果ての続き アスカガ新刊サンプル① C.E.七十一年。
地球・プラント間で勃発した全面戦争は、両者一歩も譲らぬまま泥沼戦争へと突入し、やがて民族浄化を目的とする絶滅戦争まで発展していった。その状況を憂いた中立派・非戦派の者達で構成された三隻同盟の働きにより、ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエル氏とプラント最高評議会議長パトリック・ザラの死を以て戦争は停戦。その後アークエンジェルとクサナギは、エターナルを宇宙に残しオーブへと降下した。
オーブはカガリの叔父、ホムラ代表の指揮下で連邦から主権を取り戻し、荒れた国内の復興に慌ただしい日々を送っていた。
カガリもまた、アスハ家の人間として自国を立て直す為に各所を奔走する動きを連日送っている。
オーブは連合の占領下に置かれた期間に国力を著しく低下させ、その影響で国内情勢は逼迫していた。そしてTVで流れるオーブの外の世界も、未だ混迷を続けている。
──後にこの期間は、薄氷の平和の時間と呼ばれ歴史に刻まれる事となる。
「カガリ」
TVから流れる映像を沈痛した面持ちで見つめるカガリに、後ろからキサカの声がかかる。振り向けば、ぽんと一枚の封筒を手渡された。
「届いていたぞ」
なんだと思いその封筒の宛先を見て、カガリは一瞬息を詰める。一難去ってまた一難と言うべきか、溜め息に似た呼吸を一つ吐いた。
◇
「キラ、お夕飯までのお時間どういたしますか?」
緑が生い茂る豊かな海岸線。その側に立つマルキオが運営する小さな孤児院に、キラはラクスやアスランと共に身を寄せていた。
太陽の光で反射する水面をぼんやりと見つめていれば、波打つピンクの淡い髪がキラの視界いっぱいに広がる。キラの心の柔らかい部分を預けている少女が自分の隣で膝を折り、ゆっくりとした動作でキラの顔を覗き込んできた。
「ラクス…」
呟くように少女の名前を呼んで、返事の代わりに彼女の笑みが深くなる。
「ここで、ゆっくりしてるよ」
あまり感情の乗っていない声が返ってきて、分かりましたとラクスは頷いた。
「では私、アスランと一緒に子供達を連れて外へ遊んでまいりますわ。お夕飯を準備する時間までには帰ってきますね」
「うん。気をつけて」
立ち上がってキラの側を離れ、ラクスは子供達の手を引き浜辺へと歩いて行く。アスランも子供達にその手を引かれ、ラクスの後に続いた。心配そうにこちらに視線を向ける友にゆっくりと手を振り、キラは送り出す。そうして静かになった孤児院に海の波音だけが届いて、先程まで凪いでいたキラの心に一つ波紋を落とした。
蘇るクルーゼとの舌戦、守れなかったもの、奪ってしまった命、自身の出生。そして話したかった事を話せぬまま帰らぬ人となってしまったキラが守りたかった女の子、フレイ。キラは俯いてギュウっと目を瞑り歯を食いしばった。キラの心に大きく影を落としたあの大戦は、今は世捨て人のように暮らす彼にいくつもの何故を問い続けている。その問いかけの答えは見つからぬままキラは呼吸をして、物を食べ、各国で報道される未だ燻る戦火を見て、己は何であり、どうあるべきで、どうしたくて、何をすれば良いのか日々自問自答を繰り返していた。
「キラ」
視線を落とし定められぬ答えに思考を巡らせていれば、それを遮るように名前を呼ばれ徐に顔を上げる。
海風に揺れる金の髪と琥珀色の瞳。そこに立っていたのはキラの大切な仲間であり、そしてきょうだいであるカガリだった。
彼女から感じるいつも溌剌とした雰囲気は息を潜め、何かあったのかとキラは椅子から立ち上がり歩み寄る。
「どうしたの?カガリ」
相手が話を打ち明けやすいようにキラはゆっくり話しかける。
「これ…」
カガリは左手で持っていた白い封筒をキラに差し出す。何だろうと受け取りカガリを見た。
「持ってくるのが遅くなってごめん、結果が出た。私的鑑定で検査してもらってる」
それは何がと問うほどキラも鈍くはない。
宇宙からオーブ帰国してすぐ、キラとカガリは公的機関へDNA鑑定の依頼を出していた。その結果が数日前、カガリの手元に届いたのだ。
戦後の復興でカガリは多忙を極めていた為、検査結果をキラに届けるまで日にちがかかってしまった。
「カガリは…もう見たの?」
「いや。お前と一緒に見ようと思って封は切っていない」
「…そっか」
こっちとキラはカガリを呼んで今し方、自分が座っていた椅子の隣に彼女を誘導して座らせる。カガリが腰を落ち着けた事を確認して、開けるよと声をかけたキラは封を切った。
『私的DNA兄弟・姉妹鑑定結果報告書』
そう書かれた紙が表紙を飾り、透明なクリアファイルに数枚の書類が一緒に綴られていた。クリアファイルから取り出し、二人は表紙を捲って次の紙の文面に目を走らせる。
『キラ・ヤマト、サンプルID××××。カガリ・ユラ・アスハ、サンプルID××××。結果、兄弟/姉妹関係であることが極めて高い結果となりました事をお知らせいたします。』
そう簡潔に記された文字に、二人は事実を改めて飲み込むように見つめる。DNA鑑定の正確性はほぼ一〇〇%と言われており、ここで今キラとカガリは科学的にもきょうだいであることが立証された。
「予想通りの結果だったな」
「え?」
二人して覗き込んでいた書類からカガリは姿勢を起こし、少し苦笑いする。
「お父様から渡された写真とキラが少佐とメンデルから持ち帰ったデータを見て分かってはいたけれど、結果を見るまで夢心地だったんだ。けど、いざ見たらなんか…拍子抜けだ」
そう肩を竦めるカガリにキラも同意した。血縁関係かもしれないという事実が二人のテーブルに上がってから、心の準備をするまでに随分期間があった。当時はだいぶ動揺したが二人の距離感が特に変わる事はなく、キラはカガリをカガリとして、カガリはキラをキラとして変わらず接し合っている。ふとキラは思い付き、科学的に立証された片割れの名を呼んだ。
「僕は今後、法的立ち位置はどうしたらいいかな?」
お互い一人っ子だったキラとカガリは、きょうだいが出来たことに対して素直に喜ばしい気持ちだが、今後のことも同時に考えなければならなかった。
キラは良いとして、問題はカガリだ。
オーブの五大氏族に名を連ねるアスハ家の人間で、そしてオーブの姫でもある。カガリがあまりにもフランクで人との壁が無く忘れがちだが、ゆくゆくは代表首長に立つ身であり、やんごとなき身分の人だ。
今まで通りを貫くのか、それとも血縁関係や構成を現在提出している内容に手を加えるのか。たかが一枚の紙切れ、されど一枚の紙切れ。お互いの人生が大きく変わるかもしれない事案を、二人は話し合わねばならなかった。