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    とりさし🐣

    じゅ 五甚にどっぽん

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    とりさし🐣

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    セレンディピティ設定 五甚 8

    #五甚
    fiveVery

    8. 懺悔の夜



    パスタが食べたい気分だなぁ、と思ったが甚爾がカレーの材料を探している気がする。いやハヤシライスかもしれない、もしくはシチューの可能性もあるが昨日シチューだったのでそれは無いと願いたい。
    「…甚爾」
    「あんだよ」
    あ、呼び捨てすんなって言わなかった。考え事をしているのかもしれないが、初めてお許しが出た。
    「ねぇ、買い物行かない?」
    「は?おれとオマエ二人でか?」
    「そう」
    「あー?めんどくせぇ、一人で行けよ」
    こうなることは予測している。しかし今晩の夕食が懸かっているのだ、こちらにも抜かりはない。
    「僕下戸だから、甚爾が自分で選んでくれないとアルコールは買わないよ?」
    「行く」
    甚爾はその誘い文句で即決したらしく、僕のスエットを着たままで、坊はやくしろよ、なんて機嫌良さそうに玄関で待っている。こういう無邪気さが、案外ズシンとクるのだ。最近は心臓が誤作動を起こす度に、天逆鉾で喉ぶっ刺された衝撃を思い出すことに徹している。



    カートを押す役を僕がやろうとしたが、甚爾が食材をとるとなると人参・じゃがいも・玉ねぎ・肉、といったお馴染みすぎる食材になると思ったので、甚爾にカートを押させることにした。
    しかしカートを押していても好き勝手酒を買い込んでいる。駄目な大人だ。
    「甚爾、今日何食べる?」
    「んー、何でも」
    「何でもが一番困るんだけど…。ねえ、パスタとかどう?」
    「オマエはおれの彼女かなんかかよ」
    うるせ、と愚痴を言う甚爾に、じゃあ今日は出来合いのものを買おうと言って、惣菜コーナーへと連れて行く。作戦は成功だ。今日はカレー類はなんとか免れた。
    「枝豆」
    「だけ?」
    「たこ焼き」
    「何その組み合わせ」
    居酒屋メニューじゃん、と笑えば、この美味さが分からねーなら、坊はまだまだガキだな、と言って甚爾がニタリと笑う。買い物中気を抜いていたので、見上げてくる甚爾の笑顔に、うっかり心臓が跳ねたが、天逆鉾メモリーのおかげでなんとかやり過ごせた。
    大量のアルコールが追加されているが、まあいい。レジで支払いを済ませて、またマンションまでの距離を歩く。

    季節は秋を迎え、もう少しで冬が訪れる。
    この男が目を覚ました時の、あの噎せ返るような夏の緑が懐かしい。
    こんな風に、甚爾が隣で歩いていることが不思議でならなかった。
    「甚爾、持つよ」
    甚爾が持っていた袋を貰おうと手を出せば、「何でだよ」と小首を傾げられる。この筋肉に助けはいらない。そんなことは分かっている。まあそれはそうなんだけど、カッコいいとこ見せたいじゃん、と思って、横からアルコールばかりが入った袋をとる。
    「…重っ」
    「持ってくれんだろ?」
    ぎりぎりぎりと歯を食いしばりながら片手で大量のアルコールの入った袋を持って、もう片手で食材の袋を持つ。
    「くっ…こんなの余裕…!」
    「ふっ、はは!馬鹿じゃね」
    両手に袋を下げて踏ん張る姿が面白かったのか、少し前を歩く甚爾が振り返って、口を開けて笑った。それはもう無邪気に。
    「てゆーかオマエ酒のめねーの」
    「…………」
    「…坊?」
    「…………」
    「おい頭大丈夫か?」

    ハッ、危ない。意識がトんでいた。
    気付けば甚爾が怪訝な顔をして此方を見上げていた。
    「えっあ、ごめん、何だっけ」
    「酒、のめねーの?」
    「ああ、うん。そう下戸なんだよね」
    「ふーん」
    「甚爾は?強そうだよね」
    「当たり前だろが、特別な肉体なんだよ」





