口下手な彼女の愛情表現「今作、め〜っちゃ良かったね〜!」
映画館のすぐ傍に建つ飲食店で夕食を食べながら、りみは先程観た映画の感想を楽しげに語り出した。
りみとの交流は大学に上がった今でも続いていて、こうしてホラー映画を観たり食事に行ったりしている。大学は別だからなかなか会える訳じゃないけれど、やっぱり気の知れた友達だから会うのは嬉しい。
「迫力あったねー……。戸山さん連れて来なくて良かったかもね」
「そうかもね……。ショッピングモールのシーンなんか、ドキドキしちゃったよ〜」
あたしでも思わず悲鳴を上げそうになったくらいの迫力満点の演出だ。戸山さんが居たら気絶していたに違いない。
「あたしはショッピングモールでのゾンビは、どうしても高校の頃を思い出しちゃうな……」
「あはは……あれも大変だったよねぇ」
ホラー映画を観た直後に彩先輩のゾンビに追いかけられる、なんて冷静に考えたら絶対有り得ないって分かるはずなのに。
映画を観た後だったからなのか、あの時は逃げるのに夢中になってしまっていた。なんならちょっと泣いた。今思うと恥ずかしい。
「でもさ、あれ以来ホラー映画観る度に、このシーンは自分なら〜って考えちゃうんだよね」
「……そういうもん?」
「えっ美咲ちゃんは違うの? なんていうか……予習的な……?」
「どれだけ切羽詰まった状況を予習してるのさ……」
苦笑いして首を振る。
でも自分だったら……か。確かに言われてみれば、ちょっと考えちゃうかもしれないな。
「もしまたゾンビに出くわしたら……、今度こそは、もっと冷静に行動したいかな」
「うん、それは私も……。あとはね、ポピパのみんなでいる時にゾンビに会ったら、とか」
「へえ……?」
「びっくりしてる香澄ちゃんを、有咲ちゃんがきっと引っ張っていってくれるんだろうな、とか。沙綾ちゃんはしっかりしていて冷静に状況をまとめてくれるんだろうな、とか。おたえちゃんはそんな時でも変わらずに、みんなを和ませてくれるんだろうな、とか」
「ああ、なんとなく想像つくかも」
「ハロハピはどうなると思う?」
え、ハロハピ?
固まってから、ちょっと考えてみる。ゾンビと出会ったハロハピ。
こころは多分、実物のゾンビを見れたことにテンションが上がる。一緒に遊びましょう!とか言いそうだからそれを必死に止めるあたしが居そう。
はぐみは順当に怖がると思う。どうしようどうしようって、焦って、困って。……で、こういう時の花音さんは結構肝が座ってて頼りになるから、彼女が一番まとめてくれそうではある。
そして、薫さん。あの人は戸山さんに負けず劣らずビビリなところがあるから、ゾンビを見たら卒倒し兼ねないだろう。でも格好つけたがりだから、怖いくせに口では軽口を叩いて、大丈夫だよって励まして。
……それでたぶん、あたしのことを必死に守ろうとしてくれる。
薫さんと高校の時からお付き合いを始めて以来、薫さんがどれだけあたしのことを大切に思ってくれているかは、ここ数年で十分なほど理解した。自惚れかも、なんて言う余地すらなかった。
「美咲ちゃん?」
「え? あ、ごめん。なんの話だっけ……?」
そんなことを悶々と考えながら、あたしは浮かない顔で薫さんが待つアパートへと帰宅した。
「おかえり、美咲」
「映画は楽しかったかい?」
「……うん」
あたしの変な心配も余所に、薫さんはリビングのソファで本を読んでいた。もうお風呂には入ったらしい。
薫さんの問いへの返事もそこそこに、あたしもお風呂に入ることにした。
でも、一人になると余計に色々考えてしまうもので。
もし、ゾンビに襲われたら。
薫さんは怖がりつつも、最終的にはきっとあたしを守ろうとしてくれる。
ゾンビなんて有り得ない。でも、薫さんが自分を犠牲にしてあたしのことを守ろうとするのは、ゾンビに限った話じゃなくて、何にでも有り得る話で。
もしゾンビが相手だったら、薫さんはあたしを庇って噛まれてしまう。……他のものに置き換えてみる。刃物を持った相手だったら? 走ってくるトラックだったら?
どれが相手でも、きっと答えは同じだ。薫さんは、自分を犠牲にしてでもあたしを守ろうとする。残される側の気持ちなんてなんにも分からないみたいに。自分の想像なのに、なんだか腹が立って、悲しくなって、寂しくなって。
◆
「どうしたんだい、美咲。元気が無いようだが、何かあったのかい?」
お風呂から戻ると、薫さんは変わらずソファで本を読んでいた。
問いには無言で首を振って、隣に座る。それ以上は特に何も聞いて来ない薫さんが、あたしのまだあんまり乾いてない髪を撫でてくれる。その手の温かさに、ひどく安心して。
「……薫さん」
「……っ、おっと、どうしたんだい。今日は随分甘えん坊じゃないか」
身体を傾けて、こてんと頭が薫さんの膝に乗る。嬉しそうな声が振ってきたのを聞いてから、あたしは身体を反転させて薫さんの方を向くと、そのまま目の前の腰に腕を回して抱き着いた。
ぎゅう、と腕に力を込めれば、あたしと同じボディソープの匂い。
薫さんは深くは聞かない。ただあたしの頭を撫でるだけだ。
でもそれが「大丈夫だよ」って言ってるみたいで。単純だけど、さっきまでの不安や焦りが嘘みたいに消えていって。
恥ずかしくて顔を見られたくなくて、腰を抱きしめたまま、ぐりぐりと薫さんに頭を押し付けた。
置いていかないで。薫さんがあたしのことを大事にしてくれるのと同じくらい、あたしも薫さんが大事だよ。
ひねくれ者のあたしが、そんなこと素直に言える訳がないので、こんな面倒くさい行為になってしまうのは仕方ない、ということにしといてほしい。