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    door_yukiji

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    door_yukiji

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    がとうる。続きもの7話目(7/15)。今回はデート編。
    後半もまた少しずつ投稿していきます!感想や応援頂けると励みになります…!

    次の話→https://poipiku.com/1971364/10405067.html
    前の話→https://poipiku.com/1971364/10356770.html

    この夜を晴らす光 7「苺チョコレートスペシャルのダブルホイップダブルカスタード盛り盛りのお客様~、お待たせいたしました!」

    女性店員の声に呼び出されて、伊月がベンチから腰をあげる。
    移動販売車に近づいていく後ろ姿は、通学用のコートとは違う、カジュアルなスタジャン姿。珍しい服装だ。一緒に私服で出かけたことは何度かあるが、いつもは堅い印象の服装ばかりだったから、堅そうな雰囲気の抜けた今日のファッションは新鮮に感じた。
    分厚い上着で上半身のシルエットが膨れているのとは対照的に、細身のボトムが足の長さを浮き彫りにしている。足払い一発で折れそうな細さは頼りねぇが、頭もいい、顔もいい、スタイルまでいいとありゃあ周りから「人生勝ち組」扱いされて羨まれるのも納得だ。共学に通っていたら、今ごろは男と買い物なんかしてないで彼女とデート中だったんじゃないか。

    戻ってきた伊月の手には、引くほど丸々と膨らんだクレープが握られていた。クレープなんて普段好んで食べるものでもないので、こんなに太くなるものなのかと驚いて凝視する。

    「パンッパンだな……」
    「すっごいよ、持っててずっしり来る。写真撮るか」

    オレが頼んだ普通サイズの倍の大きさはあるクレープに、伊月は目を輝かせている。二人でベンチに座り、手にしたクレープのサイズの違いに一頻り笑うと、それぞれ目の前のものにかぶりついた。



    本来の春休み期間はまだ先だが、追試がないオレたちはもう春休みに入ったみたいなもんだ。今日は昼前からショッピングモールに来て、オレの買い物に付き合わせたり、伊月が見たがっていた映画を見たり、気楽な一日を過ごしていた。
    難関国立志望の伊月とは、来年もクラスが違うことは確定している。三年になればいよいよ受験で忙しくなるし、オレも卒業前にやるべきことを終わらせなきゃならねぇ。一日がかりでゆっくり遊べるのなんて、今のうちだけだろう。だから今日は、いつごろ家に帰ろうとかは考えずに、伊月が飽きるまで付き合ってやろうと決めていた。

    「んー、うまぁっ」
    「……お前、変な場所にクリームついてんぞ。もっとちゃんとかぶりつけよ」

    伊月は口が小さい。大声を出すことも珍しいし、しっかり成長期に見合った量を食うわりにはお行儀の良い食べ方をする。リスみてぇにチマチマしたかじり方をするせいで食べ逃したクリームが、鼻のところについていた。

    「どこ?」
    「動くな、取るから」
    「さんきゅー」
    「はいはい」

    クレープについてきた紙ナプキンで鼻を拭いてやる。大人しくされるがままの伊月は、その後も小せぇ口でクレープを食べ続けた。
    普段から抜けているとか頼り癖があるというわけじゃねぇし、コイツがおっとりした見た目に反して執念深いほどの努力家だということも知っては
    いるが……。伊月は、妙に甘やかされ慣れている。オレの感覚では初対面の人間に食べ物をねだったりしねぇし、こんな風に鼻についた食べ物を拭われて照れも焦りもせずに平然と食事を続けられる気もしねぇ。抵抗がある。今日がちょうどホワイトデーだからバレンタインの礼にクレープをおごってやると言われても、ダブルクリームだのダブルカスタードだののトッピングを足そうとも思わねぇ。

    コイツは周りを信用して生きている。同級生に対して敵とか格下とか考えながら生きちゃいない。だから素直に周りからの施しを親切として受け取って、嫌なことがあったときには弱音も吐くし、誰かを頼ることに抵抗がない。相手の隙に敵意なく入り込んで、何でもない顔で距離を縮めてくる。
    素直に受け入れられると、コッチもつい手を出しちまうというか、面倒を見てやるのも悪くねぇと思えてくる。口出ししすぎたところで、良くない癖だぞ、なんて指摘してくるだけで、オレのことを煙たがる様子もない。
    バカのために正解を叩きつけてやろうとか、うるせーサルどもを黙らせてやろうとか――そんなことを考えているよりも、コイツに時間を使ったほうが良いと思えてくる。



