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    いちとせ

    @ichitose_dangan

    @ichitose_dangan ししさめを書きます。

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    いちとせ

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    無自覚両片想いのししさめ。 第2回お好み焼きパーティー買い出し編

    ふたりの時間「ねえ、お好み焼きパーティーやろうよ。オレやったことなくてさ~」
     叶がソファに寝そべりながら言う。その日は真経津の誘いに応えて叶、獅子神、村雨は真経津宅へ遊びに来ていた。
    「あ~前3人でやったよね。楽しかった~叶さんも来たらよかったのにね」
    「え、ずるい!なんでオレを呼ばないんだよ!」
     叶が頬を膨らまして不満を顕わにする。
    「呼ぶも何もお前らが試合する前だったから誰も連絡先知らねえよ」
     呆れた声でなだめながら獅子神がジュースを運んできた。真経津にはいちごみるく、叶にはコーラ、村雨にはオレンジジュースだ。
    「あ、そっか~忘れてたよ。叶さんとの試合前だったんだっけ」
    「忘れんなよ。せっかく楽しい試合だったんだからさ」
     二人とも朗らかに話すが、一歩間違えれば人が死んでいる試合だ。試合の後は2人とも胃洗浄と解毒剤投与に、血液透析のフルコースだったはずだ。真経津は村雨からの「2週間は食事制限」と指示があったにも関わらずそれを破り、3日後には甘いものの誘惑に負け生クリームのたっぷり乗ったケーキを食べていたが。
    「そんじゃ、敬一君買い出しよろしく!」
    「あ?テメェで行けよ」
    「しょうがないなあ、じゃあくじ引きにしてあげる。しかも一人付き添いもつけてあげよう」
    「オレが負ける前提にすんな」
     細く切った紙に印をつけたくじを手に持って、叶が掲げる。ここまで我関せずといった風情で読書を続行していた村雨も話は聞いていたらしく、くじを引きに来た。
    「さあ、引け!」
     いっせーの、と一斉に引いた紙の先端に印が付いていたのは獅子神と村雨だった。
     行くと決まれば獅子神の手際はよく、各々の食べたい量や具材を取りまとめていく。前回の経験もありかなり手慣れた様子だ。村雨は自身の希望がしっかりと獅子神のメモに記載されたことを見て取ると、さっさと玄関へ向かう。すぐに皆の希望を聞き終えた獅子神はあとを追った。
    「村雨、どうする?車で行くか?ここからだとそう遠くはないんだけどな」
     これまでの付き合いで村雨の体力の無さを嫌と言うほど見てきている。手術って体力勝負なんじゃないのかと、以前尋ねたら「アドレナリンが出ているから手術には支障ない」と返ってきた。車を所望すると獅子神は予想したが、村雨は歩きで行ける距離なら、とのことで徒歩でスーパーマーケットへ向かうことになった。
     
     太陽の光がほどよく薄い雲に和らげられている。眩しくはないが明るい光の中で、くじに外れた2人は並んで歩いた。
    「お前がくじで負けるとはな」
    「肉を自分で選びたい気分だっただけだ。天気も良くて散歩日和だしな」
    「村雨も散歩とかするんだな、意外だ。この前見せてもらったスマホの万歩計、500歩だっただろ」
    「まさか1日1万歩とかいう世迷い事を信じているのか。その数字に科学的根拠はない」
    「じゃあ何歩歩けばいいんだよ」
    「4000歩だ」
    「全然足りてねえじゃねえか」 
     む、と眉間に皺を寄せて村雨が早歩きになる。獅子神は少し歩幅を大きくするだけで難なく追い付いて見せる。村雨はこれ以上速度が上げられないようで結局2人並んでやや早歩き程度に収まった。
     今日は涼しいし風もあるし、たまには村雨もこの位運動するべきだよな。村雨って凝り性だし案外これで散歩に目覚めたりするかもな、と獅子神はなんだか微笑ましいような気持ちで見守った。
     10分ほどで店に到着し、買い物を始めるにあたって村雨は真っ先にカートを確保した。買い出しへのやる気ではなく脚が疲れたためだ。村雨は自分自身でもなぜ車ではなく歩きがいいと判断したのか、自分の中での根拠が掴めずにいた。散歩がしたかった訳ではない。運動は昔から苦手だった。どう動けばいいのかは分かるのに体がそれを実行できない。でも今の疲労感はなぜか心地よいかもしれないなと思った。
    「キャベツの次はお好み焼き粉だな。その後は……あいつらの欲しい具材多すぎだろ、食べきれねぇんじゃ?」
    「食べきれなかったものはあなたが持って帰ればいい。他の者は料理もせず腐らせる」
    「……多少無理してでも食わせよう。残飯処理したくねぇし」
     買い物カートに支えてもらいつつ村雨は獅子神の後ろをついて回った。獅子神の手によってメモに書かれたものがてきぱきとカゴに放り込まれていく。どんどんカゴがいっぱいになりカートを動かすときの慣性が大きくなる。そろそろ慣性に抗えなくなるというところで、全ての具材を集め終え会計を通ることができた。
    「お前はこっちのやつ頼む」
     獅子神が渡した袋には天かすやら紅生姜やら細々としたものだけが入っている。この位なら持てるだろうとの獅子神の判断だった。