    ………特別な、肉体。
    そう言って自慢気に言っていた男は何処へ行ったのだろう。
    缶ビールを二本開けたあたりで、甚爾はぐでんと天井を見上げて動かなくなった。

    「ちょ、甚爾、大丈夫?」
    「…あー?」
    ソファに頭を乗せてゆさゆさと肩を揺さぶると、甚爾がゆっくりと目を開く。アルコールを摂り過ぎたのか、目に多く水分が含まれていて、浅緑がきらりと光って見える。
    「酒弱いじゃん、特別な肉体ってなに」
    飲み干した缶を集めて文句を言ってやれば、後ろからゲシ、と衝撃がある。甚爾の脚が僕の背を蹴っている。
    「…るせ」
    げし、げしげし。
    「いた、いたいよ」
    ふわふわと夢見心地なのか、甚爾はふふ、と顔を柔らげて笑った。
    げしげし、げし。
    ………ちょっと、マズイ。このままでは。
    なんだかこの男の、この無防備さは危ない。
    「………」
    また静かになったので、後ろを振り向くと、またソファに頭を預けて目を閉じていた。蹴っていた脚を背中からゆっくりと退けて、ソファを背にしている甚爾に近付く。
    酒は好きなようだが、こんなに弱いのなら今日買い込んだアルコール類はなかなか無くならないで済むな、と思った。すう、すう、と呼吸をする少し開いた口元。薄い唇を、断つようにして、口元に傷がある。これがいつ、どこで、どのようにしてできたのかを僕は知らない。この男のことは知らない事の方が多い。
    口元に在る傷を、親指でなぞっていく。柔らかい唇が開く。その奥の歯や、舌の赤さが覗いて、少し凶暴な気持ちがむくりと膨らんでいくのが分かった。
    こんな、無防備に眠って。僕にいいように殺されて、蘇生されて、ここに連れてこられた癖に。警戒しないにも程がある。
    「…ん、」
    ソファを背にして、甚爾に覆い被さるように距離をつめれば、甚爾が身動ぐ。吐息のような声が、やけに艶めかしい。
    触れたいな、と思った。こんなときに触れるのは狡いと分かっていても、起きてる時には驚くほど隙のない男だ、こんなときでも無ければここまでそばに寄ることはできない。
    「…甚爾」
    起きてよ、と頰に手を添えると、甚爾は聞いているのかいないのか、目を開けないままにすり、と手に顔を擦り付ける。誰にでもこんな風に、甘えるのだろうか。こんな風に触れさせるのだろうか。考えれば、腹の底がぐつりと煮え返るような気がした。
    そんな僕の不満と憤りを知ってか知らずか、すり、と掌に顔を擦り付けていた甚爾が、僕の手の上に自分の掌を乗せる。まるで擦り寄る猫のような仕草だ。けれど、閉じた瞼が、何の色も乗せないその表情が、どこかかなしそうにも見えて、目を開けたら泣いてるんじゃないだろうか、と思って、甚爾、と少し慌てて名前を呼んだ。
    「…うー」
    しかし当の本人は心配を他所に、唸るように返事をされて、少し笑ってしまった。眉間に皺が寄って、それを指先で引き伸ばしてやると、再び剣のない顔に戻って安堵する。

    繋いだ掌があたたかいことはもう知っていた。夜、眠れない僕を見兼ねたのか、うるさくて自分が眠れないのが嫌なのか(多分後者だ)、夜中、任務を終えて帰宅したあと、甚爾はこちらに向かって黙って手を伸ばす。そのまま手を繋いで眠るようになった。ベッドも布団もないのに、この手ひとつで、こんなに気持ち良く寝れるのかと驚いたものだ。甚爾はその夜中の出来事を特に気にする風もなく、揶揄うでもなく、ただ、いつも黙って手を差し伸べてくれる。

