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    046hanken

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    046hanken

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    ヒーローピンチに駆け付けてくれるヒーローなんていないんだろうと思っていた。ずっと、自分とお父さんを助けてくれる大人はいなかったし、正義だと言われているヒーローも頑張ってるね、と声をかけるだけ。
    ある時、路上で見せていたパフォーマンスを見てくれた名前も知らないヒーローが俺の頭を撫でながらレモン味のキャンディをくれた。でも。それだけ。お父さんは良かったな。なんて笑っていたけどこれが俺にとってはその場しのぎの一つでしかないんだつて事はとっくの昔に気付いている。貰ったキャンディは吐き気がする程甘かった。
    お父さんの体調が悪くなっていた事は分かっていた。お父さんは大丈夫だと言うだけ。助けてほしいと思いながら、それを口には出せないでいた。どこの誰に助けを求めていいのかわからなかったから。
    明確に必要だったのはお金。ある時、魔が差した。それは何度か見ていた光景。何かに夢中になっている人の鞄から盗られる財布。いけない事だとお父さんは言っていた。悪い事だと言っていた。それでも、お金さえあれば薬が買える、病院に行ける、明日のパンの心配さえいらない。震える手はゆっくりと名前も知らない人の鞄に伸びていた。
    「ワンッ!」
    と犬の声とともに毛むくじゃらの何かが飛び付いた。押し倒される形で転んで、目の前にはふわふわした子犬がいる。財布を盗むつもりでいた人はそんな事気付いてもいないのか大丈夫?なんて声をかける。大丈夫だと答えながら確かな安堵を覚えていた。震える手を誤魔化すように仔犬を撫でる。この仔犬はどこの子なんだろう。
    「はわわ、こら、バディっ、めっ!」
    俺よりもいくつか年上の大人しそうな男の子。バディと呼ばれた子犬はワン、と吠えてあっさりと男の子の元へ帰っていった。ごめんね、と謝る男の子はポケットのキャンディを一つくれた。
    薄い桃色のイチゴ味。幸せというのはきっとこんな味なのだろうと思って、吐き出してしまいたくなった。
    お父さんの体調は目に見えて悪くなる。それでも元気なのだと嘘をつくから、それに騙されてあげるんだ。本当の事は知りたくなくて。今日も今日を生きる為にお金を稼がなくちゃ。お父さんは知り合いのサーカスでマジックショー。俺は俺で子供でも出来るお仕事やその合間にお父さんからお墨付きをもらったマジックを路上で披露する。受け取れるお金は微々たるものだったけど無いよりはましだった。
    お父さんを迎えにサーカスに行く道の途中。キラキラとショーウインドウ越しに色鮮やかなキャンディやグミの数々。街ゆく子供達はきっと簡単に手にしてしまうんだろう。宝石みたいにキラキラしてて、夢みたいに甘い味。お腹いっぱい食べられたらどんなに幸せだろうか。
    カラン、と店から出てきた綺麗な服を着た男の子。気の強そうな瞳がこちらを睨んだ。後ろには数人の大人の人。一目でお金持ちなんだと分かった。一瞬目があって、どきりと心臓が跳ねた。
    「おい、いらねぇからこれやるよ。」
    ぽい、と投げられたロリポップ。ショーウィンドウで飾られていた新商品だ。男の子は興味も無さげに車に乗って去っていった。きっとあの子はこんなものよりずっと良いものを持っているんだと思う。
    口に含んだキャンディが口の中でパチリと弾ける。サイダー味だったんだろう。いらない、なんて、簡単に捨ててしまえるんだネ。がり、と噛み砕いたキャンディの欠片が口の中でちくりと刺さった。泣きたくなってしまったのは何でだろうか。

    そうやって、都合の良い奇跡なんて無いって知って。だからそんなものよりももっと確かなものだけを信じてきたのに。なのにどうして今更目の前に現れてしまうんだろう。
    死さえ覚悟した瞬間に、駆け付けてくれた「ヒーロー」
    本当は、本当はずっと望んでいた。夢に見ていた。かつての俺が飲み込んだ言葉が喉元を駆け上がる。今になって狡いヨ。なんて、そんなの分かっているのに。ひゅと喉が鳴って小さな子供のように泣き出してしまいそうで、堪えた涙が視界を歪めた。
    「助けて。」
    抱き締められた瞬間、頭の中で確かにそう叫んだのは幼い頃の自分だ。
    響く爆発音、薄くなる霧の中、オイラの事なんて捨ててしまえばきっとグレイは怪我一つ負わないでいられるのに。逃げて、ってそう言えばいいのに自分勝手な自分がそれを許さない。動かない身体が煩わしくて悔しくて、突如耳に届いた轟音と俺っちを守るように庇われたグレイの背中越しに見知ったメンターの姿を見た。
    何で、何で来てくれたの?グレイもジェイも、ましてやアッシュパイセンさえも。グレイの服を掴んだ手に力が籠もる。騙してたのに、嘘をついていたのに、誰のことだって信じてなかったのに。こんな俺をどうして。
    トリニティの二人はあと少しのところで逃してしまったのだと申し訳無さそうにジェイが告げた。アッシュパイセンを見れば苛立ちの募る顔をしていて、それでも敵を追い掛けずにこちらに戻ってきたのだと思えば心臓の辺りがぎゅうと握られた感覚がした。
    「ビリーくん、大丈夫?」
    グレイが優しく声をかける。大丈夫かと言われれば大丈夫ではないのだろう。身体のあちこちが痛くて、動かなくて、でも、心配される資格なんて無いはずなのに。
    「だ…い、じょうぶ…っ…」
    笑顔を作ろうとして、ぽたりと涙が落ちる。一つ流れ落ちればそれはもう止められなかった。
    「び、ビリーくんっ…!」
    ごめんと、ありがとうを繰り返して、動かない手で必死に縋り付く俺の背を、頭を、優しい人達の手が触れる。


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