ワンライお題【初恋】
未来捏造
「なー…伏黒の初恋って誰?」
「はぁ?」
映画を一緒に観ようと誘われた虎杖の部屋で、エンドロールの流れる画面を眺めながら急に話を振られる。
「俺はねー…」
「ちょ、ちょっと待て、待て」
「保育園行っている時の先生なんだけどさ、名前…確かあかり先生だったかな?とにかくおっぱいデカくてさ、めちゃめちゃいい匂いすんのっ!話す時目線合わせるために屈んでくれてさー、目の前におっぱいあるしいい匂いするし、あれが俺の初恋かな」
いやいや、ちょっと待てって言ってんだろうが。
こいつ人の話聞かねぇな!
「俺、ジェニファーローレンスみたいに尻大きい女の人タイプって言ってたじゃん?でもあの歳で尻の良さは分かんなくてさー、やっぱりおっぱいだったんだよな…」
正直その情報はどうでもいい。
なんでそんな話になったんだ急に、意味わかんねぇ。
変わらず虎杖はエンドロールを眺めているし、この話題はまだ終わらないらしい。
「で、伏黒は?」
来た…
やっぱりそうなるよな。
「知らねぇよ、初恋なんて覚えてない。」
「ふーん?付き合ったこととか無いの?俺と違ってモテそうじゃん?」
「そんな暇無かったからな…」
昔はスレていたし遠巻きに見られることはあっても好意を伝えてくる人間なんて殆ど居なかった。
居たとしても五条先生に割って入られたり、自分から断っていたのでそういうものとは全く関わり合いが無かった。
「そういうもん?えー、じゃあこういうの見て1人で抜いたりとかしねぇの?AV派?」
「っ、おま」
エンドロールも終わって部屋の明かりがつけばゴソゴソと虎杖が何やら動き、グラビア雑誌を広げてずいっと目の前に突き出される。
目の前に広がる際どい水着姿の女性のそれにカッと顔が赤くなるのを感じてそれを誤魔化すように虎杖の頭を殴り付ける。
「いったぁー!」
「もう戻るッ、明日早いんだからちゃんと起きろよ!」
頭を押さえてぶーぶーと何やら文句を言っている虎杖を置いて立ち上がり、部屋を出る。
まだ虎杖が高専に来て間もない時の話…
それから時間が経って、色々とあった。
本当にいろいろと。
昔、揺るがない人間性がある人がタイプだと東堂先輩にタイプを聞かれた時に返答した。
それは今も変わってない。
6月に学校で虎杖に出会って、単なる一般人から、宿儺の器、同級生、同僚と関係性は変化していった。
高専を卒業して、なかなか会う機会が減っていき、時々思い出したように連絡が来るだけ。
ああ、頭まわんねぇ…
ガラガラと瓦礫を足蹴にしながら、土埃の舞う廃墟からなんとか壁伝いに脱出する。
脇腹が深く抉れていて、そこからの出血が酷い…
脚は開放こそしてないけれど骨折はしているだろうし、捻挫と打撲で力が入らない。
頭は強く打ちすぎたせいで、走馬灯のような昔語が頭の中をふわふわと流れていく。
どれくらい気を失っていたのか…
呪霊の気配はなくなっていて、しっかりと祓えたことに安心する。
初恋って誰?
そう聞かれて、ずっと考えていた。
俺の初恋は誰なんだろうか…
物心つく時に近くにいた人間は津美紀と五条先生。
ただ、あの2人に恋愛感情を持つかと言えばそれは無いと断言できる。
じゃあ、好きになった人は?
そう言い換えてみれば全く皆目見当もつかなくて、ただ、直ぐに浮かんだ人物に頭を振る。
そういうのじゃない。
そう言い聞かせて高専の3年間を過ごして来た。
「伏黒!」と名前を呼ばれるだけでじんわりと温もる心を無視して、誰にでも優しいあいつにモヤつく気持ちに蓋をして…。
あいつが俺より先に死ななければ良いと思いながら、隣を歩く存在に愛しさを覚えはじめていた。
もう白状すると、俺の初恋は虎杖悠仁で現在進行形で続いている。
初恋は甘酸っぱい…なんて聞くけれど、俺に言わせてみれば俺の初恋は血みどろだ。
そしてもう一つ、初恋は実らない…らしい
ずきりと痛む頭を押さえながら、霞む目で倒壊した建物からの脱出を続ける。
領域展開したことで呪力を持っていかれ、出血と怪我をなんとか補おうと心臓がせかせかと働いている。
感覚の鈍くなった手足に舌打ちを一つ打って、重い足を前に進めていく。
ぐらっと建物が揺れた…ような気がした。
頭がぶれてバランスを崩し、瓦礫に躓いて情けなく地面に身体を打ち付ける。
「ッ、くそが…」
受け身を辛うじてとったけれど、悪態を吐くくらいしか出来ず、倒れたせいで舞った砂埃が肺に入り咽せる。
…ぐろっ!ふしぐろっ!