    気まぐれだった。殺し合いの果てに、この男の命を救ったのも、この家に住むようになったのも全部ただの気まぐれだ。僕の匙加減ひとつでどうとでもなったことで、いまのこの状況には何の意味もない。選んだ訳でも、選ばれた訳でもない。
    ただ、いまは何の意味もないことが、ひどく、かなしいと思った。

    そのことを、この男に今更、赦されたいと思ってしまう。取り戻せない事も、掬い損ねた仲間の手も、背負った業もなにもなくならないけど、ただ、この男にはゆるされたいと、そう思ってしまった。
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    とりさし🐣

    MAIKINGセレンディピティ設定 五甚 10
    マッマとの思い出/初めて自分から五に近付いてしまったと〜じ
    10.



    泣き止まない声、真っ赤になった顔、可哀想なくらい、握り締められた手。
    狭いアパートで、昼寝から起きた子どもはよく泣いた。子どもは酷く泣き怒っていたのに、ゴメンねまだ眠たいよね、と母親が抱けばすぐに泣き止んだ。子どもはとても些細な事でよく泣いたしよく怒った。その度にあいつは「ゴメンね」と言って抱き上げた。その言葉を待っているかのように、子どもはそれを聞いて、今度は甘えるように抱き着くのだ。
    「なんでお前が謝んだよ」
    「え?」
    「恵に」
    不思議に思っていた事を聞けば、予想外のことを聞かれたとばかりにあいつはうーん…と考え込んでしまった。無意識に謝ってるのか、と思っていたら、ぱっと顔を上げたあいつが、
    「考えたこと無かったから分かんないけど、恵が困って泣いたり怒ったりしてることは、ちゃんと私たちがどうにかしてあげられるよ、だから安心してって教えてあげたいの」
    ごめんねって言うのは、ちゃんと私たちの力が及ぶ事柄にしか使わないでしょ、と言った。訳が分からず、首を傾げた自分に「うーん例えば」とあいつが、眠る恵の柔らかな髪の毛を撫でながら、
    「恵が空を飛びたいって言うとするじゃない?」 4940

    とりさし🐣

    MAIKING高専 五甚(五2年×甚3年の幻覚)
    交流戦と直の横やり / 終始ふざけています
    あ、やべ。面倒なものがくる。
    教室で甚爾が立ち上がってから出口までかかった時間は僅か2秒ほどの出来事だった。
    ガラ、と古びた引き戸を開け放つと前には壁、もとい大きな体がぬっと現れた。
    遅かった。甚爾は舌打ちをして、すぐさま踵を返そうとしたところでその壁、こと五条に肘を掴まれて、そのまま無言でずるずると廊下を引き摺られていく。

    「…………」
    甚爾が突如立ち上がって出口を目指してからのこの1分にも満たない出来事を、甚爾のクラスメイトたちは一部始終みていたが、触らぬ神に祟りなし。どういうわけか知らないが、呪術界最強の力を誇る年下の男に好かれてしまったらしいクラスメイトに、羨んだら良いのか哀れんだらよいのか、今ひとつ分からないまま、静かに心の中で手を合わせた。そもそも五条の気配を察知して逃げる甚爾も甚爾だ。逃げるから追われるのだ。普段からさして素行の宜しくないクラスメイトのこと、なにか五条の腹に据えかねるような事でもやらかしたのだろう、と特に興味もないが、そう結論づけた。


    来る、と察知してから此処へ来るまでに2秒も掛からないのは狡い。こっちは術式とか人間離れしたモンは使えねーんだぞ、と引 5206

    とりさし🐣

    MAIKING※本誌バレ有 +存在しない記憶
    直甚 (直9才と甚16才くらいの気持ちで書きました)
    ガン、と大きな衝撃音がした。
    入るなと言われている隅の小部屋からだ。目を音の鳴った方向に向けると、「見てはなりませんよ」と先を急かされる。

