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    kyosato_23

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    kyosato_23

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    父親を殺して服役してた月と、アパレルショップ店員で眼鏡着用の鯉の月鯉です。
    月視点は一旦ここまで。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    ガラス越しのかくれんぼ 3*



    月島への言動は品があって隙がなく、眼鏡で目元の表情が見えにくいのもあって、怜悧で作り物めいていた。それだけなら住む世界が違う、近寄り難い相手であるというだけだった。
    落ち着かない様子で顔を赤らめ、横に流した前髪の毛先を指で耳にかける仕草を目にすると途端にマネキンから血と温度のある人間に変貌する。住む世界が違っても心臓の脈打つ人間なのだと感じた。
    鯉登がメモに予約の日時を書き、月島に手渡してきた。きれいな、整った字だった。
    どうも、とそのメモを折り曲げ、ズボンのポケットにしまう。しまってから、きちんと鞄に入れるべきだったかと少し恥ずかしくなった。
    鯉登は特に気に留めず、店を出る鶴見と月島への見送りにつき従い、粛々とした様子で頭を下げた。つられて月島も会釈する。鶴見は微笑みと僅かな頷きで返した。
    踵を返したところで、別の客が鯉登の名を読んだのが聞こえた。振り返ってみると鶴見と歳の頃の変わらない男性客がジャケットを手にしていた。試着を頼む、といったところか。
    名指しされるくらいなのだから鶴見以外からも人気があるのだろうか。ふと鶴見と自分以外への客にどんな顔を見せているのか気になったが、下世話な興味だと飲み込んで鶴見の背中を追いかけた。


    「そろそろホテルのチェックインの時間だな」
    ホテルは百貨店からひとつ先の駅にある繁華街の中だった。現在地から徒歩で向かっても問題なさそうだ。
    地図を見て自分一人でなんとかなると判断し、鶴見とは一旦別れることにした。このままではホテルまでついてきて、そこで豪華なディナーをご馳走されそうだった。実際そのつもりだったらしい鶴見が眉尻を下げる。さすがに疲れた、情報を整理したい、勉強も始めたいと宥めてなんとかお開きの運びとなった。
    別れ際に当面の生活費だとたっぷり金が入った財布を渡されて何を考えてるんだとまた叫びそうになった。
    「クレジットカードの方がコンパクトでいいんだがなぁ。それだとお前は遠慮して使わなさそうだからな」
    「現金でもかなり遠慮しますが……」
    確かに現金の方が使ったという感触がある分、鶴見への恩や罪悪感が薄れなくてすむ。
    更にスーツを注文するときは前払いだからと、分厚い封筒も渡された。恐ろしくて中身を確認する気にもならなかった。鶴見には金が子供にやるチョコレートかなにかにでも見えているのだろうか。
    ここまでしてもらっては逃げられない。死に物狂いで働いて鶴見に金と恩を返す他に道はない、と自殺の選択肢は出所初日にしてあっさりと潰された。
    鶴見は見抜いていたのかもしれない。前もってスーツ用の現金を準備しているあたり、最初から狙っていたのではないか。
    「……なんで俺にここまでしてくれるんですか……」
    ようやくの問いがすべり落ちる。働き口を世話するだけなら住み込みの仕事でも、スーツや語学が不要な仕事でも、即日働ける仕事でも、なんだってあるはずだった。そもそもこんな親殺しのろくでなしなど、弁護士の費用は手切金だとでも思ってさっさと死なせてしまえばいいものを。
    こんなに金をかけてまで月島をまっとうな道へ戻そうとする、その意図はなんだ。
    「……まあ、私のおせっかいが半分と。金だけ貯まって使い道のない身だ、たまには景気よく使いたいんだよ。あとはな、お前は特に手がかかって可愛かったんだ。……あんな父親のために人生を棒に振ることもなかろう」
    「……」
    鶴見は過去に不慮の事故で妻と幼い娘を亡くしている。直接本人の口から語られたことはないが、噂で知っている。閉塞的な地域は噂の巡りも早いものだ。
    失った家族の代わりに金を使うにしたって、もっと有意義な相手にすればいいでしょう。そう言いたかったが、月島は口を噤むしかなかった。
    ふと、鶴見の横に並ぶとそれこそ親子のような年齢の鯉登を思い出す。月島と鯉登、両方に金を使えて鶴見からすれば一挙両得というわけだ。
    「月島ァ、次の私の休みには新居を探しにいくぞ!住民票の郵送をちゃんと申請しておくんだぞ!届け先は私の自宅でいいからな!」
    家族が生きていれば良き夫、良き父であっただろう鶴見の楽しそうなその言葉に、月島はできる限りはっきりとした声で、はい、と返事をした。





