25日の贈り物 その年、乾青宗は初めてサンタクロースからプレゼントをもらった。
二十四日は両親からプレゼントをもらう。たいていは本を貰う。それじゃなかったら、筆記用具。辞書なんていう年もあった。
図書館に通うくらい本が好きな姉・赤音はほっぺたを赤くして「すごくうれしい!」と感謝を述べるが、読書家でもなんでもない乾はちっとも嬉しくない。よかったのは図鑑くらいで、趣味じゃない児童書(「クロネコサンタの大冒険!」「ミイちゃんの不思議な杖」)なんてもらっても、一度も読まずに積んであるくらいだ。だから幼馴染の九井に「イヌピーはクリスマスになにが欲しい?」と聞かれても、「なにもいらねー」と答えてしまった。九井は目を丸くして乾を見る。
「だって親がクリスマスにくれんの、本だし」
きっと両親からのプレゼントは今年も本だろう。乾はそっと溜息をつく。ケーキとチキンは楽しみだけど、プレゼントに期待したことは一度もない。オレはゲームソフトとか、オモチャのほうがいいのにな。不貞腐れる乾に九井は言った。
「それは両親からだろ。サンタクロースからのプレゼントはなにが欲しい?」
「は? だから、勝手に本が送られるんだって」
「本以外でなにが欲しい?」
「しつけぇぞ、ココ」
それでも何度も九井が乾に聞いてくる。サンタクロースからなにが欲しい? そんなの考えたことがない。あまりに九井がしつこく聞くので、とうとう乾は答えてやった。
「あー、じゃあ、シャープペン」
「シャープペン?」
「ココが持ってるやつ。かっけぇよな」
九井はちょっと目を丸くした。
まだ小学生の乾は鉛筆しか持っていない。家にあるシャープペンはシンプルな両親のものか、可愛らしい赤音のものか、そのどちらかだ。九井が持っているシャープペンは、シンプルだけどかっこいい。おとなっぽくていいなとちょっと思っていたのだ。
ふぅん、と九井がつぶやいた。
クリスマスイブ。やっぱり両親から本がプレゼントされたし、やっぱり赤音は「ありがとう」と喜んでいた。今年のチキンは唐揚げで、ケーキはイチゴのスポンジケーキだった。クリスマスなんてこんなものだ。
次の日、昼過ぎに九井が遊びに来た。赤音はともだちと遊びに行ったからいないぞ、と言っても、構わずに家にあがってくる。
「イヌピー、クリスマスになにもらった?」
「嫌味かよ」
「そんなんじゃないって。いちおう確認」
いちおうってなんだと思いながらも、机の上を指さした。「キツネ邸の不思議な忘れもの」「ぼくらの街の向こう側」の二冊だ。どうして両親は毎年つまらない本をくれるんだろう。冒険ものとかホラーだったら、乾だってすこしは読もうと思うのに。
ため息をついていると、九井がなんだかそわそわしている。
「あー、えーと、イヌピーに頼みたいことがあるんだけど」
「赤音の作ったクッキーか?」
ぱっと九井が顔をあげて、二度三度頷いた。
「いいけど、赤音に言うなよ。うまくできたのは、ともだちのところに持って行ってて、家のあるの失敗作ばっかなんだから」
「ありがとう、イヌピー! もつべきものは親友だな!」
「うさんくせぇ」
拝んでくる九井を置いて、キッチンに行く。お目当てのクッキーをいくつか皿にのせて、部屋に持ち帰ると、九井が待ちかまえていた。そんなにクッキーが食べたかったのかよ。呆れながら渡すと、九井はおいしいおいしいと言って食べている。そんなに言うほどおいしいものだったかな。乾もつられて一枚食べようとして、ベッドになにかが置いてあるの気づいたのはその時だ。赤と緑の包み紙と赤いリボン。ご丁寧にどちらにも「メリークリスマス」と書いてある。あからさまにクリスマスプレゼントだ。こんなものはさっきまでなかったはずだ。クッキーに伸ばしかけた手を止めて、しげしげとプレゼントを見る。
「なんだこれ」
「なにってクリスマスのプレゼントじゃん。開けてみろよ」
「はァ? でもさっきまでなかったぜ」
「いいからいいから」
怪訝に思いながら手に取ってみる。なんだこれ。開けろ開けろと九井がしつこく言うので、リボンをほどいて、包装紙を開封する。
「うわ」
箱の中に入っていたのはシャープペンだった。乾が欲しいと言ったシャープペン。九井と色違いの、青いシャープペンだ。