    ショッピングモールは敷地内のどこに居ても騒がしい。周りのベンチにも、親子連れや大学生っぽいカップルが座ってクレープを食べている。
    斜め前のベンチに座っているカップルは、ピッタリ肩を寄せて二人の空間を作っていた。お互いの声しか聞こえないような距離でくっつきあっているので、コチラまで話し声が届くことはなかったが、急に女の方がデカい声をあげたのでそこだけハッキリと聞こえた。

    「も~、優しい~! 大好き~!」

    突然の黄色い叫び声に気をとられて見た先では、女に抱きつかれた男が締まりのない顔で笑っている。幸せそうなもんだ。
    周りの目も考えろと呆れていると、伊月にクレープを持っている手を小突かれた。

    「あ?」
    「一口、交換しよう」

    目の前に差し出されたクレープを受け取って、逆の手でオレが持っていたクレープを渡す。受け取ったチョコバナナクレープを一口かじると、伊月は美味うまそうに目を細めた。アホみてぇな量のクリーム食って、よく飽きねぇもんだ。

    「もっと食ってもいーぞ」
    「いいの?」
    「お前の一口は一口じゃねぇんだよ」
    「えー、やさしー、だいすきー」
    「ッ! げほっ……バカ! オイ、ふざけんな!」

    人が物食ってる最中にふざけんじゃねぇよ……!
    口の中にあったものを噴き出しそうになって、思わず肩を殴った。力をこめたわけじゃないが、痛がる素振りもなくケラケラと笑い続ける顔に腹が立つ。
    伊月が笑って肩が揺れると、肩の上で切り揃えられた髪も一緒に揺れる。いつもと雰囲気の違う格好にも、長い髪はよく映えた。普段のいかにも優等生っぽいファッションより、むしろ今日のラフな服装の方が伊月の小綺麗さが際立って見える。制服だって着こなし方が違うのに、珍しく同じ系統の格好になったせいで、却って自分との違いが目に付くのかもしれない。
    クレープを片手に楽しそうに笑う横顔を見ているうちに、またあっという間に怒る気力が失せていく。オレもよく飽きねぇもんだ、何度コイツのペースに呑まれてんだか。結局、コッチまで釣られて笑えてくる。

    ――デートってこんな感じか?

    ぼんやりと頭に浮かんだことを誤魔化すように、丸々としたクレープに大口を開けてかぶりついた。



    === === ===



    鼓笛が奏でる軽やかな音楽が通りに響く。行き交う客の声は一様に明るい。子供のご機嫌取りに忙しい親の声も聞こえるが、それすらも幸せそうな調子だ。左右にズラッと並ぶ建物はどれもこれも絵本の中から飛び出してきたような形と色合いで、ショーウィンドウを飾るメルヘンチックな売り物や、通行人が手に持っている風船が、より一層のこと周囲の景色を夢物語の世界に仕立てあげている。
    興奮した声をあげて真横を走り抜けていったガキの背中を見ながら、伊月は社会人らしいしみじみした溜め息をこぼした。

    「平日だっていうのに、賑やかなもんだなぁ」
    「繁忙期ハズしてコレだ。アッパレなもんだぜ」

    あれから――。
    伊月を家に呼んで、お互いの気持ちを通じ合わせたあと。何度か一緒に食事をしたり、仕事の合間に顔を見る機会はあったが、二人で一日ゆっくり過ごせる日は作れなかった。
    最近になって伊月が関わっていた裁判の目処がつき、オレも仕事に余裕ができる頃合いになったので、このタイミングでどこかへ一泊出かけようと二人で計画した。
    お互い、いい大人だ。行き先の案は色々出た。昔一緒に旅行した思い出話へと話が逸れることもあったが、案を出し合い、真面目に相談した結果――大の男二人のデート先が夢の国に決まった。

    『みんな浮かれてる場所だから、僕らだけ浮かれてて気まずいこともないだろ』

    伊月が予想していた通り、みんな浮かれている場所なのは間違いない。間違いないが、やはりオレたちには場違いだ。目に見える範囲に大学生っぽい男性グループなら居るが、成人男性二人組の客は他には見あたらねぇ。浮かれてなかろうが、すでに浮いている。

