付き合ってないエー監供養「ねぇ、エースってセックスしたことある?」
始まりは監督生のそんな一言だった。
「はぁ!?何急に!?
なんか変な魔法でも掛けられた!?」
「別に掛けられてないし…
そういう反応ってことは…した事ないんだ」
隣に座ってオレを見上げる瞳に、いつもと違う感情が浮かんでいるのが見えた。けど、それが何を意味するのかまでは分からない。オンボロ寮の外は大雨で、天井や壁を打つ雨の音がまるでオーケストラみたいに聞こえる。
「ハ…?何言っちゃってんの?
ガールフレンド居たって話したことあったよな?言っとくけど一通り全部済ませてっから」
どうしてそんな嘘をついたのか分からない。多分、ちっぽけな意地だったと思う。監督生がどことなく挑発的な顔をしてるように思えて、なめられたくなくて、咄嗟に嘘が唇から零れ落ちていた。
「へぇ…そうなんだ…
セックスってやっぱり気持ちいいの?」
「…当たり前じゃん。
スゲーイイよ。つか、何?
そんなこと急に聞いて…
もしかしてオレとシたい、とか?」
これも強がりだった。
監督生は友達で、
なるべく女子だって事は意識しないようにしてきた。だから茶化して誤魔化そうとしたけど、監督生の艶々した唇から視線を逸らせずにいた。
「…うん。シたい…」
「…は…?」
雨音のオーケストラが一瞬消えた気がした。
「エースが経験者なら話は早いよね…実は、私16歳じゃないの…」
「いや、え?ちょっと待てって!
何…?お前オレらとタメじゃなかったの…?」
セックスの話と年齢の話がどう繋がるのか分からなくて、思わず声が裏返ってしまった。確かに監督生はオレやデュースより少し落ち着いてるところもあったけど…それはよく言う男と女の精神年齢の違いだと思っていた。
「私18歳なの。
で…18歳の間に…処女を捨てたくて…もしエースが嫌じゃないなら…」
その後の言葉は紡がれなかった。
言わなくても察しろと言う事だろう。
きっとオレがデュースだったら察していないフリも出来ただろうけど、残念ながらオレはエース・トラッポラだ。けど分からない事もある。それは監督生がオレにそんな事を頼む理由だ。
「お前…オレの事好きだったの…?」
「…別に…そういうんじゃないの…」
「え…じゃあ何…?
好きでもないけど抱いてって事…?」
「…うん」
どうしてか鼻の奥がツンとした。
別にオレだって監督生の事を好きな訳じゃない…だから別に傷ついたとかじゃない…ただ、なんとなく納得したくなかった。1番仲がいいからとか、なんでも話せる仲だからとか、そんな理由は聞きたくないから。
「へェ…良いの?
初めてが好きじゃない男でも」
「私は良いよ…エースが嫌なら無理強いはしないし…普通は好きな人とするものだって分かってるから…」
なにその顔…
今までそんな顔、見たこと無いんだけど…つーか分かってんならそんな事言い出すなよ…
「オレは…良いよ。
お前が後悔しないなら…」
心臓の音が馬鹿みたいにデカく聞こえて、雨の音さえ掻き消してしまうんじゃないかと心配になった。まさかこんなことになるなんて、今この時まで思っても居なかった。だってオレ達は、唯の友達だった筈だから。
「ありがとう、エース」
そう言って笑った監督生がいつもより可愛く見えたのは、きっとこれからセックスをするからだ。
「エース、シャワー浴びてきたよ」
「お、おう…!」
「そっち…行っても良い?」
「…うん」
灯りを落とした部屋に、スリッパの乾いた音が響く。その音はベッドに腰掛けるオレの前で止まる。
「エース…」
「…マジで後悔しねぇ…?」
「うん…エースこそ」
「お、オレは…別に初めてじゃねぇし…」
