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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    藍燐 芳しき人

    #藍燐
    bluePhosphorus

    「ツイてねえなあ、まったく」
     返事はない。誰に宛てたものでもないので、落胆もなかった。少しは落ち着くだろうかと鎖骨のあたりを数度叩いてみても、動悸の収まる様子もない。タッピング療法がアルコールの分解に繋がるわけもなく、早々に腕はソファの外へ投げ出した。
     燐音がふらつく足で寮まで帰り着き、ひと気のないブックルームに籠もり始めてから、既に幾ばくかの時が過ぎている。良い子の就寝時間だって超えているし、同室の二人は今頃夢の中だろう。
    「どうせ飲むなら楽しい酒を、つって。あちらさんも、そろそろお開きの時間かねェ」
     虚空に向けて嘆息を一つ。降りてくる息はどうにも酒臭い。大半が未成年の寮にこれを持ち帰りたくはなかったけれど、副所長サマ直々に野宿を禁じられているし、ホテルの手配も億劫で、合鍵はあっても家主不在のニキ宅で休む気にもならず。必然、馴染み深いブックルームを頼ったのだった。
     制御しきれない指でツキツキと痛む頭を乱暴に掻く。酒が抜けたところで、部屋に戻るのは面倒だった。ここのソファは案外寝心地がいいもので、とっくに一晩を明かすつもりで身を投げ出している。
     ロフトの隅ならば人目につかないし、もし誰かの入室があっても、ここへ来るまでに対応できる。幸い明日の仕事は午後からだ。朝、見つかる前に抜け出せばいいだろう。少しだけ残していた緊張をほどき、くあ、と大あくびをすると、小さな足音が聞こえてくる。
     手放しかけた緊張を再び引き締める必要はなかった。階段に敷いた防音マットをそろそろと登る気配は、燐音のよく知る子のものだ。
     ふと、明瞭さを失った思考で目線を巡らせる。燐音がここにいると、どこから聞きつけたのだろう。無自覚のうちに彼に帰宅を連絡したろうか。端末に触れた覚えはないが、通話履歴の多い彼へ、自身の知らぬ間にワンコール寄越すことも度々あった。アルコールに負けるとはそういうものだ。悔しいことに。
    「あっ、いた」
    「いたじゃねえだろ。良い子はねんねの時間でちゅよォ~」
     たしなめるふりをしながら、やはり聞こえた馴染みの声に、強張った体から力を抜いた。深く息を吐き出しながら、背中をコーデュロイに押し戻す。鳥の子色の髪を揺らし、小走りで向かってくるのは、部屋着姿の藍良だった。今朝方課題が終わらないと愚痴っていたけれど、ノートや筆記具のたぐいは見当たらない。教えを請いに来たわけじゃないらしい。
    「課題は? 終わったのかよ」
    「いちおう、へいき。ね、燐音先輩、今ひま?」
    「あー……」
     藍良の返事が一応、から始まるのは、大抵が誤魔化す時だ。教科によっては殆ど進めていない可能性すらある。それで何度か椚教諭に叱られているのだから、部屋を抜け出している場合じゃないだろうに。それに燐音も暇ではない。回復に努めなければならない時間なので。
     そう、突っぱねられる想定もしているだろうに、藍良はそわそわと話したそうな気配を隠そうともしない。煮え切らない返答のせいで、どうやら期待を抱かせてしまったらしい。燐音はきっと甘やかしてくれると疑わない愛らしさにゆるゆると締まりきらない口をそのままにして、半身を起こした。酒のせいで輪郭のぼやけて見える、丸っこい頬のあたりに視線をやる。
    「ね、話そうよ。せっかく燐音先輩のこと、見つけられたんだし、おれへのご褒美にさ」
    「しゅくだいサボりがちな藍ちゃんへのご褒美ねェ」
    「今回は終わらせたもん、ちゃんと! ね、ちょっとだけだから」
     大きな目はきっと、返事を待ちきれずに燐音を見つめているはずだ。こうなっては応えなければならないが、アルコールを入れた日はどうにも、あの翡翠の目をまっすぐ見られない。あれを覗いていると、見栄でまぶした本心をさらけ出してしまいそうになるのだ。普段なら、どうにか隠してみせるのだけど。
     風呂はもう済ませたろうし、体を冷やす前に帰らせなくては。藍良は明日も登校のはずだ。断る口実を探しながら、酒臭い息をなるべく吐き出さないよう、僅かに頷く。一人が気楽なのは変わらないけれど、人恋しいのも本当だった。
    「やった。じゃ、くっついてもいいよね?」
    「いや、くっつくったって……? ちょ、おい!?」
     藍良が動くのは早かった。答える前に乗り上げようとしている。ソファというものは寝そべり合って密着するようにはできていないのに。
     慌てて背もたれ側へずり寄ると、僅かに開けたスペースも惜しむように詰められる。全体重を寄りかかってくるものだから、胸を押されるかたちになって、ぐえ、と情けない声を漏らしてしまった。藍良はごめんごめんと軽く言いながらくすくす笑っている。必然的に目を合わせることになって、機嫌を良くしたらしい。小動物じみた警戒をするくせ、慣れた相手にはこういうところがある。
    「藍ちゃんさあ。まさかと思うけどぉ、一彩と間違えてねェ?」
    「? ヒロくんにこんなことしないよ」