揺れているように感じたのは確かだったらしく、瓦礫の積まれている場所ががらがらと崩れ、時折強い衝撃が響く。
なんだか虎杖の声がする…気がする…
帰らないと…
なんとなくそう思って残る力をグッと震える腕に込めて地面から身体を起こす。
俺の命なんて他と比べれば軽い。
けれど、軽くても軽いなりに使い道があるはずだ。
五条先生を殺すことは出来なくても…誰かの代わりに死ぬことくらいなら出来るだろう。
それが虎杖のためであったなら幸せだろうな…
なんて贅沢な事を思いながら壁に手を突く。
ズズンンンンッ
地響きがしてグラつく地面に慌てて壁に背中を預ける。
なんなんださっきから…
ぐるぐると目の前が回る
もう、どこが痛いのかすら分からなくなってきた。
最後の呪力を振り絞って式神を呼び出そうと指を組む。ずっと一緒にいてくれた相棒…
「ぎょくけん…」
アゥオォォォォ…ンン
ずるっと影から這い出してきた真っ黒な犬
対となる白は破壊された…
擦り寄ってくる玉犬をなんとか撫でてやりながら、ごめんなぁ…なんて思ったよりも弱い声が漏れる。
式神はペットじゃないよ
そうやって教えて貰ったし自分でもそう思おうと思っていたけれど、それでも情が移ってしまうものは仕方ないと思う。
温もりは無いはずの身体からじんわりと暖かいものを感じる。
玉犬を撫でながら自分の中の呪力が徐々に底をついてきているのを感じ玉犬の形がぶれる。
もうそろそろか…
ずるずると背中を壁に擦らせながら瓦礫の上に腰をおろした瞬間、ドンっと強い衝撃が再び訪れて、行き止まりになっていた壁が音を立てて崩れる。
呪霊は祓ったはずだ…
新手が来たとしたら今の俺に出来ることはない…
半ば諦めに満ちた気持ちで落ちそうになる重い瞼を押し上げながら、音のした方をチラリと見る…
「伏黒っ!!」
「……ぁ、いた、どり?」
辛うじて見えた姿。
見間違うはずもないそれに、聞き慣れた声で名前を呼ばれる。
「釘崎ッ!!伏黒いたーっ!」
「よすよす、玉犬、お前のおかげだ…ありがとう」
「っ、伏黒、しっかりしろ、戻るぞ」
遠退く意識の中で虎杖の声が近くで聞こえる。
グッと身体を持ち上げられて何度も何度も名前を呼んでくる。
聞こえてる…
そんなに何回も呼ぶな
そう文句を言ってやりたいのに口が開かない。
なんでお前がここに?
釘崎と一緒なのか?
どうしてここが分かった?
聞きたいことも沢山ある…
ただ重たい身体はいうことを聞かず引き留めていた意識が引っ張られる。
目が覚める…
急に引っ張りあげられたような覚醒に真っ白い天井が目に入って、それからピッピッピッとリズム良く鳴る音が聞こえる。
スンッと鼻を鳴らせば、消毒液の匂いと独特な空気感にここが病院の中の一室だということが分かる。
他のベッドが無い個室
手足を確認しようとゆっくりと指先を動かしてみればなんの問題もなく動く。
あの任務の後、硝子さんの所に連れていかれたのだろう…傷も綺麗に塞がっている。
どのくらい眠ってた?