    「どーする、伊月。オメー、マジでつけて歩く勇気あんのか?」
    「どうするか。ノリでいけるかと思ってたけど、まだ来たばかりだと迷いが勝つな」

    重厚感あるダブルスーツではなく、爽やかなグレーのジャケットを着た伊月は普段より若く見える。このテーマパーク定番の耳をつけてもギリギリ馴染むかもしれない。しかしオレはどうだかな。服こそイカつすぎないモノを選んできたが、ネックレスや時計は体格にあうゴツいモノしか身につけていないため、耳をつけたところでギャグにしかならねぇんじゃねーか。

    「ガッちゃんがミニィつけてくれるなら、僕もミッキィつけようかな」
    「オイ! せめて逆にしろ」
    「ダメか。なら、ティガァつけてよ。ガッちゃん似合うだろ」
    「マジでつけんのか!?」
    「ここではそうするのが礼儀だろ、行くぞ」

    颯爽と歩く伊月が目指す先は、クリーム色の壁に青い格子の窓がハマったメルヘンカラーのデカい建物だ。入り口上には赤い色でFASHIONSの文字が踊る。アパレルグッズを取り扱う店らしい。
    覚悟はしてきたが、三十ももうすぐ後半に差し掛かるこの年で、ノリでカチューシャなんかすんのどういう神経してんだよ。口では迷いが勝つと言った伊月だが、足取りに迷いはない。完全にやる気だぜ、コイツ。マジで余計なとこ肝が座ってやがる。

    もう十六年も前の記憶だが、高校の卒業旅行の一つとしてシーには二人で行ったことがある。そのときも伊月の希望で一緒に被り物をさせられた。
    ランドに関しては中学の学校行事以来ご無沙汰だったが、それを聞いた伊月が『じゃあ、僕にエスコートさせてよ』と言ってその場で宿泊先を探し始め、デート先がここに決まった。
    まぁ、アウェー感はあるものの、耳もランドも結局のところ不満じゃあない。オレは伊月が楽しそうなら行き先はどこだっていいし、被り物だって一緒に被って恥かいてやらぁ。エスコートのために色々と下調べしてくれていた伊月に、今日一日付いていくだけだ。



    「どう? 変じゃないか?」
    「……似合うな」
    「ガッちゃんも可愛いよ」
    「……おう」

    買い物を済ませて店の外に出ると、さっそく頭に耳をハメられた。
    オレは伊月のリクエスト通りの虎の耳。伊月は虎のダチということで黄色いクマの耳を選んだ。どちらも昔ながらのカチューシャタイプではなく、ヘアバンドタイプのものだ。売り切れなのか、そもそも物が無いのか、虎のカチューシャが見つからなかったためヘアバンドタイプになったが、コッチのほうが楽で良さそうだ。
    にしても、伊月の馴染み具合がヤバい。黄色いクマ耳なんてアホみてぇな被り物が、ビックリするぐらい似合ってる。ヘアバンドのおかげで自前の両耳が綺麗に見えて、髪が後ろに流されたからほっせー首もよく見える。普通に可愛いので「お前の方が可愛い」と咄嗟に言い返せなかった。マジで可愛い。この年になってもこんなバカみたいなモンが似合うことあるのか。手放しで美形と褒めるには陰気な雰囲気が染み着きすぎているくせに、笑った顔が可愛すぎる。頭の上の耳を触りながらはにかんだ顔が、本人は無意識だろうがあざとすぎる。可愛すぎて腹立ってくる。

    「ガッちゃん、ほら、前向いて。お城見えてきたよ」
    「あ? あー、アレか」
    「カップルはみんなアレの前で写真撮るんだってさ」
    「……」
    「撮るよ」
    「マジか……」
    「イヤ?」
    「イヤっつーか、この年でンなベタな遊園地デートすることがかゆくてしょーがねぇよ」

    通りの向こうには立派な城が見える。このテーマパークの象徴的な建物だ。そりゃあカップルで来ようが家族で来ようが写真を撮るだろう。しかし、わざわざ『カップルは』と言われるとムズ痒いものがある。

