寝室に本棚は「裸に眼鏡ってなんかちょっとエロいよな」
ベッドで2人、だらだらと寝そべりながらおしゃべり――いわゆるピロートークである――していると、安原の年上の恋人が顔をのぞき込んで言った。最中は外していたが、盛り上がりすぎて途中で床に落としていたのを思い出し、歪んでいないか確認のためにかけてみたのだ。
「……法生さんてたまにものすごいアホですよね」
「いや実はずっとアホなんだけど、これまで言わなかっただけ」
「ずっと?」
「最初に全裸眼鏡のお前見たときから『あーこれエロいなー』って思ってたよ。口に出さなかったけど」
「……」
たまに滝川は、こういう爆弾発言をする。最初に素っ裸で眼鏡だけをかけたのはいつのことだろうか。何年も前、まだ安原が学生の頃なのは間違いないだろう。
「あ、なんで外すんだよ」
「僕、まだちょっと休憩したいから一旦エロさ減らそうかと」
まだ眠るには時間が早いし、最近お互い仕事が忙しくご無沙汰だったので、なんとなく『もう1回くらいは』という雰囲気だった。それは安原も歓迎なのだが、体力においては年下の安原のほうが劣っているのでもう少し休ませて欲しい。
「メガネまで外したら正真正銘全裸ってことじゃん。それはそれでエロいけど?」
「無敵だなあ……」
滝川も今すぐに、というつもりはないらしい。休憩したいとか今日はもう無理とか、安原がそういうことを言うと滝川は口では何と言っていても行動においては非常に紳士だ。
「修はなんかそーゆーのないの。性癖?誤用だけど」
「うーん……上半身だけ裸でジーンズの前くつろげてるとこ」
「初耳なんだけど。着衣がいいの?着るか、今から下だけ」
「挿れるときは裸のが好きだからいいです。服って邪魔でしょ。そうじゃなくて法生さんがベッド、僕が床に座ってて、ベルトとボタン外してチャック下ろすときのワクワク感っていうか……ああいや、あなただけ立ってるのもかなり好きなんだけど膝立ちの状態が長くなると膝が痛くなるから」
安原がどういう状況の話をしているか、滝川はすぐに察したらしい。
「そのシチュエーションでお前ワクワクしてんの?ムラムラじゃなくて?」
「どっちもしてる」
「どっちもしてるんだ……」
「好きな人の服の中身なんてそりゃ宝箱みたいなものじゃないですか」
「だって初見ならともかく中身知ってんじゃん」
コレ、と己の下肢を指差すのを無視する。見なくても分かる。滝川の言う通り、よく知っているからだ。
「そりゃまあ、そうだけど。宝箱自体が好きというか、うん、宝箱を開ける行為自体が楽しいっていう」
「ああ……まあそれはわかる」
「あなたはスーツ脱がすの好きですもんね」
安原のネクタイを丁寧に外してくれる滝川のその手が好きだ、というのはなんだか照れくさいので秘密にしている。
「バレてたのか。ちなみにスーツだけじゃなくて部屋着脱がすのも好き」
「もうそもそも脱がすこと自体が好きってこと?」
「かなり」
「でも裸も好き、と」
「裸が好きだから脱がすのが楽しいわけ」
なるほど、と頷く。どのようなラッピングがいいとかいうこだわりはあまりなくとも、欲しいものが入っているとわかっているプレゼントのラッピングを剥がすのは楽しいものだ。そういうことかもしれない。
「じゃああれは?ネイキッドチャレンジ」
「なにそれ」
「何年か前にアメリカで流行ったやつ。ゲームしてる彼氏のところに、彼女が全裸で現れるんです。スマホを構えて近寄っていってその時の反応を撮影しておいて動画配信サイトに投稿する、と。まあなんですかね、彼氏がゲームより自分とイチャイチャするのを優先してくれるかどうか、ってのを試す……チャレンジする企画?なのかな」
「つまりお前が突然裸で近寄ってくんの?俺が全然関係ないことしてるときに」
「そう。脱がす楽しみないけどどう?」
想像しているのか、滝川は少しの間目を瞑って「うーん」と唸った。引き結ばれたその唇に安原がチュッと口付けると、長い腕が体に回されて抱き寄せられる。
「……そのシチュエーション自体はかなりぐっとくるけど俺が喜ぶの見たらお前が笑い転げそうなのはちょっと癪だな」
「僕をなんだと思ってるんですか」
「じゃあなに、俺がびっくりしたあと大喜びでじゃれついてもお前そのままいい雰囲気で押し倒されてくれるわけ?」
その言葉に、安原も想像してみる。
ぽかんとした滝川が安原の頭から爪先まで見て、何も着ていないのを認識して、戸惑うでもなくまず喜んだら――
「……ちょっとくらいは笑うかも」
「ほれみろ」
「でも押し倒されたくて裸になってるわけだから、襲ってくれたらそれは嬉しいので笑うのはなるべく控えめにします」
「え、……ふうん。じゃあ今度ほんとにやってくれよ。いつ来るかって俺すげーソワソワしそう」
「あなたの反応をちゃんと見るためには全裸に眼鏡かあ……あの、それって本当にエロい?間抜けじゃない?」
「実際見てみないとわかんないからやって。お前風呂上がりでもいつもちゃんと服着てるんだもん。俺いないときでもそうなの?」
「一人暮らし始めたての頃は好奇心でお風呂上がりに裸でいてみたこともあるけど、あれ結構不安になるというか……今この瞬間地震や火事が起きたらまず服を着ないと逃げられないぞ、って思うと全くリラックスできなくて」
「今も同じ状況だけど」
確かにそうだ。だが、1人で裸で過ごしていて逃げ遅れるのはものすごく心細いような気がするけれど、2人でならば多少は心強い。それが滝川相手ならなおさらだ。
「まあ、それでいうと最中に何か起きるのが一番困りますよね」
「やってる間に例えば地震で家具が倒れてきて頭打って死んだってな場合でも腹上死になるのかね」
「どうだろ。あれって基本的には性交中の心筋梗塞とか脳出血とかを指して言うんだろうけど……」
「もしそのまま死んだのを救助に来た人が見ちゃったら結構気の毒だな」
「そうか、いれたまんまで見つかった場合救助の人に引っこ抜かれることに」
あまりにもあまりな光景を想像し、2人して顔を見合わせて笑った。
「じゃ、ベッド周りに本棚は無し、ってことで」
「ベッドから出ないで本を出し入れできたら最高なんだけどなあ」
「せめて背が低いやつにして。倒れても俺たちが下敷きにならないくらいの」
「あなたの本も入れることを考えたら大きめのがよかったんだけど……ベッド脇に置く本棚の中身は都度入れ替えることにして、別のところにもうひとつ本棚置こうか」
来年から一緒に住もう、と部屋探しをしているところなので、これはずいぶんと現実味のある相談だった。2人の新居の想像。なんだか馬鹿話からとんでもない急カーブで甘い空気が戻ってきたので、安原は間近にある唇をちろりと舐めた。
「……休憩、終わりでいい?」
嬉しそうに目を細める滝川の体に腕を回して、安原は頷いた。