時計やカレンダーなんてものは無くてチラリと見たモニターに日付と時間が表示されているのを確認する。
1週間
俺の知っている日付から進んでいる数字を見て大きく息を吐く。
身体を起こそうとしてふらつき節々の痛みに断念する。
1週間もの間点滴で栄養補給をしていたのか、左手から輸液パックにつながるチューブを目で追い、ベッドを動かすリモコンに気付きそれを手に取る。
ウィィーンと起動音がして背もたれがゆったりと上がってくる。
便利だな…これ…。
取り敢えず目が覚めたし、誰かに連絡しようにもナースコールを押すのもはばかれてどうするかなと頭を掻く。
そうこうしているうちにドアの奥に人の気配を感じて目を向ける。
——ガラッ
「あ…」
「……おう」
病院のドアを開けて入ってきた人物と目があってそいつの目が大きく見開かれていく。
その驚きようになんだか居心地が悪くなり片手を小さく挙げて挨拶する。
「ッ、伏黒…」
「ありがとな、虎杖」
口を戦慄かせながら手に抱える花束をぐしゃりと抱き締め、よたよたと近づいて来る虎杖に目を細める。
優しいやつだよお前は…。
わざわざ見舞いに来たのか。
サイドチェストにある花瓶に生けられている花はまだ生き生きと咲いているけれど、新しい花束を持ってきた虎杖に迷惑かけたなと思う。
きっと今日だけじゃ無い。
自惚れて良いのならば…
「伏黒」
「ああ」
震える手が俺の頬を触ってそれから手を握られる。
確認するように名前を呼ばれるので、それに答える。
ソッと花束をベッドの足元に置いたかと思えば、まるで壊れ物を扱うかのように優しく両手が広げられてゆっくり抱き締められる。
「良かったッ」
「心配かけた…」
ぎゅっと強くではあるけれど身体が痛まない程度に力が入って頬に虎杖の髪の毛が当たる。
服越しでも虎杖の体温を感じでじんわりと身体が温かくなる。
ああ、生きてるんだな…なんて自覚する。
満足したのか、ゆっくりと身体が離れて照れ臭そうな顔で誤魔化すように頬を掻く虎杖にふっと笑ってしまう。
「看護師さん呼ぶから」
そう言ってナースコールを押し、俺の目が覚めたことを伝えた虎杖は備え付けられた椅子に座るでも無く、花瓶の花を弄り始める。
暫くして、ぱたぱたと足音が響き、看護師と医師が連なって病室に入ってくる。
それから身体の検査を1日かけて行った。
結果として退院は明日にでも可能な事が伝えられて、病院に居てもやることもないからとその方向でお願いしますと話を進めた。
虎杖は終始静かに俺の病室にいて、検査と検査の合間に病室に戻った際、にこにこと笑いながらお帰りと、声をかけてきた。
虎杖はいつの間にか林檎を買ってきたのか、うさぎさんの形に切られたそれを2人で食べながら、俺の目が覚めなかった間のことを話した。
といっても特に大きく変わったこともないし、釘崎が心配していたということ、今日五条先生も来る予定だったけど任務で来れなかったこと、虎杖は暫く任務が入ってないことなど、取り止めのない報告のような話に相槌を打つ。
そうこうしているうちに館内放送が面会の終了を知らせ、虎杖が腰を上げる。
「じゃ、明日迎えにくるわ」
特に荷物なんかは持って来てないけれど明日の退院は虎杖が付き添ってくれるらしい。
にかっと笑って手を上げた虎杖に頷いてドアが閉まるのを見送った。
「それで、なんでお前の家なんだ…」
「んー、伏黒体調万全じゃないから1人にしたら不安だし、暫く任務もペアで行くようにって五条先生が。だったら俺の家で一緒に過ごした方が良いじゃん?」
退院した足で連れてこられた場所にため息を吐きながら聞く。
見覚えのないマンションの一室
勧められるまま生活感のある虎杖の部屋のソファに腰掛けて、出てきたコーヒーを啜る。
久しぶりに感じるコーヒーの苦味で今の現実を突きつけられる。
なんで片想いしてる相手の部屋で生活しないといけないのか…