    チェックインが終わり、ホテルの部屋へ入って一人になった途端にとんでもない疲労が襲ってくる。昨日まで刑務所にいた人間が体験するにはあまりに場違いで濃厚な一日だった。
    まずは何をするべきか。荷物の整理。書類の確認。ロシア語の勉強。色々あるが、とても頭が働かない。
    (……まずは風呂に入ろう)
    のろのろと浴室へ向かう。月島は昔から風呂が好きだった。
    馴染みのないユニットバスに湯を張り、もうもうと立ちのぼる湯気をぼんやり眺める。半分ほど湯がたまったところで、ためながら浸かればいいかと服を脱いで湯船に入った。体を洗わずに入るのはすわりが悪い気もしたが、それよりも早く疲労を癒したい欲求が勝った。
    どぼどぼと水道から出てくる湯で波打つ浴槽の中で、ようやく一息つく。一人きりでゆっくり浸かれる風呂は久しぶりだった。
    湯を堪能しているうちに眠ってしまいそうだったので、最後の気力で全身を洗った。後にも先にも自分の頭が丸刈りであったのをこれほど感謝したのはこの夜だけである。
    体を拭いてそのままベッドに倒れこむ。温めてほぐされた体に冷たいシーツが心地いい。それにより低下していく体温がぐんぐん眠気を引き起こす。
    そのまま下着もつけずに眠ってしまった。




