花は愛でてこそ 火の消えた蝋燭の煙は、随分前に夜風に攫われたのだろう。青き月光だけが侵入を許されたその部屋に、祝宴の席で散々持て囃され消耗した部屋の主が寝息を立てていた。
数歩先の位置に寝台があるというのに、月の光と同じ色をしたその少年は椅子に腰掛けたまま机に伏して眠っている。皺にならぬようにと避けられた数枚の紙にはどれも奇怪な絵が描かれており、饅頭のような物体から四方に向かって大きな羊歯のようなものが生えているそれを見ても、此奴が何を描こうとしていたのかを窺い知ることは出来そうにない。
――己の目で見たこともないものを描こうとするから、このような訳のわからないものが出来上がるんだ。
今よりも幼かった頃の此奴に思ったままの感想を伝え、頬を膨らませ拗ねてしまった此奴のその時の顔を思い出してしまい、思わず笑いがこみ上げた。
「……幾つになっても変わらんな。お前は」
摘んだばかりの清心を束ねて作った小さな花束を側に置き、寝台にあった絹の肌掛けを掛け、眠れる少年の頬をそっと撫でる。擽ったいのか、小さくふにゃりと笑ったように見えたが、起きる気配は無い。
――どうか、この先此奴が見る夢が、血と穢れに染まることが無いように。
幼い心に憧れを抱いたまま、ひたすら我が背を追い続ける此奴の純心が、心無い存在によって悪戯に手折られぬように。
此奴の苦しみを和らげるのに一役買うであろう清心に、今年もまた祈りにも似た願いを込める。
此方の想いなど知られずとも良い。ただお前が健やかでいてくれれば、それで。
未だ幸せな夢を彷徨っているだろう少年を起こしてしまわぬ内に、静かに部屋を後にした。
微力でも助けになれば、と毎年送るその花が、花瓶に生けられ大切にされていることを、かの仙人が知る術は無い。