高専の時にあれだけ抑えていたのはなんだったのか、久し振りに俺の視界の中で忙しなく表情を変える虎杖を見て自分の気持ちを再確認する。
ああ、やっぱり好きだ
「伏黒嫌だった?なんか、高専の時思い出して1人で嬉しくなっちゃってさ…勝手に決めたから、もし嫌なら言ってよ。」
それはずるいだろ…
心配そうに顔を覗き込まれ、苦笑いする虎杖に内心で舌打ちする。
嫌なわけが無い
捨てられた子犬みたいな表情と落ち込んだ声にグッと歯を噛む。
「…はぁ、好きにしろ」
「伏黒の初恋っていつ?」
「はぁ?」
「俺はねー…保育園の先生で、名前は」
「「あかり先生」だろ。」
ばっちりと被った声と、驚いた虎杖の顔にため息を吐く。
この会話…なんだか懐かしいな、なんて現実逃避しながら目の前のラブストーリーを眺める。
「え、なんで知ってんの!?伏黒もしかしてエスパー?」
「ちげぇ、前にお前言ってたろ…胸が大きかっただのどうのって…」
心の中読めるの!?なんて1人でテンションを上げて楽しそうにする虎杖に何度目かのため息を吐く。
自分の髪の毛をぐしゃりと掻き乱して、聞いたことあったからだよと伝えれば、覚えてくれてたの!?なんて、またどうでも良いことに感動している虎杖をじっとりと見る。
背が高くておしりが大きい女性…
この数年間で身長は抜かれ、未だに筋肉の付かない身体は柔らかさとは程遠いし細い、そして性別は男
どうしたって希望すら持てない条件が揃っていて泣きたくなる。
ラグの上で体育座りになり頭を抱えるようにして、ちらりと虎杖を見れば何故か真剣な顔で俺のことを見て来ていて、画面の光が虎杖の顔を照らしどきりとする。
「伏黒はさ、好きな人いる?」
虎杖のその言葉にまたどきりと心臓が跳ねる。
この気持ちに嘘はつけない。
けれど伝える気なんてさらさら無い。
誰にも伝えずこの気持ちを抱いて先に俺が死ぬ。
「………」
少し考えた後、途中まで開いた口を閉じて沈黙を貫くことにする。
俺の態度に一瞬目を見開いた虎杖がグッと近寄ってきて、もともと近い距離で座っていたせいで身体が少し引ける。
「やっぱり駄目だって分かった。」
「何がだ」
「俺さ、伏黒と一緒に居たら駄目だって思ったんだ。伏黒のこと独り占めしたくなるし、絶対伏黒のためになんねぇと思って。」
一緒に居たら駄目だという言葉にグサッと心臓にナイフが突き立てられたように痛む。
何を言われるのか分からなくて怖いくらいに胸が苦しくなって、出来ることなら今すぐ耳を塞いでしまいたい。
「だから高専卒業して出来るだけ連絡しないようにしたし、生活するところも離したんだけどさ、やっぱ駄目だったわ!どうしても伏黒の事考えちゃうし、俺が知らないところで何してるのか考えるだけでもやっとする。この数年で身に染みた。」
何が言いたいのか分からない…
「しかも任務で連絡取れなくなるし、死にそうになってるしさ」
「それは悪かったよ…」
じとりと見つめられて耐えきれず目線を外す。
その目やめろ…
こっちはさっきからお前が何を言ってるのか分かんねぇんだよ。
「さっきの顔…好きな人のこと考えてたのかもしれないけどさ、俺に向けて欲しいって思った。今更こんなの遅いかもしれないけどさ、俺の気持ち伝えたら優しい伏黒は意識してくれるだろ?俺、伏黒の傍に居たい。」
傍に居たいってなんだよ…
高専の時みたいに?そんなの無理だ。今更、そんな
「ねぇ、伏黒…好き」
「…は」
ジリっとにじり寄って来た虎杖の目が色濃くて思わず後ずさる。
「好き」
どくどくと心臓が跳ねる、身体が熱くて、勘違いしそうになる脳みそを理性で否定する。
そんなわけ無い
どうせ…
「友情じゃねぇーから。勿論、こういう意味…」
肩を軽く押されて、どさっと床に背中を打ち付け、視界に虎杖の顔が入り込んでくる。
自分だけが置いていかれている目まぐるしい展開に身体が固まり、そんな俺を置いて虎杖の指がするりと唇をなぞってくる。
ちょっと待ってくれ…
感触を確かめるように動く指にふにりと唇が押される。
