「やあ、待ってたよ」
フィガロの部屋に入った途端にそう声をかけられて、晶ははにかんだ。今日はバレンタインデー。みんなに感謝を伝えたり、こちらの方が伝えてもらったりするのもとても心温まる時間だったけれど、この日に恋人と過ごす時間はやっぱり少し特別だ。フィガロの方もそう思って心待ちにしてくれていたなら嬉しい。
さっそくチョコレートを渡そうとしたところで、先にフィガロから包みを差し出された。
「はい、どうぞ。俺からも賢者様へ、感謝のチョコレートを用意したよ」
えっ、と声に出さずに見上げると、彼は楽しそうに続ける。
「大丈夫、変な魔法なんてかけてないからさ」
「そ、れは疑ってないんですけど」
「じゃあ、俺が君にチョコレートを用意してたことに単純に驚いたの? 俺はきみの恋人なのに」
声が少し拗ねた様子になる。
「その、フィガロに恋人としてのチョコレートを受け取ってもらえるって思うだけで、結構いっぱいいっぱいだったので」
「そこから? 俺が突っぱねるとでも思った?」
という問いかけは本心ではなさそうで、どう見てもフィガロは面白がっていた。先ほど拗ねてみせていたのがポーズなのが丸わかりで、それも少しかわいかった。だから恋人の期待に応えて、なんとか言葉をかき集める。
「みんなに渡すのとは意味が違うものなんだって、フィガロの側も分かってるわけじゃないですか。それを改めて受け取ってもらえるって、俺がフィガロを好きだって受け止めてもらえてるってことで、そんなの、今更なんですけど、でも何回実感してもドキドキしちゃうし、嬉しいんです」
ずいぶん恥ずかしいことを言っている自覚はあったけれど、こうした気持ちまで全部受け止めてほしくもあったから、なんとか顔をそらさずに続ける。
「それで頭がいっぱいで、フィガロからももらえるなんて、考えてませんでした」
「そうなんだ。じゃあ、実際もらってみてどう?」
「嬉しいです」
晶はもらった包みを見下ろして抱きしめた。照れというよりも喜びで顔が赤くなっていくのが分かる。
「好きな人にもらうチョコレートって、こんなに嬉しいんですね。俺、そういう経験がなくて、知りませんでした。だからみんなこの日をこんなに大切にしてるんでしょうね」
「……賢者様が言いたいのは」
こちらの言葉を掬って何か加えようとした声が、あたたかいのに少し歯切れが悪そうで、おや、と晶は顔を上げる。見上げた恋人が珍しく照れくさそうにしていて、ドッと鼓動が跳ねる。
「この日を大切にしたくなっちゃうくらい、俺からのチョコレートが嬉しいってこと?」
その様子が愛おしくて、まっすぐに返す。
「はい」
「……、いや、そんなに喜んでくれるんなら、俺も選んだ甲斐があった」
「選んでくれたんですね! ますます嬉しいです」
「きみも俺のために選んでくれたんでしょう」
「はい。だから、その、改めて」
今度こそ晶は自分の持ってきたチョコレートをフィガロに向かって差し出した。
「フィガロ、好きです。受け取ってください」
「……きみは何回俺に告白するの」
「何回でもしたくなっちゃうので」
「それじゃあ」
フィガロは晶のチョコレートを受け取りながら、やわらかく笑った。
「きみに何回でもしてもらえるように、俺もこれからもがんばらなきゃね」