「なンでだよォォォォ」
所属する騎空団、グランサイファーの航路とは違う島に行くために団を離れていた俺が、夏のバカンスに停泊しているアウギュステに着いてしばらく。
連日働きづめのエルモートに相手にされないまま溜まったストレスと不満がついに爆発した。
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騎空団に戻ったその日。
団長の言葉を完全に真に受けたわけではないが少しは浮かれた心で団に戻ってみると、アウギュステに着いてまず会ったツバサに「先公なら海の店のヌシみたいンなってるぜ」と言われ、そのとおりだった。
すでに店にいるエルモートに会いに海の店へ出向き、感動の再会で熱い抱擁とまではいかなくても、それに準ずるものを期待していた俺にエルモートは、表情もひとつ変えずに「なんだ、戻ったンか」という一言だった。
いやいい、店だと人目もあるし、勤務中だし、本命は夜。
「夜は団長たちとビーチで光華大会やっから……手持ちのやつの」
とドライで、お情けのように「お前も来れば」と付け加えられた。久しぶりに会ったんだぞ……
店の営業も終わり人の少なくなったビーチで、海を背に団長を始め
小さい子供からじいさんまで大勢集まっている。それぞれが親しい者たちと寄り添って手持ち光華を点火していく。
だがやはり複数の光華を持ちたがる者が出てくるものだ。特に男のガキなんかが。
両手に光華を持ったアレクやスィールたちと競うように、だんだんと複数の光華を持って遊ぶ空気が伝染していき、ガキどもだけでなくいい年した大人もワーキャーと騒いでいた。
複数の光華を構えた人々がエルモートの元へ赴き、彼が一気に点火して盛り上げる。そこへカリオストロの怒号が響いた。
「もったいない事してんじゃねぇぇぇ!!!」
「あン?」
カリオストロの言い分ももっともで、相当の量と種類の手持ち光華が用意されていたが、今のような量を一度に点火するととすぐになくなってしまう。
するとカリオストロは目をつり上げながら、団員たちの持つ火の消えた光華を錬金術で再生させた。
「……!」
「わぁ~~~カリオストロさんすごいです! もう一回光華ができます!」
ルリアや団長やガキたちが無邪気に大喜びしカリオストロもまんざらでも無い顔で、それを見たエルモートは再び皆の光華を一気に点火した。
「てめえぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ハッ……派手にいこうぜ!!」
そこからは何故かカリオストロとエルモートの勝負のようになり、カリオストロがどんどん光華を生成し、エルモートが片っ端から点火し、辺り一面で団員の持つ光華が炸裂するdangerな空間になっていた。
ノリのいい奴は大盛り上がりだが、一部引いたような大人や、あわあわしている奴もいる。
少し離れたパラソルの下で頬杖をついて遠目にそれを見ていたが、一緒にいたツバサたちはすでにその輪に突撃して行ってしまったし、なんとなく入っていくタイミングを逃した俺は、どうすンだこれと思ったあたりで銃声が鳴り響いたことでようやく元凶の2人は止まった。
振り向くと、空砲を空に放った秩序の騎空団の副団長、及び団長が複雑そうな顔で、そして腕にサメが生えたgirlが無表情で立っていた。
「あまり野暮なことは言いたくないんだがな……」
「さすがに見逃せません」
どうやらしょっ引かれてしまうらしい2人に向かって、
「ししょーーーーーー」
「先公ーーーーーーー」
と叫んでいる者に、エルモートが「見世物じゃねェぞコラ」と怒鳴っているが、どう考えても見世物だろ。通りすがりの人間も、はやし立ててるぞ。
カリオストロは連行される直前に、砲丸のような光華玉を生成し、さらにそれに火を点けたエルモートが海に向かってそれを投げると、大きな水上光華が海の上を彩った。
団員たちは今日一番の盛り上がりを見せ興奮した空気のまま団員の光華大会は終幕した。
「……こんなに皆を楽しませることができる2人はすごいな……」という天司長の呟きに「ああいうのをエンターテイナーって言うんだよ」と団長が答えていた。