    「彼処、なんで入ったらあかんの」
    幼少期に別れた母親の方の言葉を真似たこの口調を、家の人間はあまり良い顔をしない。突然いなくなった母が、どういう理由で居なくなったのかは知らないが、まるでその面影を追うようで嫌なのだろう。まだまだ子どもなのね、と勘違いも甚だしい感傷を抱く奴もいれば、あの女を思い出して胸糞悪いと陰口を叩く人間もいた。勿論、家の連中が嫌がるから、わざわざ母の言葉を真似てやっているわけだが、どうやらこの家で父だけが俺の意図を正しく理解しているようだった。この家にはきっと、碌な奴が居ない。

    世話係の女が、「ご当主がお呼びですよ」と急かしたが、音の正体の方が気になっていた。もしかしたら、少し自信があったのかもしれない。術式をうまく扱えるようになって以降、父からの期待は兄弟の中で一番受けていたから、自分は優秀なのだということを知っていた。ジャリ、と足が隅の小部屋へ向く。

    「彼処は、入ってはならない部屋です。お伝えしている筈」
    「だから、そ 2578

    とりさし🐣

    MAIKINGセレンディピティ 設定 9
    ようやく五→甚 になってきました
    9.猫

    案外、熱心な性格をしている。

    用事を終えて家に着いた五条は、部屋から甚爾の声がする事に気付いた。電話も無い。靴は甚爾のものしか無い。一人のはずだが、一体何をしているのだろうかとリビングに続くドアを開けた五条は、何やら戦闘モードの甚爾とソファの上に乗る黒いものを見つけた。

    「…え?」
    「おい坊、ドア閉めろ!」
    甚爾に言われるがままに玄関に続くドアを閉めたが、改めてこの奇妙な光景に五条は目を丸くさせた。

    「え?なんで?」
    「こいつおれのアテをパクリやがった!」
    「え?」
    「楽しみにしてた子持ちシシャモ最後のひとつをだぞ?!」

    信じられるか、と憤慨する甚爾は既に顔が赤く、いつもよりも目尻が垂れている。酔っ払っている時のサインだ。ローテーブルの上にはビールの缶が置いてある。その横の皿にあった子持ちシシャモをとられた、ということらしい。

    ——この黒い猫に。

    「え、なんで?」
    「あっ!てめ!セコイんだよ!ソファの下に逃げてんじゃねぇ!」
    ソファを持ち上げんとする勢いの甚爾を後ろから羽交い締めにして止める。ジタバタと動いて怒っているが、五条はいまいち状況についていけていない。
    5732

    とりさし🐣

    MAIKINGセレンディピティ設定 五甚 88. 懺悔の夜



    パスタが食べたい気分だなぁ、と思ったが甚爾がカレーの材料を探している気がする。いやハヤシライスかもしれない、もしくはシチューの可能性もあるが昨日シチューだったのでそれは無いと願いたい。
    「…甚爾」
    「あんだよ」
    あ、呼び捨てすんなって言わなかった。考え事をしているのかもしれないが、初めてお許しが出た。
    「ねぇ、買い物行かない?」
    「は?おれとオマエ二人でか?」
    「そう」
    「あー?めんどくせぇ、一人で行けよ」
    こうなることは予測している。しかし今晩の夕食が懸かっているのだ、こちらにも抜かりはない。
    「僕下戸だから、甚爾が自分で選んでくれないとアルコールは買わないよ?」
    「行く」
    甚爾はその誘い文句で即決したらしく、僕のスエットを着たままで、坊はやくしろよ、なんて機嫌良さそうに玄関で待っている。こういう無邪気さが、案外ズシンとクるのだ。最近は心臓が誤作動を起こす度に、天逆鉾で喉ぶっ刺された衝撃を思い出すことに徹している。



    カートを押す役を僕がやろうとしたが、甚爾が食材をとるとなると人参・じゃがいも・玉ねぎ・肉、といったお馴染みすぎる食材になると思ったので、甚爾に 3076

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    とりさし🐣

    MAIKING高専 五甚(五2年×甚3年の幻覚)
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    あ、やべ。面倒なものがくる。
    教室で甚爾が立ち上がってから出口までかかった時間は僅か2秒ほどの出来事だった。
    ガラ、と古びた引き戸を開け放つと前には壁、もとい大きな体がぬっと現れた。
    遅かった。甚爾は舌打ちをして、すぐさま踵を返そうとしたところでその壁、こと五条に肘を掴まれて、そのまま無言でずるずると廊下を引き摺られていく。

