【ひよこ色】 絆創膏「いぃってぇっっっ」
長期任務から戻った久しぶりの教師業で、少しはいい所を見せようと張り切っていたらしい。見本演習も兼ねているため、無下限を張らずに手合わせをしていた悟から、珍しく声が上がった。私が繰り出した手刀を避けきれず、防御のために翳した手の甲を、爪先で皮膚を裂いた感覚が伝わる。中止の合図が入る前に歩み寄ると苦笑された。
「悟」
「このぐらい、何ともないって。そんな今にも地球が滅亡しそうな顔しなくても」
「見せてみな」
憮然とした表情で怪我をさせた腕を掴んで顔を近付けた。うっすら滲んだ血を見咎めると、掴んだままの腕に身を屈めた。血が滲んだ指先に唇を寄せて、ぺろりと舌先で舐め上げそのまま口に含んだ。
「えっ、すぐる」
動揺か焦りか、震えて聞こえた呼び掛けに、ちゅっと吸い上げるように食んだ指を咥内から出すと、謝りの言葉を口にした。
「ごめんね」
「大したコト、ないし」
珍しく焦って言い淀んだ様子がかわいらしくて、思わず口に含んでしまった指先で別の想像してしまい、私まで動揺してしまった。必死で昼間の授業中には似つかわしくない妄想を、頭の隅に追いやりながら、先ほどの指先に視線を落とす。
「でも普段、怪我するようなこと、ないでしょ」
「そうだけど」
視線を彷徨わせ珍しく言い淀む様子が学生のようで、強いとわかっていても構いたくなるのは、仕方ないんじゃないかな。
見学をしていた悠仁がこちらの様子が気になるらしく、堪えかねて声を上げた。
「せんせー、傷は舐めても菌が入るから、洗った方がいいと思う」
そうだね、知ってるよ。知ってるけどね、悟は特別。
「悟、手、洗っておいでよ。絆創膏、後でつけてあげる」
「……、 洗わないとだめ?」
小声で訊く声が、どことなく残念そうに聞こえるのは、私の勝手な思い込みだろうか。それでも洗った方がいいのは間違いないので、促すように質問を質問で返す。
「なんで」
「……、 しみそう」
そう答えた耳が僅かに朱色に染まり、驚きで慌てて視線をずらしたものの、見間違えかと再度こっそりと視線を戻す。やっぱりうっすらと染まっているように見える。
えっ。
なんで。
照れる、の。
それって。
思わず、自分勝手な都合のいい、解釈をしたくなる。
だって。
私の抱えている、好きのイミは。
だから思わず、怪我した指を口に含んでしまったぐらいだし。こんな千載一遇のチャンス、そうあるものじゃないから。
「大丈夫、しみないよ」
そんなの、ただのごまかしかもしれないし。
でも。
なんの、ごまかし。
「そのまま、絆創膏でいいんじゃない」
当たり前のような口調だけど、先生のトーンからは外れた甘えた口調に、つい特別扱いして甘やかしたくなる。小首を傾げて訊かれたら、頷くしかなくない、こんなかわいい仕草。
それでも。
「悠仁の言うことも一理あるから、洗っておいでよ」
「んっ。そしたら、傑が貼れよ、絆創膏」
「わかったよ。でも、どうして、絆創膏」
「僕が出張の時、恵に貼ったんでしょ。僕にも貼ってよ。恵ばっかり」
ずるい、そう、口の中でしか聞こえない声。予想外の言葉に目を見開いたまま、棒立ちになっていると、返事はと催促を受けた。
「絆創膏ぐらい、貼ってあげるから、まずは濯いでおいで」
優しく促すような平坦な声は意識をしないと出せなくて。
半分冗談のように恵に貼った絆創膏は、菜々子がくれた可愛らしいひよこ柄で、苦情のつもりで五条に告げたのだろう。
それなのに。
私がこっそり妬いている恵に対して、五条も妬いてくれたんだろうか。むずむずと喜びが浮かび上がって頬が緩みそうになるのを抑えきれない。
戻ってきたら、早く治るおまじないだと言って絆創膏の上から、ふれるだけのキスをしよう。