「やばっ」
現実でルークが発した声に、画面の中の小さな悲鳴が重なる。
まっすぐに飛んできた弾丸に貫かれ、携帯ゲーム機に映っていたキャラクターが弾け飛び、明るいパープルのインクがステージに四散した。
「フフフ……。逃がしませんよ、ボス」
リビングのテレビの画面では、楽しそうに笑うチェズレイが操るキャラクターが大型の狙撃銃を構えている。スナイパー役のチェズレイが睨みを効かせている間に、テーマパークを模したステージがチェズレイのチームカラーにどんどん塗り替えられていく。スタート地点である自陣に戻され、ルークは焦りと感嘆とを長い溜息に変えて唸った。
夕食後、ルークがリビングで一息ついていた時、そわそわとした様子のチェズレイにゲームに誘われた。一週間ほど前にルークがチェズレイの前でやってみせたゲームをルークの不在時に練習したので、一緒にやって欲しいという。海生軟体動物と人型を自由に切り替えられるキャラクターを駆使して広大なステージ中を駆け回り、カラフルなインクを射出する様々な種類の武器を用いて、ステージのフロアをチームカラーで侵食しあい陣取り合戦をするその対戦アクションゲームを気に入ったようで、仲間たちと同時プレイが出来るように携帯ゲーム機本体とソフトまで買ってきたという気合いの入れようだった。携帯ハードの方は既にルークの自宅のWi-Fiにも接続してあり、インターネットを介した同時プレイの準備も万端だった。
勧めたものをそんなに楽しみにしてくれていたのかとルークも嬉しく思いつつも、チェズレイにWi-Fiのパスワードの話をしたことはなかった気がするので、もはや今更と思いつつも一応軽くツッコミだけは入れておく。リビングのソファーに並んで座って、画面が大きいテレビと性能が良く使いやすいコントローラーは初心者のチェズレイに譲り、ルークはチェズレイの携帯機を借りて遊び始めてから三十分ほどが経過している。
「君、このゲーム知ってから一週間経ってないよな……? スナイパーライフル系は結構難しいのに」
「『初心者必見、徹底解説!』……と、銘打った攻略指南動画をいくつか観てみました。ワールドクラスのプレイヤーが、惜しげもなく知識と技術を開示して下さる判り易い解説が多くて助かります」
「普通はそれだけだと、デビュー一週間でこんなえぐい数のキルは取れないものだけどな……」
倒されたキャラクターが復活するまでの数秒、ルークは手元の携帯機から目を離してちらりとチェズレイの様子を窺う。射線を巧妙に隠して狙いを悟らせず、裏に回られて奇襲されないよう上手く立ち回っている。短期間でこれほど上達した背景にはもともとの器用さもあるだろうが、何より本人がとても楽しそうに遊んでいるのが伝わってくる。きっとそれが一番の秘訣だよな、と思いながらルークは戦線に復帰した。
結局この試合は、オンラインでランダムにチ-ムメイトが組まれたチェズレイのチームの勝利に終わった。ものの数分で一試合が終わり、何度も繰り返しやすいところも好感の持てるポイントらしい。バトルのマッチングは一旦止めて、ルークはゲームを始める前にチェズレイが用意してくれた冷たく爽やかなフルーツティーソーダのストローを咥えた。
「うまーい! ゲームが盛り上がるとやっぱり興奮するから、冷たい飲み物が有難いよ。……ビデオゲームなんて子供っぽい、って思われるかと思ってたけど……チェズレイが楽しんでくれていて、何よりだ」
「確かに縁はなかったですが、疑似体験で楽しませることに特化した遊びというものは、なかなかどうして奥が深い。私がスナイパーの真似事をする日が来るなどと、思ってもみませんでしたしね。狙撃手の思考は読めますが、実感を得たことはなかったもので」
「思考を読……まあ、ライフルを持つことなんて、僕だってないものな」
「ええ。銃は、苦手なのですよ」
柔らかな声で、何ということもないように告げられた言葉だった。その声音に、ストローを含んだままだったルークの動きが止まる。
視力と、思い出。現実で銃を操ることはきっともうないだろうチェズレイが、ゲームの世界では何も気にせず無邪気に遊んでいる。それ以前に、野望と理想のために本物の銃火に晒される日々を送っている彼が、武器を使って遊ぶゲームを今はただ純粋に楽しんでいる。
その意味を、全く意識せずにいるわけにはいかなかったが──ルークはもう一口余分に冷たいティーソーダを啜り、ソファーに置いていた携帯ゲーム機のコントローラーを握った。
「……よし! もう一戦だ、チェズレイ。今度こそ狙撃ポイントを裏取りしてやるからな!」
「果たして、そう上手く行きますかねェ……思考が読めるのは、狙撃手相手だけではありませんよ」
「さらっとおっかないことを! ……でも、それこそそう上手くいくかな? 遊んでいるうちに動きや考え方が変わって強くなるのは、ゲームも一緒だよ。君と僕で対戦したり、共闘したりしている間に、僕は君との戦いを覚えて変わっていく。君のやり方を覚えて、僕が変わって、その僕と戦った君もまた変わるんだ。このゲームだけじゃなくて、他にもオンラインで繋がれるゲームはたくさんあるから……」
ルークは一度言葉を切った。複雑なことを考えてしまっても、伝えるべき思いはシンプルなのだと自身で納得し、再び口を開く。
「だから、今年のクリスマスが終わって、君が遠くの国に旅立っても──また一緒に遊ぼうな。チェズレイ」
まるで、ごくありふれた友達同士のように。屈託なく笑いかけるルークに、チェズレイは柔らかな表情で目を伏せた。
「あり得ざるシチュエーションでのコミュニケーションを通して、ボスと私が互いに影響し合う……なるほど。ゲーム体験というものは、思っていたより、なお興味深い」
「でも君がこれを気に入ってるのは、ただ単に楽しいからだよな?」
「ええ。オンラインで通話しながら繋がる遊び方も良いのでしょうが、こうしてすぐ隣でボスのお顔を眺め、反応をリアルタイムで感じるのはまた格別です」
「ああ。こうやって、家でわいわいやるのって楽しいよな! ──さあ、次は同じチームかな。また、敵同士かな」
「ふ。……私はどちらでも結構ですよ。ボスと一緒に遊べるのでしたら。同じゲームをやったとしても、その展開は、この先ふたつと同じもののない貴重な時間なのですから」
言いながら、チェズレイがマッチメイクを開始する。そのそばで表情を引き締めながらも、どこかうきうきとしているルークの横顔にチェズレイは音もなく微笑んだ。
待機のためのほんの数秒の間すら、こうしてそばにいることは無二の時間だった。フリーのプレイヤーとのマッチングが成功し、その時間の終わりと試合の始まりを知らせるエフェクト音が、チリンと耳に心地よい音を響かせた。
*
「……とはいえ、あと三十分ほどでお開きにしてボスはベッドにお入りくださいね」
「さすがにもう、ゲームは一日一時間って歳じゃなくないか……?」
(2024.4.28)