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    kyosato_23

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    kyosato_23

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    父親を殺して服役してた月と、アパレルショップ店員で眼鏡着用の鯉の月鯉の続きです。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    ガラス越しのかくれんぼ 2*


    月島さま。
    耳慣れない呼ばれ方に気後れしながら鯉登に促されるまま、店の奥まった場所へ案内される。月島を導く手は指先が五本きっちりと揃っていて隙がない。掌の色だけ少し薄い肌色なのが目に入った。
    「よろしければお荷物はこちらへどうぞ」
    鯉登がそう言うので、近くにあった一人がけのソファにどっさりと大量の紙袋とほぼ空っぽの鞄を置く。
    大きな姿見の前へ立つと自分の姿だけしかけ絵本の飛びだす人形のように浮いて見えた。いかにいい服を着ていても、高級店に慣れている面々とはまず立ち方や手先の仕草が違う。
    それに健康的な鯉登と並ぶと自分の肌の青白さというか、生気のなさがひどい。
    ずっと死ぬことを考えて生きてきた、今日出所したての服役囚だぞ、当然だ、と内心で誰に言い訳するでもなく諦めまじりの弁明を吐く。
    「色のご希望などはございますか?」
    「あー……」
    月島にとって服は着られたらそれでいいものだった。
    中学と高校は制服、就職してからは作業着、服役中は舎房衣。人生の大半をとりあえず身につけるよう定められた服を着て過ごしてきた。自分に似合う服など考えたこともなかった。
    そんな人間には色をどうするか、さえ難問である。
    鏡ごしにちらと鯉登を盗み見る。
    褐色の肌に淡いグレーのスーツが映えている。
    自分の肌色ではこんな淡い色は似合わないだろうと思った。
    「……濃い色の方がいいですね」
    「かしこまりました」
    曖昧な希望に対して鯉登は少々お待ちくださいと答え、店内を歩き回ってはジャケットをあれこれハンガーごと取り出している。それと同時にシャツもいくつか見つくろい、颯爽と戻ってきた。
    鯉登がそばへ寄ってきた時にその空気の流れと共に香水らしき香りがふわりと鼻先で舞った。
    鶴見の着ているものに近い濃いグレーのジャケットをまず試着した。が、見事に合わなかった。見た目ではない、サイズがである。
    両腕を通したもののみちみちと上腕筋が締めつけられ、スーツの肩や背中あたりの縫い目が悲鳴をあげているのがわかる。
    月島は背丈は高くないが、それに反して肩や腕、胸板に筋肉がついていて太い。これまでの店でも身長から見立ててLサイズを出されることがほとんどだったが、半分以上はどこかしらがきつかった。XLにすると今度は丈が合わない。
    月島は多少サイズが合わなくても着られればどちらでもいいので適当にXLにしようとしたが、鶴見に笑顔で止められた。体に合わない服はよくないぞ、と。
    スポンサーの意向は絶対だった。別に月島が望んで服を買いに来たわけではないのに、いつのまにかまた鶴見のペースに乗せられた。
    結局今もゆったりとした作りでかろうじて入ったLサイズのワイドパンツと薄手のニットを着ている。着せ替え人形にならざるを得なかったのもそのせいだ。
    「きつい、ですね……」
    「XLの方がよろしいでしょうか」
    自分で脱ぐとどこか破損させそうだったので、鯉登の手を借りてジャケットを脱ぐ。鯉登は客の服を脱がせるのに慣れているのか、月島の背後に立って淀みなくするすると腕をジャケットから引き抜いていく。動くと邪魔をしそうで、月島は身を硬くしたままそれに従った。
    XLも試着したが、そちらだとやはり丈や袖が微妙であるらしい。月島にはその微妙な差異はよくわからないが、鯉登はどうも難しそうな顔をしていた。ジャケットの襟や肩、胸元の部分を引っ張って調節している。