     帰り道はゆっくり歩いた。雲の切れ間から太陽の光が差して天使の階段を作っている。
     荷物の重量はあるが、獅子神にとっては普段使っているダンベルの方がずっと重いため気にする重さではなかった。景色が目に留まるぐらいの速度で歩いていると、道端に生えている雑草を頭が勝手に認識する。あれは苦い、あれはちょっとマシだが癖が強い、あれは死ぬほど不味い草。雑草の名前は知らないが口に含んだ時のえぐみや苦みは分かる。もうずっとずっと昔の記憶なのに消えてくれずに残っている。
    「獅子神、どうしたんだ?そんなに憎々しげに草花を見つめて。昔の彼女に教えてもらった花でも咲いていたか?」
     揶揄うような口調だが、村雨の表情は柔らかい。何か事情があるのだと察しつつも、そこから一番遠いであろう推測を獅子神の本質に触れないように述べている。
    「そんなんじゃねーよ。彼女は、まあいたことはあるけど」
     自活できるようになり仕事も軌道に乗ってからは、まあモテた。そういった人間が集まる会合に人脈作りの為よく顔を出していたこともあり、言い寄ってくる女性は絶えなかった。その頃はかなり調子に乗っていたので彼女もとっかえひっかえしていた。当然、花の名を教え教えられるような間柄まで仲が深まることもなかった。
    「ふ、そうか。ちなみにそこに生えているのはドクダミだ。漢方として時々使われているし、食べたことは無いが天麩羅などにして食べられるらしい。ドクダミ茶というのも偶に聞くな」
    「お医者様は物知りだな」
     そうか、漢方に使われるのか。ただのイメージではあるがそうであるならあの癖の強さも納得できる。名前が分かり使い方も食べ方も分かると、惨めな記憶が少し和らぐような気がした。
    「獅子神、今度作ってみてくれ。排気ガスを被るような場所ではなく、人の手があまり入っていない山の中のものがいい。どうせ山の一つぐらい持っているだろう?」
    「オレに取ってこいってか!?」
    「そうだ。そしてあなたが料理し、私が食べる」
    「やりたい放題かよ……」
     呆れながらもこの傍若無人で横暴な男が心底面白くて笑ってしまう。獅子神はいつか本当にこいつにドクダミを食わせてやろうと心に決めた。
    「前言撤回はさせないからな」
    「期待している」
     視線を合わせて笑う村雨の赤い目が木の実の様でおいしそうだなと一瞬思いかけ、慌てて頭の中から追い払った。思っていたよりも荷物が重く負荷がかかったのか鼓動も少し速まっている。村雨はこちらの様子には気付いていない。あるいは気付いていない振りをしているだけかもしれないが、今はその方がありがたい。
     帰った先では腹を空かせた怪獣達が待っている。新しい約束を一つ積み重ねた二人は肩を並べて歩いていった。
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    いちとせ

    DONEししさめ 無自覚に獅子神さんのことが大好きな村雨さんが告白する話。
    誓いは突然に 一日の業務の終わり、カルテの記載をまとめているときに端末が震えた。グループチャットで獅子神が「真経津に頼まれてローストビーフ作ったから食いたい奴は来い」と送ってきていた。「私の分は取り分けておいてくれ」と返信した。
     大学病院の業務量は定時に終わるようにはできていない。そもそも定時まで手術が入っており、その後から病棟業務が始まる。今日も2時間ほどの残業を行う予定だったが、そこから獅子神宅に向かったのではローストビーフは跡形も残っていないだろう。取り分けを頼んではいるが、あの面子の手練手管に獅子神が対抗しきれるかというと恐らく不可能だろう。少なくとも今のところは、だが。幸い病棟患者に大きなトラブルはなくカルテ記載さえ終わればよい。少し急げば予定を繰り上げることができそうだ。一段階情報処理のギアを上げて30分ほど巻いて業務を終えた。後日職場では村雨先生が何らかの連絡を受けた途端、鬼気迫る様子になりタイピング速度も倍になった、もしや彼女ではとやや尾鰭のついた噂が流れたが、誰も真相を確かめようとはしなかった。
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