    出所から一日目の朝。
    五時に目が覚めた。空はまだ薄暗い。昨夜は電気も消さずに眠ってしまったので、室内だけは暖かなオレンジの光に満ちて煌々としていた。
    早速だらしのない眠り方をしてしまったと、もぞりと起き上がる。
    まず鞄から替えの下着を取り出した。刑務所の中で買った何の変哲もないものである。
    顔を洗い、歯を磨き、身支度を整えてようやく頭がすっきりと覚醒した。
    まるきり自分の自由にしていい一日となると、存外迷う。まずスケジュールを決めようと鶴見から受け取った書類を机の上に並べたてた。
    ホテルの予約内容を読みかえす。予約はまるまる一ヶ月半先まで取られている。朝食のバイキング付き。禁煙。合わせてホテル側からの案内にも目を通す。鶴見から預かった現金入り封筒は金庫に入れた。
    ロシア語のテキストを一冊ずつ確認する。聞いて覚える、と銘打たれたものにはDVDが付属していた。丁寧にホテルでパソコンを借りるように、と鶴見からのメモが挟まってあった。
    メモを見てハッとする。鯉登からのメモをズボンに入れたままにしていた。深く考えずに昨日と同じズボンを履いていたので、ポケットを探る。
    薄い紫色のメモ用紙は端が折れ曲がっていた。開いてみると鯉登の字がそこで踊っている。やはりきれいな字だった。筆致すら洗練されている。
    妙に印象に残る青年だった。
    月島にとって初めて関わったタイプの人間だった。
    美形だからというだけではない。美男美女であれば月島の故郷にもいた。月島のかつての恋人だって美人だった。
    ただ閉塞的な田舎であったせいか、みんな飾り気がなく素朴だった。そして都会に憧れた人間から次々と去って行く。まさに鯉登のような人間に憧れて。
    褐色の肌も目をひいた。故郷において日に焼けた肌というのは部活や屋外での仕事でそれだけ黒くなった、太陽の光をものともしない活動力の象徴だったが、鯉登の肌はまた違って見える。
    陽光のような色めきは感じるものの肝斑なくつるりとしていて、うすく微笑む程度の表情の平坦さは人形じみていた。作りものめく振る舞いと生命力あふれる褐色の肌のアンバランスがなんとも言えず、色気がある。
    そこで自分は何を考えているんだと手にしたメモを机に放る。
    昔からよく面食いだと笑われてきた。笑われるたびに何を言ってるんだと睨みつけてきたが、初対面の美青年に色気を感じるのは言い逃れできないではないか。あまりに見境がない。
    しかも相手は服を売る職業の人間だ。接客も愛想も業務上のものでしかないだろう。
    鯉登が自分の背後に立ってジャケットを脱がせたしぐさを思い出す。あの時月島は破損をおそれて鯉登に任せきりにしていただけだが、色気のある美青年が黙々と服の着脱を世話してくれる、それに一種の主従関係を見出す者や恍惚を感じる者がいても不思議ではない。わざわざ鯉登を呼びつけていた男性客を思い出す。
    今の自分は、良く言えば人肌恋しい。悪く言えば溜まっている、のだろう。
    長い間発散する場もなかったが、これまではどうでもよかった。人生を諦めた瞬間から月島の中の時計は止まり、恋人だったあの子は永遠の存在になっていた。そのまま死ぬつもりだったところを鶴見に引っ張りあげられ、人としての尊厳を尊重されて、押し殺していた欲が表れつつある、のかもしれない。
    それにしたってこれから世話になる店員を妙な目でみるのはなしだ。
    昨日の昼以降何も食べていないのでさすがに腹が減ったし、喉が渇いた。食欲が満たされれば別の飢えも多少は満たされるだろう。
    朝食までまだずいぶん時間がある。
    疼く心身を鎮めるべく、せっかく着た高級な衣服を脱ぎ捨てて昨日身につけていた襤褸に着替えると、月島はランニングに出た。



    七時になったばかりの朝食バイキングの場はまだ人が少ない。席の三割が埋まっているかどうかといったところだ。
    人が増えるまでにさっさとすませよう。
    ランニングの後、大急ぎでシャワーを浴び、またホテルに似つかわしい服に着替えた月島はカラカラに乾いた食欲にせっつかれて皿を取った。
    ホテルの朝食などなにが出てくるのか想像がつかないと思っていたが、サラダやソーセージ、オムレツなど、月島にもわかる内容で安心した。米をはじめ、和食があるのも嬉しい。
    一気にかき込みたい衝動を抑えて、周囲から浮かないように静かに口に食べ物を入れる。箸が置いてあって助かった。
    腹が満たされると精神の乱高下がやや落ち着く。
    コーヒーの香りに誘惑され、この一杯を飲んだら部屋に戻ろうとちびちび口に含んでいた時だった。
    「そういえばあの眼鏡のイケメンどうなったの?」
    眼鏡のイケメン。
    すぐ後ろの席から聞こえたその単語が月島の耳に刺さった。その形容を聞いて真っ先に浮かぶのは当然鯉登の姿だ。
    ようやく頭から締め出せたというのに。コーヒーの苦味が増す。
    そのくせ、聴覚は欲求に正直に背後の会話を拾おうとしてしまう。
    まさか勤務場所のすぐ近くとはいえ、鯉登の話ではないだろう。
    「誘ってみた?」
    「いやー、別にそこまで狙ってないし」
    「えぇ〜なんでー?」
    若い女の二人連れらしい。それぞれの声にはかなりの温度差がある。もてはやす片方に比べて、もう片方は淡々としていた。

