恋人は仙人あれ、と思った。聞き覚えのある声がする――薄い板で区切られたすぐ近くから。
チェーンの居酒屋で、滝川はバンド関係の友人たちと酒を飲んでいた。価格が安く、そのぶんアルコールも薄い。酒が目当てなら来ない場所だったが、12月も末になって近頃は酷く冷える。だらだらと友人の愚痴を聞きつつ駄弁る会ということであったので、手近な店に適当になだれ込んだのだった。
そこで、席につき、しばらくくだらない話をしていたのだが。
『……だよね、それはでも……』
席は半個室といえるかどうか、座った滝川の頭の上あたりが格子状になっている木製の薄い壁で、テーブルごとに区切られている。賑わっているので特定の誰かの会話を聞き取るのは難しいが、さすがに隣のテーブルから恋人の声がすれば判別は簡単だった。滝川の背中の後ろ、薄い木の壁を隔てたところに安原修が座っているのではないかと思う。
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