    「僕もガッちゃんもこれまでそういうの無縁だっただろ、足腰健康なうちにやっておこう」
    「ハハッ。まぁ、大人がやったらダメって法律があるわけじゃねーもんなぁ、漆原先生?」
    「おい。今その呼び方は本当にやめろ。パパって呼ぶぞ」
    「誰がパパだ、同い年」
    「買うものを選ばせた後、レジで札束挟んだマネークリップからブラックカード出す奴、相当パパだったぞ」
    「財布開いた先のオメーは誰なんだよ、どう見てもパパにたかってる顔じゃねぇだろ」
    「ああいうのに大事なのは顔じゃなくて話術だ。雪村くんだって、顔も可愛いけど彼が人を動かす力はそこじゃなかっただろ?」
    「雪村ならパパって言われても百歩譲ってまだ許すが、オメーにパパ呼ばわりされんのは納得いかねぇ」
    「あらら」
    「恋人同士はパパなんて言わねーんだよ」
    「……」
    「……」
    「…………」
    「…………」
    「………………そう、だな」
    「テメーいい年こいてこんなバカみてぇな耳つけて歩いてるほうがよっぽど恥ずかしいことだかんなオイ」

    伊月が足を止める。話しているうちに、通りを抜けて広場へ出ていた。
    目の前では、広場の中央に立てられた銅像と、その延長線上に見える大きな城を背景にカップルが記念撮影に興じている。頭にはペアのネズミ耳。大学生ぐらいだろう。学生カップルらしい初々しいデート風景だ。アレと同レベルのことをやっていると思うと、気が遠くなりそうだ。

    「後でもっと城の近くにも行くけどさ、最初にあの像と一緒に写真撮ってもらおうよ」

    心持ち血色のよくなった顔で、伊月は近くにいた園内キャストに声をかけた。携帯を渡して操作方法を説明している。絶対に慣れていないはずの状況だが、場慣れして見える自然さだ。そうするのが当然のような態度で、若いカップルが記念撮影をしていた直後に三十路を越えた男二人でその場を陣取ろうとしているのだから、厚かましい。なのに恋人なんて言われただけで照れてんのは、判断基準どうなってんだよ。

    「その変な顔でもいいけど、笑っておいた方があとで後悔しないと思うよ?」
    「わかってるよ」

    伊月が肩に手を乗せてきたので、オレも伊月の肩へ腕を回す。
    くすぐったそうに笑う伊月の横顔を見れば、オレも自然と笑顔になれた。



    「ピースってもう古いのか? 僕しかやってないや」
    「そもそもピースって感じの状況じゃねーだろが」

    入場する前から伊月がパークの公式アプリを使って諸々の予約を進めてくれていたおかげで、アトラクションもショーもレストランも、思っていたよりスムーズに回れた。
    九時ごろに到着してから、昼を越え、食事を済ませ、まだ園の半分も回れていないが既にかなり遊んだ満足感がある。ジェットコースターやら射的やら、久々に健全な遊びを楽しんでいた。

    「子供に前の席譲って正解だったな。乗る位置が逆なら、ガッちゃんに隠れてこの子映らなかっただろ」
    「あのお姫様もいい顔してんな、プリンセスってツラじゃなくなってるが」

    今日二つ目のジェットコースターには、乗車中の記念写真を販売するサービスがある。園内キャラクターのイラストが描かれた台紙に挟み込まれた写真には、ジェットコースターの頂点から勢いよく落ちていく最中の光景が映し出されていた。
    オレがカメラに向けて拳をかざしている横で、伊月は顔の横にピースサインを作っている。周りの客が大きな口をあけて絶叫している中で、小さな口で叫んでいた。一つ目のジェットコースターへ乗った時から耳付きヘアバンドは外していたので長い髪は風圧で大きく乱れているが、それも良い。はしゃいだ雰囲気がクッソ可愛い。
    昔は遊びに行った先々で写真を撮ったのに、いつの間にか記念撮影なんてしなくなっていた。こうして写真で見ると、改めて伊月の笑顔に明るさが戻ってきたことを感じてホッとする。
    喜びがじわりと胸に広がるのを感じながらも、店のサービスにも活かせそうだな――と考えが仕事に飛躍しかけて、軽く頭を振った。普段ならともかく、今はデート中だ。仕事のことを考えるのは後でいい。今はこの時間を楽しもうと隣へ目を向ければ、伊月は写真をカバンの中にしまって照れくさそうに眉を下げた。