    「なんかねぇ、男ウケ悪いんだよねあの人。誰が飲みに誘っても全然来ないって」
    「職場とプライベート分けたいタイプ?」
    「さぁ、多分そうなんじゃない? 忘年会とか職場全体でやるのには一応顔出すらしいけど。二次会は絶対来ないって」
    「意外〜、コミュ力ありそうに見えたけど」
    「接客はうまいよ。上司とか客からはすっごい人気あるし。名指しで指名されるくらいだよ」
    「じゃあ将来有望じゃない?」
    「うーん、同世代の男からウケ悪いの微妙じゃない? なんか裏ありそうっていうか」
    「職場の人にはそうでも恋人には違うかもよ?」
    「どうかな〜、モテてるっぽいけどそっちも誰に誘われても断ってるって聞いたし。あとね、仕事はすごいできるし頭もいいらしいんだけど、仕事以外の話すると話題が少ないんだよね。あんまり自分のこと話さないしこっちのことも聞いてこないし」
    「うーん、そっか〜顔はいいんだけどな〜」
    「あ、でも英語はうまい。外国人の客とか来ても英語で接客してるって」
    「なにそれ、かっこいい〜! スゴーイ! やっぱりいっとくべきじゃない?」
    「うーん、いや〜、やっぱり好みじゃないかもなんだよね……」
    「仕事一筋すぎて?」
    「噂だから本当かどうかわからないんだけど、なんか、あの人年下らしいんだよね……」
    「新卒で同じ年に入ったんじゃなかった?」
    「だから同い年だと思ってたんだけど、二十一らしいって」
    「短大卒とか?」
    「そこまでは知らないんだけど。英語できるし、海外留学で飛び級じゃないかとか、全部噂だけどね」
    「じゃあやっぱり将来有望じゃん!」
    「年下は好みじゃないんだよね〜……どっちかというとお客さんのすっごいかっこいいおじさまがいい〜……昨日も来てたらしくてさぁ。仲良くなってあの人紹介してもらえないかなぁ」


    とめどない、よくある日常会話だった。眼鏡、接客、昨日も来ていた客のかっこいいおじさま。内容にどことなく覚えがあるという以外は。
    気づいた時には手元のコーヒーはぬるくなっていた。それでも十分に香り高いそれを今更のように口に含む。

    やはり盗み聞きなどするものではない。
    ところどころ合致しているだけで鯉登の話題である確証はないが、一方的に嗅ぎ回ったような後めたさでいっぱいになった。

    場違いで居た堪れなかったものの、鯉登の接客そのものは好ましかった、と今にして理解する。
    会話の中にも出ていた通り、鯉登は自分のことを話さなかったし、月島のことも詮索しなかった。
    他の店舗では既製品がしっくりこない体型の月島に対してスポーツや格闘技をされていたんですか、といった質問が何度も浴びせられた。
    そう尋ねられても答えに窮する。幼い頃から喧嘩ばかりしていて正々堂々のスポーツや格闘技など縁がない。刑務所内では体力を使う工場に配置されていたので筋肉が落ちないよう意識的に鍛えてはいたが、そんな話ができるはずもない。
    まあ、鍛えていて、とだけ答えれば、そこからジムに行ってるんですかだとか、自分もランニングしてますだとか、会話が続いてしまう。
    彼らはそれが仕事であり、月島の緊張をほぐそうという気遣いでもあったのだろうが、誇れるような経歴ではない月島は曖昧に返事をするか黙るしかできない。
    鯉登の接客にはそれがなかった。ただ客のために望まれた服を選ぶという目的にのみ従事する静謐さがあった。
    まあ、鶴見はこないのかと顕著に顔に書いてあったのを思うと、目は口ほどに物を言う青年なのかもしれないが。
    それでも、言葉に出されなければ見ないふりができる。

    そう思っていたのに、自分だけが一方的に彼の情報を得てしまったかもしれないのは公平ではない。
    また明日会うというのに、困ったことだ。
    口の中にコーヒーのそれだけではない苦さが滲む。

    この朝食の後仕事に向かうという会話を背に、コーヒーを飲み干した月島は無言で席を立った。




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