スパークラー 真夏のピークが去りかけていた、とある日のこと。
帰路に着くべく学院の廊下をひとり歩いていたら、突然背後から「花火をやらないか」と声をかけられた。振り返ったら朔間さんがいた。その手に手持ち花火のセットを抱えて。
「てか、アンタそれどこで買ったの」
「近くのコンビニじゃけど」
「……朔間零もコンビニ行くんだ」
そんなわけで俺はいま、学院の屋上でむさくるしい男と二人、なぜか花火をする羽目になっている。火のついた蝋燭を屋上の真ん中に置いた朔間さんが、花火の袋を喜々として開けた。
「さて、どれからやろうかのう」
「好きなのからやれば」
「それがイマイチ種類が分からんのじゃよ」
まるで正解を探すように、もぞもぞと花火を吟味する姿がまどろっこしい。手持ち花火なんて適当に選んで火をつけるだけでいいのに。
「これでいいじゃん」
見るに見かねて、花火セットの中から紫色をした棒状の花火を選んでやった。ぽかんとした朔間さんの顔が小気味よい。
「早くやろうよ」
「う、うむ」
恐る恐る朔間さんが花火に火を点ける。瞬く間に火花が四方八方に飛び散り始めた。
「おお」
「綺麗でしょ」
「うむ」
「俺もなにかやろうかな」
「我輩と同じものでよくない?」
「なんで。やだよ」
指先近くにあったすすき花火を取り上げると、先端の紙をちぎって火にくべた。程なくして夜闇に一閃、赤い火花がシュウシュウと吹き出す。
「綺麗じゃのう」
朔間さんが目を細めて笑った。たまらず俺は口を開いた。
「ねえ、なんで俺を誘ったの。俺じゃなくても良かったじゃん」
「なんでじゃろうなあ。でも、花火をするなら薫くんが良いと思ってしまったんじゃよ」
ここではない、どこか遠くを見つめながら朔間さんは言った。
「――ふうん」
例えば、来年の夏、俺たちはどこで何をしているんだろう。まだアイドルでいるのか、あるいはやっぱり別々の道を歩いているのか。正解なんて誰も知りえない。
ただひとつ分かるのは、今夜の花火を勝手に綺麗な思い出にしようとしているこの男の思い通りにだけはなりたくない。その気持ちだけは真実だ。
「本当は誘われて嬉しかったって言ったらどうする?」
火の消えかけた花火をぽとりと落として朔間さんが俺を凝視している。月明かりに照らされたその顔があまりにも滑稽で、俺はたまらず吹き出した。