「そっか…」
初めてはきっと好きな人とするものだと思っていた。けどそんな幻想にしがみつけるほどオレの理性は強くなかったらしい。目の前に転がるチャンスに、思い描いていた初めてなんてどうでも良くなった。いつもいるメンバーの顔が浮かんで、多分アイツらなら断ったんだろうなって思ったし、それが分かってたからコイツもオレに頼んだんだろう。てか…アイツらに知られたらオレら絶対軽蔑されるよな。まぁ、どうでもイイけど。
とりあえず色んなごちゃごちゃした思考は放棄して、そっと監督生の腕を引いてやれば、いつになく従順に隣に座られた。風呂上がりの微かな熱気を服越しに感じて、その熱が移ったように身体が熱くなり始める。
「…監督生、こっち向いて」
「ん…」
コイツってこんなにまつ毛長かったっけ…よく見るとオレとは肌質とか全然違うんだな…そんな事を考えながら、ギュッとズボンを両手で握りながらぎこちなく唇を近付ける。
ちゅ…と小さなリップ音がして、心臓が爆発するかと思うほど全身が脈打った。ヤバい…キスってすげー興奮するかも…そう思った時には、もう一度監督生の唇に吸い寄せられてた。
「ちゅ…ちゅっ…」
「…んっ…ちゅ…っ」
小鳥が啄むみたいなキスを繰り返して、鼻が何回かぶつかる。その瞬間、何度もドラマや映画で観てきたキスシーンが走馬灯のように脳内を駆け巡り体が勝手に動いた。右手を監督生の後頭部に回して、しっかり固定してから少しだけ角度を変える…そうそうこうだよな…キスってこうやってやるんだったわ…。
ちゅっ、という短い音の後、鼻から抜けるような可愛い声が小さく耳をくすぐるせいでなんだか楽しく思えてきた。
「ちゅっ、監督生…ちょっと口開けれる?」
「え…うん…」
うわ…思ってたよりエロい…
口なんてオレにも付いてんだし、見慣れてる筈なのに…なんでこんなに魅力的なんだよ…
「舌…入れるからな」
口を開けてるせいで返事ができない監督生が小さくコクンと頷いたのを見て、オレはもう一度後頭部を支える右手に力を入れて唇にかぶりついた。
「ちゅッ、ちゅ…っ、ん…ぁ…む…」
「んッ、ちゅっ、んむ…ふぁ…っ」
「んん…ヤバ…すげぇ顔蕩けてんじゃん…エッロ…」
「だ、だって…キス、気持ち良くて…」
監督生も気持ち良かったんだ…なんか嬉しいかも…キスシーンなんて日常的に当たり前に目にしてきたから、あまり意識してなかったし知らなかった。キスひとつで理性がここまでボヤけるもんだなんて…
「ね、もっとキスさせて…っ」
「ンンっ…!」
堪らなくなって、少し乱暴に唇に吸い付いて、舌を捻じ込む。ちゅうちゅう吸いながら、熱くて柔らかい舌を絡めると、監督生の腕がオレの背中に回ってきた。そこからは暫く2人してお互いの唇を貪るように、何度も角度を変えて、唾液が口の周りを汚すのも気にせずにキスを繰り返す。ぎこちなかったのは最初の一度だけで、DNAに刻み込まれているのかと思うほどすんなりとコツを掴めた。
脳内に直接響く水音、熱くぬめる舌先、オレ…今監督生とキスしてんだ…当たり前のことを再確認しただけなのに、火をつけられた導火線みたいに興奮がジリジリ高まってくのが分かる。
てか…やわらけ…
女の子の唇ってこんなに柔らかいのかよ…
初めてのキスがどこまでなのか分からなくなるほど、何度も何度も繰り返して、イケナイ事をする背徳感にゾワゾワと全身が栗立つのを感じた。
「ん…っ、監督生…」
「……」
真っ赤な顔で俯いた監督生のせいで、なんだかこっちまで気恥ずかしくなった。リードしねぇとって思えば思うほど、緊張して、次はどうすれば良いのかさっぱり分からなくなる。