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    ma99_jimbaride

    成人/二次創作
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    ma99_jimbaride

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    へし切長谷部の駈込み訴え。
    ミュの配信見ていて長谷部よかったな……すごくよかった……となったので引張り出してきました。中身はもうまったく関係ないです。本当に。
    しかしきっとこの長谷部も「忘れることにしたからあの方は俺の執着で汚されることはない」と考えているでしょう。

    アーカイブ配信を待って暮らします……。

    哀訴嘆願 申し上げます。申し上げます。主。あの男は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い男です。ああ。我慢ならない。死んで当たり前だ。
     はい、はい。落ち着いて申し上げます。あの男は、死んで当然だったのです。狼藉ばかりの男だ。言うまでもない、恨まれていた。多くの人間から、恨みを買っていたのです。いつ死んでもおかしくなかった。
     確かにあの男は俺の主でした。俺に名前を付けた男です。俺を俺たらしめる、最初の符丁を与えた男です。しかし、それが何だというのです。あの男は、自分が名付けた物を、そうして周りから選り分けた特別を、簡単に手放してしまえる男だった。俺に「俺」という枷を与えておいて、俺を突き放した。
     ええ、あの男は俺の主でした。その頃慕ったことがなかったと言っては嘘になる。しかし、刀などというのは皆そういうものです。持ち主に何らかの想いを抱かずにはいられない。それが敬愛であれ、憎悪であれ、愉悦であれ。俺たちはそういうものだ。よくご存じでしょう。
     俺も確かに、あの男に敬愛を抱いていたこともあった。今となってはお笑い草だ。俺の想いなど、あの男にとっては何でもなかったのだ。俺の想いが報われることなんて、それが愛であれ憎しみであれ、端からあり得なかった。俺にはそれが分かっていなかった。よく斬れる刀であれば、それであの男のためになっている、切れ味こそが俺の、あの男に報いる唯一の方法であり、それがある限り、お傍に置いてくださると思っていた。俺はずっとあのお方にお仕えするのだと。
     滑稽に思うでしょう、それでもあのときの俺は、あの男に「仕えている」つもりだったのです。人のように細々と気を良くするようなことはできないが、愚痴々々と神経を逆撫でするようなことも言わずに済む。俺はそういう仕え方をするのだ、真にあの方に寄り添えるのは、俺のような存在だ。そう思っていた。
     しかし、俺からはあちらに何もできないが、あちらからはそうではない。あの男は俺を手放した。俺の想いなど届くはずもない、そもそも伝わっているはずがない、分かっているつもりだった、しかし分かっていなかった。俺は今も覚えている、手ずから下げ渡される、あの感触を! 俺には初めから、あの男の心の片隅にも居場所はなかったのだ。だから、あんなに容易く、あの男は俺を手放すことができたのだ。
     俺にはあの方の傍にいる価値がある、そう考えたのは思い上がりだっただろうか? 人なんて、俺たちのような物共に想うことがあるということなど、思ってもみないだろう。俺たちの自負も、落胆も、敬愛も、憎悪も、すべてなかったことになるのだ。まるで俺たちなど、初めから存在しなかったかのように。
     大体俺ばかりではない、あの男の死が、そこに辿り着くまでの生が、どう伝えられているか、よく見てみるがいい。語られているのはあの方ではない。真の、あの方ではない。しかし、あの方が初めからいなかったようになってしまうよりはいい。そもそもあの方を知る者は、最早誰もいないのだ。残されるのは物ばかりだ。それすらいつかは消え失せるだろうに。
     一体、あの方はどういうお人だったろう。荒々しいお人だった。時折子どものような顔を見せた。恐ろしく頭が切れたが、どこまでも無邪気だった。だから、誰もあの方を本当には分かって差し上げられなかったのだ。
     いつになっても子どものようなところがあったが、遠くを見据える横顔には一種の気品があって、そういうときは誰もが見惚れずにはいられなかった。それに何より、あの眼だ。あの輝く眼! あれは命を燃やして輝く眼だ。命を燃やせなければ、人間などにあんな火は点らない。俺は、あの眼だけを信じる。あの死に行く者だけが持つ眼を、命を燃やす激しい光を!
     だから死んで当然なのだ、あの方は死すべき運命だった、生きているのだから。死は生きているものの特権だ。俺たちのように消えてしまうのではない、人間たちは死ねるのだ。俺にはそれが羨ましい。あの方と一緒に死んでしまえれば、どれだけ誇らしかっただろう。あああ、そうだったなら! 俺はどんなに仕合わせだったろう。名を与えられ、人への想いを芽生えさせ、それをこんな日まで抱かずに済んだ。付喪神とは、なんと滑稽な存在だろう。どれだけ誰かに何かを想っても、俺たちにはこの想いを持っていけるあの世などないというのに。
     俺たちの中で、ただひとりにのみ仕えられる奴が、一体どれだけいるのだろう。俺にも主は何人もいた。そのめいめいに、繰り返し繰り返し、それぞれ想いを抱いてきた。この方の黄泉路のお伴をしたいと、何度思っただろう。叶うはずのない願いを、どれだけ。
     死すべきものだけが、真に美しい。俺は、死すべきものだけを信じる。命を燃やせるものだけが、真に死すべき資格がある。死してなお語られ、新しい永遠の生を持つ資格が。
     ああ、俺は、つまらないことを言っています。主。俺に修行の許可を。俺がどこへ向かわされるのか、そんなことは些末な問題です。あなたが心配されるようなことはない。俺のお仕えした主は、皆、真に死すべき方々だった。その運命を汚すなど、俺にできるはずがない。
     何です? そのお顔は。俺が、もしあの男の許へ向かわされたら、ですか? 申し上げたでしょう。些末なことです。俺は確かにあの男への因縁を今も感じているが、それだけだ。俺たちのような物共に、因縁なきものなどいないのだから。
     それでもあなたが、俺を信じきれないと言うのなら、俺があなたに仇なすと思うなら、俺をお折りになるといい。あなたにはその資格がある。刀とはそういうものだ。持ち主の都合で、その行く末が決められるのだ。しかし、今の俺には自らを支える脚があり、自らを振るう腕がある。仕えるべき主を選び、心をそっくり預けることもできよう。人の真似事でしかないと言えばそれまでだが、それでも、真に誰かに仕えられるようになった。ええ、ええ。申し上げます。主。俺は、このへし切長谷部は――あなたの刀です。
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    ma99_jimbaride