    「うーん、これは……月島、オーダーメイドにしなさい」
    「……はぁ?」
    オーダーメイド、とは。
    それまで黙って少し離れたところで見ていた鶴見が突然口を挟んだ。その言葉の意味をすぐに噛み砕けずについ険しい顔で聞き返してしまう。悪童として散々鶴見に悪態をついていた頃の癖がでた。
    すぐに鯉登が目の前にいるのを思い出して表情を和らげたが、ガラの悪い客だということがバレたかもしれない。最初から隠せていなかったかもしれないが。
    「特注しなさいということだ」
    月島の思考を読んだか鶴見はうんうんと頷いている。
    「スーツは自分の顔に等しい。毎日それで働くんだからな。そんな自分の顔となるものにはとことんこだわってキッチリと体型にあうものを選んだ方がいい! その方がカッコいいぞ月島ァ!」
    「いや、ちょっと待ってください……」
    店内全体にまでよく通る鶴見の声に慌てる。周囲の注目がいっせいに自分たちへ集まったのを感じて勘弁してくれと内心で叫んだ。
    オーダーメイドの意味はわかる。わかるが、わざわざそこまでするのかという気持ちが噴出する。ただでさえ高い店、それを更に特注となると値段もはね上がるに違いない。そして当然それも鶴見が払うつもりだろう。
    鶴見はいったい月島にいくら金をつぎ込むつもりなのだ。そこまでしてもらう義理にさっぱり心当たりがない月島はさすがに眩暈がしてきた。
    それともお気に入りの鯉登に売り上げを貢ぎたいのだろうか。そちらの方がまだ納得できる。
    ちらと鯉登へ目線をやると、眼鏡越しの大きな瞳は特に揺らぐことなく鶴見と月島の顔を交互に窺っている。
    着るのは月島であるが金を出すのは鶴見であり、主導権はそちらにある二人の関係を知れば鯉登はどう受け取るのだろうか。自分には今更恥も外聞もないが、鶴見が妙な誤解に巻き込まれるのは避けたかった。
    「気にするな月島、可愛い弟分の就職祝いだ。元からここの支払いは私がもつつもりだったんだ」
    鶴見が肩を優しく叩く。
    弟分。なるほどうまい言葉選びである。血縁とも同僚とも違う、それでいて同郷の出で互いに若い時分を知り、面倒を見る見られるの間柄。実際の関係からするとかなり距離感の近い呼称ではあるが、他者に対して説明するのにはちょうどいい程度の言葉だ。
    「そういう訳だから、頼めるかな鯉登くん」
    鶴見が優美に微笑む。これまで無言で控えてことの成り行きを見守っていた鯉登がそれを見た途端に頰を赤らめて破顔した。目も心なしか輝いて見える。
    「はい、かしこまりました!」
    鯉登は月島への接客は物静かなのに、鶴見と話す時はずいぶんと高揚している。
    それだけ売り上げに貢献してくれる客であるのならば態度も違うものか、と一瞬俗な思考が過ったが、鶴見がそんな店員をここまで可愛がるとも思えない。月島にやたら金を使おうとしたりするあたりそう断言もできないところであるが、それでも鯉登の指先から滲み出る品のよさを思い出すと金にがっつくような青年ではなさそうだ。鶴見個人を慕っているのかもしれない。鶴見はやたらに人脈が広いので、息子のような年齢差とはいえ鯉登とプライベートで知り合った可能性は十分ある。
    「こちらへどうぞ」
    店内の更に奥まったスペースへと案内され、荷物ごと移動する。丸いテーブルに椅子が四脚添えてある、談話スペースのような場所だった。仕切りなどはなく、店内からも誰が話しているかは見えるし、こちらも店内で会話している声が聞こえてくる。
    流れのまま腰かけると、少々お待ちくださいと言い残して鯉登が姿を消した。他の店員と何やら話をしているようだった。
    「月島、これを持っておきなさい」
    テーブルの下で鶴見が月島をつついてくるので、まだ何か出す物があるのかと下を向くと、渡されたのは新品のスマートフォンだった。
    「前もって契約しておいたんだが、渡しておくのを忘れていてな。私や鯉登くんとの連絡に必要だろう」
    「……全く使い方がわかりませんが……」
    存在は噂で聞いていたが、月島が働いていた頃に持っていたのは携帯電話であり、この類の電子機器は見るのも初めてだった。
    「パスワードはな、」
    「はぁ……」
    画面に照明が灯ると、なにやら番号を要求される。鶴見に言われた通りの数字を慣れない手つきで打ち込んでいく。次に現れた画面でとりあえず電話したいならここだと電話帳の開き方だけ教えられた。鶴見の番号はすでに登録されてあった。
    そうこうしているうちに鯉登がファイルを手にして戻ってきた。
