。
    「なんだ、秀」
     ぎゅっと手を握ってくれたけれど、それを握り返すことができない。それができたらきっと、助かる気がするのに。これはもう、助かることのできない世界なんだなとわかった。
     鋭心先輩とふたり、無人島にいた。百々人先輩は東京にいる。ふたりで協力して生き延びようと誓った。
     俺はこの島に超能力を持ってきた。魚を獲り、木を切り倒し、知識を寄せ合って食べられる植物を集め、雨風を凌げる小屋を建てた。よくわからない海洋生物も食べた。頭部の発熱器官は鍋を温めるのに使えた。俺たちなら当然生き延びられると励ましあった。だけど。
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    onsen

    DONE百々秀

    百々秀未満の百々人と天峰の話です。自己解釈全開なのでご注意ください。
    トラブルでロケ先にふたりで泊まることになった百々人と天峰。

    初出2022/2/17 支部
    夜更けの旋律 大した力もないこの腕でさえ、今ならへし折ることができるんじゃないか。だらりと下がった猫のような口元。穏やかな呼吸。手のひらから伝わる、彼の音楽みたいに力強くリズムを刻む、脈。深い眠りの中にいる彼を見ていて、そんな衝動に襲われた。
     湧き上がるそれに、指先が震える。けれど、その震えが首筋に伝わってもなお、瞼一つ動かしもせず、それどころか他人の体温にか、ゆっくりと上がる口角。
     これから革命者になるはずの少年を、もしもこの手にかけたなら、「世界で一番」悪い子ぐらいにならなれるのだろうか。
     欲しいものを何ひとつ掴めたことのないこの指が、彼の喉元へと伸びていく。

     その日は珍しく、天峰とふたりきりの帰途だった。プロデューサーはもふもふえんの地方ライブに付き添い、眉見は地方ロケが終わるとすぐに新幹線に飛び乗り、今頃はどこかの番組のひな壇の上、爪痕を残すチャンスを窺っているはずだ。日頃の素行の賜物、22時におうちに帰れる時間の新幹線までならおふたりで遊んできても良いですよ! と言われた百々人と天峰は、高校生の胃袋でもって名物をいろいろと食べ歩き、いろんなアイドルが頻繁に行く場所だからもう持ってるかもしれないな、と思いながらも、プロデューサーのためにお土産を買った。きっと仕事柄、ボールペンならいくらあっても困らないはずだ。チャームがついているものは、捨てにくそうだし。隣で天峰は家族のためにだろうか、袋ごと温めれば食べられる煮物の類が入った紙袋を持ってほくほくした顔をしていた。
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