    「…………」
    甚爾が突如立ち上がって出口を目指してからのこの1分にも満たない出来事を、甚爾のクラスメイトたちは一部始終みていたが、触らぬ神に祟りなし。どういうわけか知らないが、呪術界最強の力を誇る年下の男に好かれてしまったらしいクラスメイトに、羨んだら良いのか哀れんだらよいのか、今ひとつ分からないまま、静かに心の中で手を合わせた。そもそも五条の気配を察知して逃げる甚爾も甚爾だ。逃げるから追われるのだ。普段からさして素行の宜しくないクラスメイトのこと、なにか五条の腹に据えかねるような事でもやらかしたのだろう、と特に興味もないが、そう結論づけた。


    来る、と察知してから此処へ来るまでに2秒も掛からないのは狡い。こっちは術式とか人間離れしたモンは使えねーんだぞ、と引 5206

    とりさし🐣

    MAIKINGセレンディピティ設定 五甚 10
    マッマとの思い出/初めて自分から五に近付いてしまったと〜じ
    10.



    泣き止まない声、真っ赤になった顔、可哀想なくらい、握り締められた手。
    狭いアパートで、昼寝から起きた子どもはよく泣いた。子どもは酷く泣き怒っていたのに、ゴメンねまだ眠たいよね、と母親が抱けばすぐに泣き止んだ。子どもはとても些細な事でよく泣いたしよく怒った。その度にあいつは「ゴメンね」と言って抱き上げた。その言葉を待っているかのように、子どもはそれを聞いて、今度は甘えるように抱き着くのだ。
    「なんでお前が謝んだよ」
    「え?」
    「恵に」
    不思議に思っていた事を聞けば、予想外のことを聞かれたとばかりにあいつはうーん…と考え込んでしまった。無意識に謝ってるのか、と思っていたら、ぱっと顔を上げたあいつが、
    「考えたこと無かったから分かんないけど、恵が困って泣いたり怒ったりしてることは、ちゃんと私たちがどうにかしてあげられるよ、だから安心してって教えてあげたいの」
    ごめんねって言うのは、ちゃんと私たちの力が及ぶ事柄にしか使わないでしょ、と言った。訳が分からず、首を傾げた自分に「うーん例えば」とあいつが、眠る恵の柔らかな髪の毛を撫でながら、
    「恵が空を飛びたいって言うとするじゃない?」 4940

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    とりさし🐣

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    直甚 (直9才と甚16才くらいの気持ちで書きました)
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    入るなと言われている隅の小部屋からだ。目を音の鳴った方向に向けると、「見てはなりませんよ」と先を急かされる。

    「彼処、なんで入ったらあかんの」
    幼少期に別れた母親の方の言葉を真似たこの口調を、家の人間はあまり良い顔をしない。突然いなくなった母が、どういう理由で居なくなったのかは知らないが、まるでその面影を追うようで嫌なのだろう。まだまだ子どもなのね、と勘違いも甚だしい感傷を抱く奴もいれば、あの女を思い出して胸糞悪いと陰口を叩く人間もいた。勿論、家の連中が嫌がるから、わざわざ母の言葉を真似てやっているわけだが、どうやらこの家で父だけが俺の意図を正しく理解しているようだった。この家にはきっと、碌な奴が居ない。

    世話係の女が、「ご当主がお呼びですよ」と急かしたが、音の正体の方が気になっていた。もしかしたら、少し自信があったのかもしれない。術式をうまく扱えるようになって以降、父からの期待は兄弟の中で一番受けていたから、自分は優秀なのだということを知っていた。ジャリ、と足が隅の小部屋へ向く。

    「彼処は、入ってはならない部屋です。お伝えしている筈」
    「だから、そ 2578