暗い部屋にテレビからの光が虎杖の横顔を照らして、そこに浮かぶ欲情した表情に息が止まりそうになる。
「伏黒…好き」
スッと目を細めた虎杖がもう一度ゆっくりと発音する。
その言葉を聞いて理解した瞬間ぶわりと何かが押し寄せて来て鼻がツンっと痛くなる。
「え、ちょ、っごめん、そんなに嫌だった?泣かないで伏黒」
「泣いてねぇ…ッ」
「うん」
突然溢れ出てくる涙に歯を噛み締める。
おろおろとする虎杖を滲む視界に捕らえながら、困ったように目元を何度も優しい手つきで拭ってくる虎杖に余計に涙が溢れてくる。
本当に伝える気はさらさら無かった。
このまま、自分の気持ちを騙して、そんな気はないと虎杖の気持ちを一蹴すればいい。
頭では分かっていても、もしかしたら…と期待した心が悲痛に泣く。
「…落ち着いた?」
「そんなに見んな…」
「えー、無理、だって伏黒綺麗なんだもん」
ぼたぼたと溢れた涙が止まって、赤くなっているだろう目元をすりすりと何度も撫でられる。
俺の顔を上からまじまじと見下ろしてくる虎杖から顔を逸らす。
綺麗ってなんだよ…
「…好きって、本当に、そういう…」
「え?まだ分かんない?」
未だに受け入れられなくて、引き攣った声で確かめる様に虎杖に聞いてみれば、心外だと言いたげな声が上がり頬を両手で包まれる。
「俺、伏黒にキスしたいし、えっちもしたいって思ってます。」
「っ…」
改めてストレートな言葉で言われて、いつにもなく真剣な顔で見つめられる。
俺が、求めてもいいのか…許されるのか…
「伏黒が好きなのは誰か知らねぇけど、俺のこと選んで欲しい。俺、結構焦ってるよ…お前が誰かに取られるんじゃ無いかって。たとえ伏黒が好きな人にでもあげたくない。」
珍しく、眉を下げ弱々しい表情を浮かべる虎杖に覚悟を決める。
「ッ、俺が…、俺が好き…なのはお前だよばかっ」
顔に熱が集まるのを腕を組んで隠しながら、やけくそのように叫ぶ。
言ってしまった…
もう後には引けない
「………?」
暫く一世一代の告白に自分でドキドキしていたけれどなんの反応もない虎杖に徐々に心配になってくる。
もしかして違ったのか
質の悪い冗談を言うやつじゃないけれど、もしかしたら…
そんな血の気の引くような考えが浮かんできて別の意味で心臓が締め付けられる。
腕で覆った視界のなか、虎杖の顔を見てみたい気持ちと、そうじゃない気持ちで葛藤する。
「…は」
堪らず腕を少しだけずらして恐る恐る虎杖を見てみれば、目を見開き赤面していて手で口を覆っているのが見える。
その初めて見る反応に小さく息が漏れて、虎杖の赤面が俺にも移ったのかじわじわと再び顔が熱を帯びる。
「…まじ?」
「……ん、好きだ、虎杖」
小さく呟かれた言葉に頷き、もう一度きちんと想いを告げる。
今度は目を見てしっかりと。
口に出してしまえば自分の心の中で収まりが良くてなんだか楽になった。
ストンと口を覆っていた虎杖の手が落ちて、ゆるゆると緩んでいく口元と嬉しそうに細まる瞳
後ろで花びらでも舞っているんじゃないかと言うような喜びようにホッと安心する。
「伏黒っ!抱きしめていい?」
嬉しそうにぶんぶんと振られる尻尾が見える気がする。
虎杖の問いに静かに両手を広げて見せれば、満面の笑みで抱きついて来て、2人で一緒に床に転がる。
「すっげぇ嬉しい!」
ぎゅうっと抱き締められる腕に力が篭り少しだけ痛い。
つられるように虎杖の背中に腕を回して力を入れてみればにかっと笑う虎杖と目が合って心底嬉しそうな笑みに口元が緩む。
ごろりともう一度覆い被さられ、近くなった虎杖との距離に息が詰まる。
ラブストーリーは終盤に
テレビから緩やかなメロディが流れ始めて幸せいっぱいな2人が海辺を歩きながらカメラが引いていくのが視界の端に見える。
「伏黒…キス、してもいい?」
「ッ、聞くな」
こくりと虎杖の喉が動くのが見えて、羞恥心と勢いで虎杖の後ろ首に手を回して引き寄せる。