それから数日間、危険行為及び騒ぎを起こした罰という名目でエルモートは昼は海の店のバイト、それが終わってからも何かしらの仕事をさせられることになった。カリオストロも同様で、それぞれに合った雑用を申しつけられるらしい。
「仕事の後は仕事だぜ」
「は?」
なぜドヤッとした顔をしているんだ。おもしろいこと言ったもつもりか。それらのpenaltyが終わってからも。
「今日は前に世話ンなった奴のとこで飯を馳走になる約束でな……」
「…………………………。」
逢瀬を断られ続けた。
昼間の海の家で働くエルモートに、調理スペースに入るのはさすがに邪魔すぎるので、店の外から張り付いたりもした。
しばらく観察していると、「あのおにいちゃんことしもおにくやいてる~」とlittle girlに指を差されたり、「よう兄ちゃん、今年はもう何か起きたかい?」「まだ何も起きてねェよ」と観光客らしき人物と言葉を交わしていたりする。有名人かよ。
水着姿や軽装の団員たちも、代わるがわる訪れた。どの団員ともそれなりに親しそうで、エルモートや他の店員たちは炎獄焼きを多くサービスしたり、飲み物をオマケで付けてやったりしていた。
当のエルモートは肉を食いながら焼いているので休憩もしない。
「……ちょっとは休めよ。働きすぎだろ」
「焼いてンのほぼ趣味だからな。お前だって、ケッタで走ってる時は時間なんて忘れてンだろ」
「………………」
……確かに俺だって、疾風る時や、単車の整備なら何時間だって続けられる。反論の余地もないが、こんな暑い中での作業してるんだから心配にもなるだろ……
そんな折り、なんと今日は悪天候のため海が遊泳禁止のお達しが出たのだ。
「なにか……来るかもな……!」と浮ついた空気の艇内で、海の家も営業停止の決定を聞き、これはエルモートも今日はFreeだろうと朝から部屋に乗り込んだのだが。
「今日はもうちっとしたら、飯炊きの仕事入ったンだよ……ワリィな」
「なンでだよォォォォ」
頭を抱えてしゃがみ込んだ。
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「……っつーか、お前しばらく団に戻んねェんじゃなかったのかよ」
「定期連絡の時に団長が、エルモートが海で待ってるよ☆……って言ったから……」
「…………」
椅子に座って片肘をついたエルモートは、気の毒なものを見る目で苦笑していた。憐れむんじゃねェ……!
「……いつもは海の店に出てるのに、今日に限って飯炊きの当番なのか?」
「いや、団員のじゃねェんだよ。こういう、いつもと違う日こそ休めない職種のやつがいるだろ。海上保安員とか、警備隊とか、救護班とかな。そういう奴らから、飯の任務が入ったんだと。こっちも仕入れた食材掃かしたいしな」
あと頼まれてないのに警備に出て行った団員もいるし……とよくわからないことを言っている。
なにか理不尽な理屈で押しつけられたとかではなく、利害の一致で成立した契約らしい。だが、たくさんの飲食店がある中で、この団に依頼が来たというのはどういう経緯なんだろう。
ついでに先日から少し気になっていたことも訊いてみる。
「……アンタが海の家で働いてるとき、ライフセイバーだか保安員だかに店裏に呼ばれて話込んでたのは何だったんだ?」
腕章を付けた者や私服で警備してるらしき人物から何度か事情聴取のようなものを受けていた。最初は何かあったのかと心配したが、何度か続くので静観していた。
「ありゃ置き引き犯とかひったくり犯の捜索とか……各地で騒ぎを起こしてマークされてるならず者の情報共有とかだな」
「……アンタは名誉警備員なのか?」
「過去に迷子の捜索で俺らの証言が役に立ったとかで、その後いろいろ聴かれるようになったんだよ……」
「……そうやって現地の人と懇意にしてたから、今日みたいな日の飯炊きの依頼も来たってワケか」
「いやそれはほとんどシェロカルテの力だ」
大きな溜息が出る。視線を床に落とし、しゃがみ込んだまま項垂れ、落胆を隠せない。いつになったら、一緒にゆっくり過ごせるんだ?
