死神に見せつけたい 食い千切られたかと思った。なんの前触れもなく頸に突き立てられた犬歯。突然のことに反応できずに固まる。じゃれあった勢いの甘噛みとは全然違う。荒い呼吸は、興奮しているという感じもなくて。
ただただ、餓えた獣みたいな、焦燥。
「痛ぇッ」
やっと悲鳴が出た。ぴくりと耳が動いた。ゆっくりと頸が解放される。血は、多分出てない。
「おま、お前、急になにす」
叱ろうとした声が震えて、途中で喉がひゅっと詰まった。
なんでお前、んな、嫉妬に狂ったみてぇな目、してんだ。
痛いことしてごめんなさい、とだけ呟いて、動けないままの俺を置いて、すたすたと台所へ向かう。すぐに水音が聞こえてきたから、さっき言ってた通り、洗い物をしてくれてんだろうと思う。
鏡で確かめれば、噛み跡が残っている。頬の擦り傷、両手の切り傷なんかよりもはっきりと。もし内出血があったら、このあとじわじわと赤黒くなっていくはずだ。歯型以外でこんな形の傷はなかなかない。
妬く必要なんかないぐらい俺がモテないことは、むしろこいつがいつも言ってくることだ。付き合ってしばらく経つけど、ペアルックどころか同じ店で買ったシャツを着て出かけるのだって嫌がるし指輪みたいなものも特にない。なのに、他の誰でもないクロの歯型が、まるで誰かに見せつけたいみたいに。
「なんで……?」
じわじわと痛みを増していく噛み跡に触れる。クロの表情は随分わかるほうなつもりで、だけどいまあいつが何を考えているのか、全然わからなかった。