俺の中では勇気を振り絞ってかっこよくキス出来たと思っていたのに、現実は映画みたいに甘くない。
ガチッと歯がぶつかる音が聞こえて痛みと恥ずかしさに口を押さえて震える。
「ッ——!」
「ふしぐろぉー」
痛みで少し潤んだ瞳が俺を見てきて、心底緩んだ顔をした虎杖に口を押さえている手をとられる。
可愛い…
なんて呟かれてますます羞恥心を抉られる。
俺よりも余裕そうな虎杖にむかつく…
頬をするりと撫でられ、虎杖が目を細めたかと思えば唇に柔らかな感触が落ちてくる。
「ん…」
触れるだけのキスが何度も…
目を瞑ってちゅっちゅっと音を立てる可愛らしいそれを受け止めていれば下唇を食まれ、虎杖の舌が唇を這う。
恐る恐る開けた唇に待ってましたと舌が入り込み、初めての感触に肩が跳ねる。
「んっ、ぅ、んんッ」
歯列をなぞられ、柔らかな口腔内を舐め上げられる。
ぞわぞわと淡い快感が全身に広がって下半身に熱が集まるのを感じる。
なんだか手慣れたような虎杖に悔しくなって、舌で虎杖の舌をつついてみる。
「ぅ、んんッ!」
「ん…」
俺のちょっかいに対してずろりと絡み付いてきた舌が器用に動き、俺の舌と虎杖の舌が擦り合わされる。
じゅっと音が立って舌を吸い上げられ徐々に息苦しくなってきて、虎杖の肩を押す。
「ん、ぅ、はッ、は、ンンっ、ぅん!」
力を入れてみても動きはしない虎杖の身体に余計にむかついてきて、息苦しさも辛くなり瞑っていた目を開き虎杖を睨みつけようとした瞬間、ばちりと目が合う。
まさか虎杖が目を開けているのは思っていなくて、驚きに声が上がりそうになった瞬間、口腔内を動き回っていた舌がより奥に入り込んできて全身が跳ねる。
「ぅ!んんッ!ッ、ぅ!」
苦しい筈なのに気持ち良くて、酸欠で頭が回らずふわふわと揺れる。
抗議の意味を込めて強めに胸元を殴る。
ドンっと音がしても離れない…
ふざけんなばかっ
もう一度胸元を殴りつける。
「んッ、ふ…はぁっ、は、ぁ、、っ、ば、かやろ…」
「うん、ごめん、伏黒可愛いから…つい」
はぁっ、と小さく熱のこもった息を吐いた虎杖が前髪を掻き上げながら苦笑するのを睨み付けてやる。
唾液が糸をひき、口元を濡らしたそれを虎杖に拭われる。
「っ…その顔やめろ」
「え?俺どんな顔してる?」
虎杖の頬がほんのり赤くなっていて、俺の言葉に照れた顔で自分の頬を両手で包む。
優しい目線
柔らかいそれで見られるとむずむずとする。
呪霊に対して引き締まった顔を向ける虎杖の緩みきった顔を向けられて、自分にだけだと思うと独占欲と羞恥心が同時に襲ってくる。
「は、ぶさいく」
「え!?酷くないっ?」
照れ隠しに虎杖の鼻を摘み笑ってやれば、大袈裟にショックを受け、騒がしくなる。
一人で騒ぐ虎杖を見ながら身体を起こしぐぃっと虎杖の胸ぐらを掴み、驚く虎杖の顔を見ながら柔らかくキスをする。
「嘘だよ…」
驚きで情け無い顔をしている虎杖に笑いながら頭をぐしぐしと乱雑に撫でてやる。
ブサイクだなんて思ってねぇよ…
お前の意思の篭った瞳が大好きだ。
真っ直ぐ前を見据えるそれを隣に立ってみていたい。
そう思えるぐらいに、俺はお前のことが好きだ。
やったは良いがじわじわと恥ずかしさが込み上げてきて、立ち上がる。
取り敢えずこの場から逃げたい。恥ずい。
「え、え、ちょっ、ちょっと待って伏黒さんッ?!」
「待たねぇ!追いかけてくんな!どっか行け!」
「ここ俺の家なんだけど!?」
「じゃあ出て行く」
「わー!わー!だめだめだめ!」
部屋を出ようとしたところで後ろから虎杖が追いかけて来て、ソファを挟んでわーわーと騒ぐ。
二人とも赤面して、何してんだって思いながらなんだか昔に戻ったみたいなやりとりが楽しくて、笑いが止まらない。
テレビはエンドロールを静かに流し始めていて、お洒落な曲を打ち消すように俺と虎杖の笑い声が響く。
暫く続いた小さな追いかけっこは虎杖の勝ちで終わった。
end