おれが愛した怪獣の話「辻 新之助、攻撃手攻撃手です。よろしくお願いします。」
辻ちゃんの第一印象は真面目そうなコ。
真っ黒な髪と切れ長の真っ黒な目。よく見ると少し紫がかってる。
控えめな声量でもよく通る声。
「おっ……かれ、さまです。」
始めの頃はひゃみちゃんにも緊張してたんだっけ。クールなひゃみちゃんもあれでアガリ症だったし、鳩原ちゃんは人を撃てないしで、初期の二宮隊は結構凸凹のチームだった。
せめておれ達の連携はちゃんとしようって2人で残ってコソ練もした。
「先輩、鳩原先輩が……。」
雨音の中で、引き絞るような声はやけにはっきり聞こえた。
おれは何も言えず傘を持ったまま立ち尽くしていた。
おれ達のチームメイトは、二宮隊より弟を選んだ。
当たり前だ。その為にボーダーに入ったんだから。
当たり前なのに、怒りと空虚が湧き上がる自分が嫌だった。
「先輩、遊んでると狙撃されますよ。」
軽口も叩けるようになって、おれ達はいい相棒になったと思う。
フォロー上手な後輩はおれにとってありがたかった。
「犬飼さん……って何か慣れませんね。」
ボーダーでは高校を卒業するとさん付けで呼ぶ慣習がある。
「別に今まで通りでいいよ。」
「いえ、そういうわけにはいきません。」
生真面目な辻ちゃんは言いにくそうにおれを呼んだ。
「……澄晴さんって呼んでも、いいですか?」
その頃、2人の時は下の名前で呼びたいと言い出した。
「もちろん。俺も新之助って呼んでいいの?」
「う、あ、ちょっと、恥ずかしいです。」
「えーでもおれも下の名前で呼びたいなあ。新ちゃんとか新君とかにする?」
「ちょっと考えさせてください。」
恥ずかしがると耳の上の方が真っ赤になる。それを見るのが好きだった。
瑞々しい少年だった辻ちゃんは背も伸びて大人になり、毎年1つずつ耳にピアスホールが増えた。
どうしてもとうるさいおれのワガママをきいてくれたのだ。
「澄晴さん。俺の耳はもう穴だらけですし、今年は止めませんか?」
「え、ついにボディピアス空ける」
「なんでそうなるんですか。」
辻ちゃんばっかり穴だらけにするのも不公平なので、おれも2つほど空けてある。
「もっと開けてもいいよ?何なら鱗のタトゥーでも入れる?」
「タトゥーは入れないでください。」
基本おれのファッションには口を出さない辻ちゃんにしては珍しく断言口調で言った。
「緊急搬送された時、CTやMRIに支障が出ると良くないので。」
ボーダー隊員なんて仕事やってるせいか、元々異常だったのか、たまに無性に血や肉が見たくなる。
「トリオン体かどうか、不安になるんですよね。」
優しい辻ちゃんはそう言って俺が噛んだことを許してくれるけど、おれもそう思いたいけど。
でも何の理由もなく、ただ血に飢えた化物だったらどうしようっておれは毎晩のようにうなされる。
辻ちゃんの開けたばかりのピアスホールにキスをする。
ホントは膿んじゃうと悪いからダメなんだけど、この後ちゃんと消毒するからと嘯いてキスをする。
「先輩、消毒したくて穴開けてませんか?」
怪訝な顔におれは作り笑いする。
辻ちゃんの耳の傷がキレイになったらそこにまたおれはピアスを贈る。
三角のエバーグリーンのピアスを辻ちゃんはいたく気に入ったようだ。
「鱗みたいで、いいですね。」
穴だらけの耳に申し訳なさが立つ。
ごめんね、おれが辻ちゃんを怪物にしちゃったね。
無垢だった10代の辻ちゃんに謝った。
「怪物は嫌ですけど、怪獣ならカッコイイからいいです。」
「何ソレ。三門市壊さないでね。」
「怪獣は名所から壊すので、三門ならボーダー本部ですね。」
「あはは、その時はおれも仲間に入れてよ。」
愛するものから壊してく。
おれの愛した怪獣の話。
END