「ココ……これ、」
「よかったじゃん。サンタからのプレゼント」
「いや、これさ」
「イヌピーもいい子にしていたんだな」
いや、だって、これ。どう考えたって、おまえじゃん。
口元から出かかった言葉は素知らぬ顔をする九井を見て霧散する。
「これ……高かったんじゃねぇの」
「そうでもないよ」
「なんでココがシャープペンの値段を知ってんだよ」
「知らないけど、だいたい想像つくだろ」
「おまえのシャープペンと色違いだな」
「えっ、そうなの? あ、ほんとだな」
雑な演技でしらばっくれる九井に、ついつい乾は笑ってしまった。馬鹿すぎるだろ、こんなの。九井も笑っている。
「ありがとうな、ココ」
「なんのことかわかんないけど、なんか飲み物があるとうれしいな。さすがにのど乾いてきた」
「しょうがねぇなぁ。なにが飲みたいんだよ。なんでもそこの自販機で買って来てやるよ」
「じゃあ、おことばに甘えてコーラかな」
それから毎年、乾のサンタクロースは二十五日にプレゼントを贈ってくれる。
「イヌピー、なんかほしいものない?」
十二月に入ると毎年恒例で九井がなにげなく尋ねてくる。乾のほうも心得たものだから、「あったかいものが食いてぇな」と答えてやった。
「あったかいものかー。マフラーとか?」
「オレは食い物と言ったんだけどな」
「心も身体もあったまりたいじゃん」
「マフラーなら二年前に貰った」
「あー……イヌピー物持ちいいもんなー。うーん、じゃあ、ストールは? もってないよな?」
「ストール……?」
「色はどんなのがいい? 無地もいいけど、チェック柄はどうかな?」
「ストールがなにかわかんねぇけど、それじゃなくて、鍋がいいんだけど」
「はいはい。今日の夕飯は鍋ね、オッケー」
「そうじゃなくて、クリスマスプレゼントだよ」
「それはオレじゃなくてサンタに言ってよ」
乾のサンタクロースは毎年おくりものをしてくれる。シャープペンから始まって、マフラー。靴。革の手袋、キーケース。毎年リサーチしているわりに、乾が欲しいと言ったものとは微妙に違うものをくれるのはご愛敬。乾のサンタクロースは靴のサイズまで知っている。
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十二月恒例の質問を聞くのは数年ぶりのことだった。九井は乾と離別し、お互い別の道を歩んでいた。紆余曲折あって、再会し、久しぶりのクリスマスを迎えることになったのだ。再会からいまだぎこちないところはあるが、それでも一緒に暮らしている矢先のこと。買い物からの帰り道に九井が聞いた。
「イヌピー、なんかほしいものある?」
サンタクロースの贈り物は九井が不在のあいだも続いていた。
二十歳を超えたあたりから、酒を贈ってくることもあった。チーズにシャンパン。どちらも美味くて、さすがサンタクロースは乾の好みを絶妙に知っているなと感心してしまったほどだ。それでもリサーチを欠かさない勤勉なサンタクロースは素知らぬ顔をして乾に欲しいものを聞いてくる。そうだな、と乾は考える。ソファーに置くクッションが欲しいところだが、たぶんサンタクロースの予算から考えると、それはサンタクロースではなく九井に言った方がよさそうだ。じゃあ、どうしようかな。
「あー……ディズニーランド」
「へ?」
「ディズニーランド。花垣が、彼女と行って楽しかったんだって。お土産を貰ったから、オレもお返ししてぇ。だから、ディズニーランドのチケットを二枚」
九井が目を丸くする。
「あー……品物じゃなきゃダメだったのか?」
「駄目じゃない」
「そうか」
「って、サンタが言ってた」
なんだよそれ。いまサンタと意思疎通したのかよ。さすがに笑ってしまうと、九井もつられて笑う。
乾青宗はサンタクロースを信じている。乾だけのサンタクロースがこの世には存在する。
「ディズニーランド共通チケット二枚とミラコスタ宿泊券……」
「イヌピーのサンタクロースは豪勢だな」
いついこうか、と九井が微笑む。おまえとだったらいつでもいいよ。
乾だけのサンタクロースはいつだって願いをかなえてくれる。だから今年はもう一つ願いを叶えてほしい。
「そういや、べただけど、恋人はサンタクロースって知ってるか?」