恨めしい気持ちになって、じとっとエルモートを見やる。避けられているのかと一抹の不安すら感じる。もしかして、
「……アンタは俺と一緒に過ごす気がないのか?」
「俺が晩飯を馳走になった時、お前も来たってよかったんだぜ?」
エルモートが俺を上から見下ろし、煽るような目をして言う。
エルモートが晩飯の約束があると言った日、一緒に行く仲間の名前を聞いたら、同行するとは言えなかった。どう考えても酒が入る集まりだったからだ。
俺がよく知らないメンバーの名前もあったし、魚を捌いてくれるという料理人も、俺が騎空団に入る前に団員が世話になった人だという。
そんな中に酒も飲めない俺が空気読まずに同行できるか……!
この俺の感情なんて、エルモートにはわかっているはずなのに、まるで神経を逆なでするかのようなこの態度。
お互いに予定があって、共に過ごせないのは……まだいい。
自分が我が儘を言って、ごねているだけの自覚もある。
だがエルモートのこの態度は、明らかに悪意を感じる。エルモートがこんな嫌がらせのようなことを言って人が不愉快になっている様を楽しむ人ではないと思っているので、何を考えているのかわからない。自然と眉間にしわが寄る。
「なんで、来なかったんだよ?」
ニヤニヤした顔でさらに問いかけて来るエルモートにイライラが募って語気が強くなる。
「……行けるわけねェだろ! 親しいメンツで酒飲んで昔話に花咲かせようって集まりになんか!」
「そうだよなァ、来れねェよなァ」
エルモートがさらに煽るような口調で答え、椅子から立ち上がって俺の目の前にしゃがみ込んだ。
「俺も同じだぜ」
「…………えっ」
「お前が、ダチだとか、ツッパリ仲間とかと連れだってる時は、入ってけねェなァと思ってるぜ」
「………ッ……」
返ってきた言葉が予想していたどんなものとも違い、息が止まり目を見開いて驚く。……俺が妬くように、エルモートも?
「…………今まで、そんな素振り見せたこと、ないだろ……」
「お前がいろんな奴とつながりを持って楽しくやってること自体は、いいことだと思うからよ、水を差したくねェ……」
先ほどとはうって変わった慈しみの表情とふわふわした空気をまとって、俺の刺々しい感情を包み込んでいく。
「ま、俺も少しは辛抱してるってことだ」
膝をつき、顔をのぞき込まれる。
「だから……許せ」
頬に手を添えられ、ゆっくりと近づいてきたエルモートが俺の引き結んだ口唇に触れた。
やわらかい目で見つめられ、頬が熱くなる。たったこれだけで、俺の連日の不機嫌な気持ちは跡形も無くなってしまった。
ぐっと目を瞑り、こみ上げてくる感情を堪える。
「……機嫌直ったか?」
「…………はい」
大人の余裕を見せつけられてしまった。否応なしに自分がガキだと思わせられる。みっともない。かっこ悪い。
……だが、いい……これは、俺が主張しなければエルモートも言ってくれなかった言葉だと思うからだ。プライドが犠牲になったが得られたものは大きい。
でも、なんというか……エルモートは、人の心をくすぐるのがうまい。
わざと機嫌を損ねてからのなだめ方が、人心の掌握に長けたものを感じる。思いもよらなかった、でもほしかった言葉をかけられて、簡単に心を転がされてしまう。
そしてそれが発揮されるのは、俺に対してだけじゃないんじゃないだろうか?
なんとも言いようのない複雑な気持ちになる。目を開けると、変わらず優しい色をした金色がこちらを見ていた。むず痒い心地と、頭が痛い思いがする。
……もしかして、この人、とんでもない人たらしなんじゃ…………
(〆)