    「飾ろうかな」
    「どこに?」
    「どこだろ……玄関?」
    「職場に置いとけよ。そっちに居る時間のが長いだろ」
    「恥ずかしいって」

    そんな話をしながら陽気なカントリーミュージックをBGMに歩いているうちに、道が開けて景色が変わる。
    今まで居た木と岩肌に囲まれたエリアには無かった、メルヘンチックな色で塗られたアトラクションやサーカステント風の屋根が見えてきた。
    空飛ぶ象の乗り物、メリーゴーランド、コーヒーカップ。遊園地らしいアトラクションが立ち並ぶ。流れる音楽もワルツに変わって、辺り一帯がファンシーな雰囲気に包まれている。見事なもんだが、伊月にもオレにもメルヘンチックな趣味がないため、足はどんどん前へと進んだ。

    「豚、探すか」
    「豚ぁ?」

    そういえば、ここへ来るまでの道中に聞いたか。園内には、三匹の子豚を元にしたキャラクターも居るんだとか。

    「探してどうすんだよ」
    「そりゃあ勿論、写真撮ってもらおう」
    「豚と?」
    「豚と。……狼も探す?」
    「いらね。イラついてボコっちまうかも」
    「無辜の生き物を傷つけるのは良くない。夢の国なんだから、穏便に頼むよ」



    豚がうろついているらしいカートゥーンアニメ風の建物が並ぶ一帯に辿り着いてからは、あちこちでカラフルなオブジェと記念写真を撮りながら辺りを探し歩いた。
    暫く歩き回っていると、目当ての豚は噴水の近くで見つかった。ふざけているのか通行人へのサービスなのか、三匹揃ってコミカルな動きで注目を集めていた。
    引率係として近くに立っていたキャストへ声をかければ撮影を快諾されて、大人二人と子豚三匹で写真を撮る。子豚といってもデカい着ぐるみなので、撮影された写真は二人と三匹の被写体で画面がミチミチになっていた。おしくらまんじゅうでもしてんのかって密集具合だ。
    ひょうきんな子豚どもは別れ際もふざけた動きでオレたちのそばを動き回り、絡みやすい見た目ではないだろう大の男二人にもプロの仕事ぶりを発揮してくれた。

    「ガッちゃん」
    「あ?」

    周りの話し声がどんなに賑やかで、ラッパや笛の騒がしい音楽が流れる中だろうが、伊月の声は静かなのによく聞こえる。
    手の中のディスプレイに映った画像を見ながら、伊月は穏やかな表情で微笑んでいた。陽気なポーズを決める着ぐるみに囲まれて笑うオレたちを、満足そうに見つめている。

    「いい顔してる」
    「……」

    伊月もそうだが、オレ自身こんな気楽に笑っている写真を撮ったのは随分久しぶりだった。思わず額へ手を当てて、眉間の皺を伸ばすように指で揉む。
    自分のことが見えなくなっていては、また同じことの繰り返しだ。

    「今さ、生きてて良かった、て思ってるよ」
    「おう。オレも」

    携帯を上着にしまった手を、すかさず握る。
    伊月は少し驚いた顔を見せたが、すぐ笑顔に戻って手を握り返してきた。言葉以上に、繋いだ手の暖かさが伝えてくれるものもある。どうせ周りも浮かれてんだ。オレたちもこの浮かれた雰囲気を楽しむことにして、手を繋いだまま歩き続けた。



    === === ===



    「お、始まった」

    案内の時間通り、空に花火が上がり始めた。
    伊月が抑えてくれた部屋は、パーク正面に建つホテルの最上階にあるスイートルームだった。1階にあるレストランで夕食を済ませて部屋に戻ってきたあと、花火の時間に合わせてバルコニーへと出れば、ライトアップされた城や遮るもののない夜空に広がる花火の様子がよく見えた。

    「意外と一日歩き回れたな」
    「足腰にガタ来んのはまだ先だろ」
    「僕は明日か明後日あたりに筋肉痛だと思う。普段こんなに歩くことないよ」

    パークから流れてくる音楽をBGMに花火を眺め、他愛ない話をしながら二人で夜風に涼む。今日一日の出来事を振り返って話せば自然と笑い声がこぼれ、遊園地デートの締めとしてこれ以上ない充実感に包まれた。