    PASTへし切長谷部の駈込み訴え。
    ミュの配信見ていて長谷部よかったな……すごくよかった……となったので引張り出してきました。中身はもうまったく関係ないです。本当に。
    しかしきっとこの長谷部も「忘れることにしたからあの方は俺の執着で汚されることはない」と考えているでしょう。

    アーカイブ配信を待って暮らします……。
    哀訴嘆願 申し上げます。申し上げます。主。あの男は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い男です。ああ。我慢ならない。死んで当たり前だ。
     はい、はい。落ち着いて申し上げます。あの男は、死んで当然だったのです。狼藉ばかりの男だ。言うまでもない、恨まれていた。多くの人間から、恨みを買っていたのです。いつ死んでもおかしくなかった。
     確かにあの男は俺の主でした。俺に名前を付けた男です。俺を俺たらしめる、最初の符丁を与えた男です。しかし、それが何だというのです。あの男は、自分が名付けた物を、そうして周りから選り分けた特別を、簡単に手放してしまえる男だった。俺に「俺」という枷を与えておいて、俺を突き放した。
     ええ、あの男は俺の主でした。その頃慕ったことがなかったと言っては嘘になる。しかし、刀などというのは皆そういうものです。持ち主に何らかの想いを抱かずにはいられない。それが敬愛であれ、憎悪であれ、愉悦であれ。俺たちはそういうものだ。よくご存じでしょう。
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