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    いちとせ

    @ichitose_dangan

    @ichitose_dangan ししさめを書きます。

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    いちとせ

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    ししさめ 熟眠できたことのない村雨先生が獅子神さんの隣でなら眠れる話

    #ししさめ
    lionTurtledove

    Quality of Sleep 村雨は目の前の信じられない光景に、自分はまだ夢を見ているのだろうか、と訝しんだ。
     眠りから目を覚まし部屋の明るさに目を細める。カーテンの隙間からしろく眩しい光が差し込んでいた。まぎれもない朝のひかり。
     このようなことは村雨にとって経験の無いことだった。そもそも寝つきも悪く、布団の中で思索を巡らせ様々な記憶をひっくり返し、未来のシミュレーションを幾通りも走らせたのちにやっと浅い眠りに落ちる。そして目を覚ますと、まだ夜である。これを何度も繰り返してやっと空が明らんでくるのが幼い頃からの日常だった。
     それが、いま、朝になっている。狐につままれたような心地だ。ただ幸いなことに、快眠の機序は掴めずとも原因は明白である。ここが獅子神の寝室であり、昨夜隣には彼がいたということだ。晴れて恋人同士となったあとの、共に過ごすはじめての夜だった。
     予定では夕食も一緒に食べるはずだったが、緊急手術が入ってしまい獅子神宅へ到着したのは日付が変わる頃だった。泊まり自体を無しにしようとした村雨だったが、獅子神に「がんばった先生にご褒美をやるよ」と言われては、何が用意されているのかという好奇心と「ご褒美」なるものの誘惑に抗えるはずもなかった。
     そうして獅子神の家を深夜に訪れた村雨に与えられたのは、いつもより気遣わしげな獅子神の表情と、滋味深く胃に優しい夜食に温かい風呂、清潔に整えられたゲストルーム。それ以外はなにも。これでは友人であったときとさほど変わらない。一足飛びに関係を進めたいわけではないが、それでも何がしか変化を期待していた。だから、ゲストルームでの就寝は断固として拒否して獅子神のベッドにもぐりこんだのだ。獅子神は困ったような喜んでいるような顔で笑って布団の中へ迎え入れてくれた。体温の高い男の隣はあたたかく、なんだかとても良い香りがした。
     覚えているのはここまでである。きっと途中で起きるだろう、その時はリビングででも再び眠気が訪れるまで時間をつぶそうと、医学雑誌まで持ってきていたのに。
     部屋の中に、この異常事態を引き起こしたであろう張本人の姿は見えない。立ち上がろうとしたちょうどそのときガチャ、と寝室の扉が開いて探していた男が顔をのぞかせた。
    「お、起きたか」
    「ああ。おはよう。ところで、獅子神。昨日私に何をしたんだ?」
     さっと獅子神の顔に朱がさす。
    「……なんもしてねえけど?」
    「そうか。たしかに食事に睡眠薬が入っていればわかるし、今も薬品のにおいはしないな」
    「は?」
     さきほどまでの穏やかな声から一転して獅子神の声が怒気を孕んで低くなる。
    「お前、なに、言ってんの」
    「あなたがそのようなことをしないのは分かっている。しかし、」
    「なあ、お前がなに言ってんのか、ほんとにわかんねえよ」
     獅子神の表情筋は怒りを表しているのに、途方に暮れて泣きそうな子供の姿と重なって見えた。自分は言葉を間違えたようだ。獅子神を傷つけてしまった。彼が薬を盛ったなど、欠片も疑っていない。ただ、よく眠れたことが不思議ですべての可能性を検討しようとしただけだった。
    「朝まで一度も起きずに眠れたのは、はじめてのことだった。違っているのはあなたと、あなたに付随するものだけだ。あなたのことは信頼している。でも理由が知りたかった。不用意な言葉だった、すまない」
     ぐっとこぶしを握りこんでいる目の前の男に話した。じっと目を見つめて、ゆっくり言葉を投げかける。獅子神のこぶしから徐々に力が抜けていき、はあ、とため息をついて。
    「朝飯、食べるか?」
    「もちろん、いただこう」

     朝食はふわふわのフレンチトーストだった。甘めに作られていて目覚めの空腹によく沁みる。獅子神は朝食を一切の警戒なく食べる自分の姿を見て、少しずつ元気を取り戻したようだ。
    「お前、これまでずっと寝不足だったってことか?」
    「そうではない。日中の活動には支障はないからな。ただ夜中に何度も目が覚めてしまう」
    「だから、いつもすげえ隈ができてるんだな」
     ここ、と獅子神は自分の目の縁を指し示す。
    「物心ついた時からな」
    「まじか……で、薬うんぬんってのは、結局なんなんだよ」
    「ふだん断続的に2時間程度眠れればよいほうなのに、いきなり7時間も眠れたらなにかそういったものが関与している可能性が出てくるだろう?まあ、ありえない仮定だというのは端からわかっている。すまなかったな」
     獅子神がトーストを口に入れる途中で、動きを止めた。信じられないという顔をしている。
    「は?2時間って、それは……生きていけるのか?」
    「私が幽霊だとでも? ああ、学生の頃、死神のようだとはよく言われたが。ふふ、あの連中は私がまさか医者になるとは思ってなかっただろうな」
     ふふふ……と心底愉快そうに村雨は笑った。しかし、真顔のままの獅子神に気づいて首をかしげる。
    「どうした?」
    「村雨、これからオレの家で寝泊まりするか?なんでかはわからないけど、ここでならちゃんと寝れるんだろ」
     なるほど。魅力的な申し出だった。睡眠については現時点で不都合はないのでどうでもいいのだが、獅子神に毎日会える。断る理由は無いように思えた。「よろしく頼む」とうなずくと、ぱっと獅子神の顔が明るくなった。獅子神にとってメリットは無いはずなのになぜだろう。疑問に思ったが言わなかった。そのうちわかる予感がある。今はそれより気になることがあった。
    「ところで、さっき私が『昨夜何をしたのか?』と訊いた時なぜ顔を赤くしたんだ?」
    「っ~~~~~、それは……だな……」
     再び頬に朱を帯びた獅子神が言い淀むのを観察した村雨は診断を下した。
    「なるほど、髪に口づけたのか。気障だな」
    「わざわざ口に出さなくてよくねえ?!」
    「今度は私が起きているときにしろ」
    「もうやめろってお前が音を上げるぐらいやってやるよ」
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    DONEししさめ 無自覚に獅子神さんのことが大好きな村雨さんが告白する話。
    誓いは突然に 一日の業務の終わり、カルテの記載をまとめているときに端末が震えた。グループチャットで獅子神が「真経津に頼まれてローストビーフ作ったから食いたい奴は来い」と送ってきていた。「私の分は取り分けておいてくれ」と返信した。
     大学病院の業務量は定時に終わるようにはできていない。そもそも定時まで手術が入っており、その後から病棟業務が始まる。今日も2時間ほどの残業を行う予定だったが、そこから獅子神宅に向かったのではローストビーフは跡形も残っていないだろう。取り分けを頼んではいるが、あの面子の手練手管に獅子神が対抗しきれるかというと恐らく不可能だろう。少なくとも今のところは、だが。幸い病棟患者に大きなトラブルはなくカルテ記載さえ終わればよい。少し急げば予定を繰り上げることができそうだ。一段階情報処理のギアを上げて30分ほど巻いて業務を終えた。後日職場では村雨先生が何らかの連絡を受けた途端、鬼気迫る様子になりタイピング速度も倍になった、もしや彼女ではとやや尾鰭のついた噂が流れたが、誰も真相を確かめようとはしなかった。
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