    いい歳の男二人が肩を寄せあいスマートフォンを覗き込んでいる姿を一瞥したが、すぐに椅子に腰かけて手早く書類とファイルを机に広げていく。
    鶴見へ対する表情からして感情が希薄という風でもなさそうだが、月島より十歳近くは年下に見えるわりに落ち着きはらって動じない青年だ。こういう場で働く人間は高額な貨幣のやりとりや、奇異な客のあしらいに慣れているのかもしれない。
    「すまないね、先に連絡しておけばよかったな。そちらの都合は大丈夫かな? そろそろ客も増えてくる時間だろう?」
    「……鶴見さまのご希望を最優先に考えておりますが……」
    かと思えばやはり鶴見に対しては赤面して、ぼそぼそと喋る。中学校の頃に三十路かそこらの教師に片思いしていた同級生の少女がこんな風だったなと、妙な既視感を覚える。隣の席だった月島は少女の態度の切り替わりをすぐ間近で見ていて、なんとも居心地が悪かった。
    「いや、本来はオーダーするなら事前の予約が必要だろう? やはり今日のところは出直そうか」
    「……!!」
    鶴見の思案を見て鯉登が焦る。動じないという前言を撤回したくなるほど、やはり鶴見相手だと表情が豊かだ。素の性格はもっと年相応なのだろうか。鶴見を優先したいのであればもっと胸を張って大丈夫と言えばいいのに、嘘がつけない性質と見える。
    「ふむ、では明日はどうかな」
    「いえ、明日は……その、休みを頂いておりまして……」
    毅然としていた鯉登の空気があっというまに萎れていく。大きな瞳が申し訳なさそうに伏せられて、眼鏡越しにもわかるほど長い睫毛が震えていた。
    「なら明後日だな。いいな月島?」
    「はい」
    ノーという権限は月島にはない。もうどうにでもなれと、よどみなく頷く。
    鯉登は何度も謝罪しながら明後日の午前中を提案し、鶴見も了承して予約を取りつけた。
    オーダーメイドを頼むのに本来ならブランドの会員にならねばいけないらしいが、月島はまだ内定が決まった状態に過ぎず、職どころか住所も不定である。支払いは鶴見がするのだからと鶴見の会員番号と名義で申し込めるよう頼むと、それはあっさり通った。
    「会員さまがお身内やパートナーの為にご購入くださることもよくありますので」
    と、そう説明されると確かに不自然ではない。月島は身内でもパートナーでもなかったが。
    ひとまず、と鶴見が申請書に氏名と住所を記入する。会員番号は自分が調べて記入しておくと言うので鯉登に任せた。連絡先の電話番号、となった時に鶴見が月島の肩をつかんだ。
    「私は明後日は休みを取っていないので、来るのは月島一人だ。よろしく頼むよ、鯉登くん」
    「え?」
    「え?」
    月島と鯉登が同時に驚嘆の声をあげる。
    なぜ鯉登まで、と思ったが、その顔にはありありと鶴見さまは来ないのですか、という悲嘆が浮き上がっていた。美形の上客と会えると楽しみにしていたらこんな冴えない年かさの男と二人でなんて、あてが外れたのは同情するがちょっと素直すぎやしないだろうか。
    「連絡先は私と月島の両方を書いておくが、主に月島の方へかけてくれないか」
    「ちょっと、待ってください。スーツのことなんて詳しくないし、一人で来ても何もわかりませんよ」
    「ああ、そこは心配するな。鯉登くんのセンスに間違いはないから。わからなければ鯉登くんに聞いて、全て彼に任せなさい」
    万単位の買い物は鶴見にとっても決して軽くないはずだ。それをここまで任せきりにするからには鯉登の見立ては本物なのだろう。下手に自分が口を出して失敗し、また作り直しなどと鶴見の手間と金をかけさせるよりは指示通り鯉登に全て任せるのが最善と腹をくくることにした。
    「では鯉登……さん。よろしくお願いします」
    鶴見に倣って呼ぼうとしたが、どうにも”くん”は馴れ馴れしいような気がして、言い換える。鯉登にとって客であるのは鶴見であって、月島ではない。
    目の前で下げられた頭を見て鯉登が惚けた様子からハッと我に返り、ひと呼吸おいて、来店時のような涼やかな微笑みに戻った。
    「はい、どうぞお任せください」
    同じくその声も落ち着きを取り戻していたが、初対面の時とは違う、輝きを放つ瞳に紅潮した頬が顕著に物語っている。鶴見にここまで信頼されて任せてもらえるのが嬉しい、と。
    隠しきれない歓喜に満ちたその様を見て、月島は思った。
    もしかしたらこの青年は第一印象よりもずっと、わかりやすいのではないだろうかと。





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