0.028% 突然だが、零くんが妙な打ち方をしている。
「うん?」
いつもの朔間邸に、いつもの面子。そしていつもの飲み会兼麻雀。各々が適当にくつろぎながら牌をかき混ぜて山を作り、四つずつ牌を掴んで並べていく。
親は零くん、ドラ表は六萬だ。
「薫くん、どうかしたのかえ?」
零くんの河を眺めて思わず疑問符を発した俺に、零くんが小さく首を傾げながら問う。その表情に動揺や困惑なんてものはなにひとつ浮かんでいない。いっそ白々しいとさえ思う。
第一打に赤五筒、続けてドラ筋の七萬を早々に手放した零くんの河はどう見ても派手で異様だ。晃牙くんだって「おいおいマジかよ」と言わんばかりに唖然とした表情を浮かべている。
「いや、どうかしたもなにも」
「ふむ」
零くんが唸った。けれどそれだけだった。今度は何食わぬ顔で三巡目に五索を切り出す。中張牌のど真ん中。思わず息をのんだ。四か六がくっついて両面を待つことも、山に眠っている五索の重なりも見られる巡目なのに。赤ドラありの麻雀を採用している俺たちなら、少なくとも三巡目で積極的に切り出す牌じゃない。ツモが利かなくたって切るべき牌は他にもあるはず、多分。
「……いや、なんでもない」
零くんはそんなこと百も承知で牌を打つ人だ。そんなの俺が一番知っている。だから、少なくとも彼の手は変化を待っている手じゃない。恐らく形はもう決まっている。
(そんなのさあ)
「羽風先輩?」
白を切りながらアドニスくんが俺の名前を呼んだ。躊躇いなく切られた白牌に息をのむ。思わず零くんを見てしまった。が、対面に座る彼はポーカーフェイスを崩さない。そして俺も、今局の白はとんでもなく危ないよとは言ってあげられない。
「大丈夫、大丈夫。気にしないで」
俺の返事がわざとらしく甘ったるい声だったのが気に障ったのか、晃牙くんが「チッ」と軽く舌打ちをした。牌山に手を伸ばして牌をめくり、そのままツモ切る。ばちっ、と乾いて強い音がした。
「これ、晃牙や」零くんが窘める。
「あ、ああ、わりい」
今の強打は流石に分が悪いと分かっていたのだろう、晃牙くんが気まずそうに謝罪を口にした。零くんがフリマで見つけた麻雀マット付き炬燵テーブルは、中古ゆえに強打は厳禁だ。これは朔間邸ルールでもある。それに強打自体一般的なマナー違反でもあるし、さもありなん。
「零くんにしては丁寧に使ってるもんね、これ」
「我輩にしては、かえ?」
手の内から三索を切りながら零くんがかすかに目元を細めた。というか、手の内から三索ってなに。
「まあ、方々を探し回ってやっと見つけたからのう、大事にもするわい」
「ふうん」
「おや、なにか言いたげじゃな?」
「別に? ただ、誰かさんが本名でフリマしてたなーって思い出しただけ」
牌山に手を伸ばして牌を掴むと西が来た。これは絶対に手放さないと決めて手の内に入れる。それから数瞬悩んで二索を切った。……これは当たらない、はず。
「そんなこともあったのう」いけしゃあしゃあと零くんが言った。
「あの時もダメだよって言ったけど、今はもっとダメだからね。どうしても欲しいものがある時はマネージャーさんと相談して」そこまでして零くんに欲しい物があるのかはさておいて。
「うむ。分かっておるよ」柔和な笑みを湛えながら零くんはうんうんと頷いた。
「本当かなあ」
「本当じゃもん、ほんと「俺の真似はいいからね」」
口癖をキャンセルされた零くんが小さく肩を落とす。俺の口癖はすっかり零くんのものになっていた。静々と牌山に手を伸ばし、
「うむ、とりあえず今一番欲しい物はこの牌じゃな」
ツモ、と穏やかな手つきで零くんが手牌を倒した。
現れたのは十三種――。
「国士無双。十三面待ちでダブル役満じゃな」
「ゲッ」
「うわ……、マジで?」
「む」
零くん以外の声が綺麗に重なった。国士無双は零くんがたまにふわっと上がる手役なのでまだしも、今回はさらに出現率の低い十三面待ち、純正の国士無双だなんて聞いていない。
「ていうか、朔間邸ルールにダブル役満ってあった?」
「いいや、今決めた」
「え」
「だって我輩が親じゃし」
ぐうの音も出ない。今の親番は零くん。そして俺たちが麻雀しているここは朔間邸。彼こそがルールブックだ。
「ということで九万六千点。一人三万二千点じゃよ」
地道に積み上げた点棒が一瞬で無に帰ったのは想像にたやすいだろう。
「零くんさあ」
手元から点棒が消えて思わず乾いた笑みがこぼれた。二の句すら告げない。
俺の相棒は、本当にとんでもない。