    「たまにゃあ、こういうとこ来んのも良いもんだな」
    「ガッちゃんはこういう場所好きだろ?」
    「オレが?」
    「ああ」

    デート先をここに決めたのは伊月の方で、オレはそこまで気乗りしていたわけじゃないが。疑問を感じていると、花火がフィナーレに向けて勢いを増す中、伊月が横目でコッチを見ながら薄く微笑んだ。

    「大人も子供も、お金持ちも一般人も、みんなが楽しめる。……夢みたいな場所だろ?」
    「……」
    「次はさ、関西の方にも行こうか。また僕にエスコートさせてよ」
    「……おう。楽しみにしとくぜ」

    初デートに張り切っていると思えば、そんなことまで考えていたのか。
    一本取られた気になって、聞こえないように小さく溜め息をつく。カッコつけてくれたじゃねぇか。また惚れ直しちまうな。

    すべての花火が打ち上げ終わったことを、遠くの園内アナウンスが告げる。たった五分だけの時間でも、悪くない時間だった。あともう五分あればキスの雰囲気だったかもな、と惜しく思いながらも部屋の中に戻った。



    据わり心地のいいソファーに腰を並べて、明日の予定を確認しているうちに、閉園を知らせるアナウンスが外から聞こえてきた。もう九時だ。夜が更ける前に、歩き疲れている伊月は長めにお湯に浸かって疲れをほぐした方がいい。

    「風呂、先に使うか? ゆっくり足伸ばしてこいよ」
    「じゃあ、お言葉に甘えて」

    先に入浴を勧めれば、伊月は軽く頷いて席を立った。
    しかし、立ち上がったはいいが、その場から動かない。何かに気を取られたように窓のほうを眺めている。談話スペースのカーテンはもう閉じきっているので、外の景色は見えないが。

    「ガッちゃんは、流れ星に願いごとしたことある?」
    「……流れ星?」

    不意を突かれたが、外からわずかに聞こえてくるメロディにそういうことかと理解する。この曲は聞き覚えがある。『星に願いを』だ。

    「ねーなぁ、そんなロマンチックな記憶」
    「だろうな」
    「?」
    「人任せにしないで、自力で願いを叶えていくところ。そういうとこ好きだよ」

    視線を窓の方から外し、柔らかいカーペットの上を歩きだした伊月は、コチラを振り返らずに言葉を続ける。

    「話したことあったか? ウチの親はさ、僕に月みたいな人になってほしくて、伊月って名前にしたんだって」
    「いや。初耳だな」
    「お月様みたいに綺麗な心で、世の中の人を助けてほしかったんだってさ」

    漆原家の顔ぶれを思い出して、声には出さず納得する。善良な家庭の、善良な親の願いだ。それこそ、星に願うような純粋な愛と温かな期待がこめられた名前なんだろう。

    「そういう意味では、僕は願いどおりのお月様にはなれなかったが。……でも、もう一つの願いは叶った」
    「……もう一つ?」

    バスルームに続く寝室の手前で、伊月は立ち止まった。柔らかいオレンジ色の照明の中に佇む後ろ姿は綺麗だ。目に映るものだけじゃない。心だって、コイツ自身が思うよりもずっと綺麗で、胸を張って誇れるものだとオレは知っている。
    見失ってしまった自分の価値を、伊月はまだ取り戻せていない。どうすれば、オレはコイツにコイツ自身の価値を分からせてやれるんだ。

    「月が太陽のおかげで夜でも光って見えるように、誰かに支えてもらえる人で居てほしいって」
    「……」
    「叶っただろ。此処に、世の中が暗い話ばかりでも、僕に希望の光を与え続けてくれる人が居る」

    伊月が振り向く。
    月みてぇな色の目。照明の色が混ざって、素の状態よりもさらに金色に近づいた目と目が合えば、真剣な顔を急に崩してはにかんだ。

    「風呂入ってくる」
    「……おう」

    伊月が隣の部屋へと消えて、バスルームへ続く扉へと入っていく音がした。

    ……なんだ、今の。
    声色に冗談の欠片もない、ガチの口説き台詞だった。
    夕食の酒で酔ったのか、この場の雰囲気に当てられたのか。

    「…………浮かれてんな」

    アイツも、オレも。



    伊月のためにオレができること。
    今までやってきたことも、無駄だったわけではない。今の笑顔を見たらそう思えた。
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