【神無月】「この時季はどこの地方に行っても収穫祭で賑やかでいいよねえ――。たまには僕たちも飲みに行こうよ」
「何言ってるんですか。あなた下戸でしょう」
「えぇぇ――、そんなの雰囲気だよ」
珍しくみなさんお揃いの職員室で、ひとり楽しげに言い出した言葉に、速攻突っ込みを入れてくださった七海さんに感謝したい。僕たちの中には、否応もなく私も含まれているのは、火を見るより明らかだ。
「まあ、悟が飲まないって約束できるなら、いいんじゃないの」
あっ。思わぬところに伏兵がいた。昔から掴みどころのない先輩ではあるけれど、五条さんを止める係りを担っている場合が、多くもなかったな、うん。混ぜるな危険でしたね。
「するする。たこわさとか、もずくとか、つまみっぽいものが食べたいんだよねー」
「昨日、テレビでやってたお店、おいしそうだったからね」
ああ、そういうコトですか。まあ、一緒に住んでるんだから、同じ番組も見るでしょうし、外食すれば自炊もしなくて、ってどちらが作ってるんでしょうか。いえ、知りたくはないですけど。
「硝子もくるかな」
家入さんも来られるなら、参加もやぶさかではない。
「ストレスも溜まってるし、声掛ければくるんじゃない」
いえ、寧ろ、あなたたちと一緒の方が、あっ、でも、同期で仲は良さそうでしたね。
「私は」
「七海も行くでしょ。たまにはいいじゃん、おつかれサマンサー。週末ぐらいさ。伊地知もね」
予約を入れた店内に入れば、揚げ物とお酒と煙草の匂いが混ざり合った喧騒にどこかほっとする。陽が沈めば冷え込むようになったこの季節は、まだ寒さにも慣れず、店内の灯りや人の気配に安堵するのかもしれない。
高校生の浮かれたカップルみたいに、夏油さんのマフラーをふたりで巻こうとして、家入さんに止められた五条さんが、借りたくるくるとマフラーを外している。
「だから冷えるよって朝、言ったのに」
「朝は食べて帰るつもりじゃなかったしぃ」
「私のマフラー、使いなよ」
そう言って外そうとした手に、五条さんの手が重なって、得意げに微笑んだ。
「いい。一緒に使お」
あぁぁぁぁ。だから、一緒にきたくなかったのに。ふたりで出掛ければいいじゃないですか。喉元まで出掛かった言葉は、荒れた胃に落ちていった。九月を過ぎるといつも以上に親密さを増す五条さんは、ふたりきりだけではなく、同期や後輩である私たちとも一緒の時間を過ごしたがる傾向にある。それに関しては、詳細は不明な以上、何事もないようにしているのが一番だと思っている。
「「かんぱーい」」
「むしろ、おつかれさまじゃない」
「そうですね」
とりあえずビール、なんて事もなく、各自好きな飲み物を片手に、形ばかりにグラスなり、ジョッキなり、お猪口なりをあわせると、景気よく食べて、呑んで、喋り出す。
基本的にはサラリーマンと立場は変わらないのだから、同僚が集まれば会社への愚痴になるし、同じ学校に通っていたのだから、昔話にも花が、綺麗なだけではない花だけれど、咲く。
基本は手酌でも、隣に座った家入さんから、呑んでる? と注がれれば、つい杯を重ねる。ぼんやりと酔い始めた目の前で、距離感ゼロなふたりが楽しそうに笑っている。左隣で七海さんが相変わらず渋い顔をしているのに、眉間に皺は寄っていない。
超過勤務が多すぎます。残業なんてクソです。そんな文句の間に、ウチの生徒は優秀だよねー。なんて話も挟み込まれる。ほっこりしていると、伊地知は要領がわるいんだよねー。なんて文句が飛んで、やっぱり参加しなければ、と苛ついたところへ表情に出ていたのかフォローが入った。
「伊地知、少し、お茶飲んだ方がいいね」
ほろ酔いなのか、ぺたりと張り付いた五条さんをそのままに、夏油さんがあまり寄り付かない定員さんを呼び止めた。顔を拭こうとしたおしぼりを落とした時に見てしまったのは、机の下で恋人繋ぎをした手で、そりゃ、離れもしないですよねとため息ついてしまった。
「ウーロン茶とメロンソーダを一杯ずつ。ソーダってアイス載せられますか。あ、じゃあ、それで」
愛しそうな眼差しを向ける様子を見ながら、五条を甘やかすことで、自分も甘えているんだよ。そんなことをぽつりと家入さんが呟いていたのを思い出した。
神も仏のないようなこの業界で、神のような五条さんを、神だと思っていない僅かな人たちは、どんな思いで同じ場所に立っているのだろうか。