    「ああ、そぉ」
     ここまででないにしても、あいつも結構理不尽に扱われている気もするが。血縁だろうが、あいつを俺の支配下に置く気はないし、自分の足で歩き始めた弟は、もう、過剰に庇護してやる必要もない。当人が修正を求めていないなら介入する理由もないので、ただ頷いておいた。
     中途半端な体勢で寄りかかるまま、離れようとしない藍良を抱え込もうとして、やめる。今密着状態でバランスを崩すと、支えきれずに自分ごと落っこちてしまう。それなら多少苦しいほうがましだ。
    「藍ちゃん、ちょっと離れて」
    「えっ、もう? おれの用事、終わってないんだけど」
    「ちーがうっつの。ほら、一瞬だから」
     甘えたがりを一度離れさせてから、肘掛けの合間に収まるよう体をずり下げた。ついでに脚を投げ出す。頭を上げているより、この方が楽になるし。
    「お話したいんなら、おにーさんの腹の上どうぞォ」
    「なんだ、やっぱりいいの? んじゃあ遠慮なく」
     冗談半分、腹をさすると、妙に嬉しそうな笑顔で跨ってくる。カメラなどはないとはいえ、共有スペースでよくもまあ。リスクを思い浮かべはしても、カワイイ彼氏様を拒めないところをみるに、やはり酔いはまだ抜けそうにない。我ながら情けない。
    「……ちょっとくらい躊躇えって」
    「ええ、燐音先輩から言ったのに。ていうか、くっつくのなんて今さらじゃん」
    「親しき仲にも礼儀あり、って知らねェの?」
    「知ってますゥ。甘えてるんだからかわいがってよ」
     身を投げ出せるベッドと、縮こまったソファで重なるのじゃ違うだろうが。抗議を続けようにも、藍良はさっさとスリッパを脱ぎ捨て、寝転ぶ姿勢に戻った燐音の上へじょうずに乗り上げている。
     上体を倒しての、ラッコ親子のまねごとを今夜の定位置に決めたらしかった。安定位置を探してもぞつくのを眺めながら、行き場を失った腕は頭上にまとめて、好きにさせる。藍良はそのまま、そろりそろりと燐音の頬や髪を撫でさすってくる。
     ゆっくりとそうされるのがもどかしいような、心地いいような。こみ上げるものがあるのはこの手を望む己がいるせいか、ただ酔いからくる熱か、判別がつかない。
    「なに? ヤりてえの?」
     これは冗談。共寝をしたのだって両手に収まる数だし、関係だってまだキス止まり。それだって燐音にとってはずいぶんな掟破りだが。そもそも、アルコールを入れた日は唇を触れ合わせるのもお預け、と言い含めてある。言えた義理ではないが、成長途上の体への悪影響はなるべく減らしたい。
    「なわけないでしょ。ただの手当て。なんか、気持ち込めてなでてあげると、リラックスしてもらえるんだって」
    「ああ、なに、リラクゼーション?」
     藍良もからかい文句として言うのを知っているから、反論の声も穏やかなままだ。
     その気はないのか、と少々落胆している自分には気付かないふりをする。
    「ふゥん……藍ちゃんも、そういうお勉強してんだ」
    「勉強ってか、ネットの受け売りだけどねェ。どう? きもちい?」
    「ン〜……」
     聞いた内容には覚えがあった。故郷でよく自らに施していたものだ。よその幼子たちは当たり前に与えられる親の慈しみというものを欲して、物陰で自ら頭を撫でてみたり、鍛錬で得た傷に手のひらをかざしてみたり。なんとなく効く気がして、一彩やニキにもしてやったっけ。
     こちらに出てきてからふと興味が向いて、癒やしやらセラピーについての論文を読んでなお効果のほどへ確信はなかったけれど、される側になって深く実感するものだったらしい。藍良の、この子の思考のすべてはわからないけれど、燐音を想って、触れてくれている。その事がやけに嬉しい。
     意外と皮膚の硬い指先が触れるたび、穏やかな喜びがじわりと広がっていく。肉体はまだ不調を訴えているけれど、心がほんのりと満たされていくのがわかる。ニキ風に言うなら、「みんなの笑顔でお腹いっぱい」のような感覚だ。ファンのくれる愛とは、もちろん、別種の尊いものだけれど。
     安堵にあらがえず、なおもぼやける視界の中で藍良が微笑んだ。
    「ふふ、ちゃんと効果はあるみたい。ね、まだ触っててもいい?」
    「……ん……うん……続けて」
    「ふふふ。はァい」
     指の背が頬をくすぐり、髪がそっとすくい上げられる。もう少し長ければ毛先にキスでもされそうな恭しさだな、などと考えていると、伸び上がった藍良は頬についばむようなキスをした。ここなら構わないでしょうと言いたげな恋人に、こちらにも、と反対の頬を視線で示すと、そちらも薄い唇で触れてくれる。
    「藍ちゃんのえっちぃ」
    「えっちでいいよーだ。ね、もうちょっとこうしててもいい?」
    「ン。お好きにどうぞぉ」
     撫でつさすりつ、ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音で唇が降り注ぐ。普段あたたかく心地良いそれらは、今は少し冷たいくらいだった。まだまだアルコールは抜けそうにないが、気分はずいぶんましだった。首筋や体には降りてこない、欲のない手のひらに、藍良の目論見通り安心して、目を閉じる。愛を注いでくれるそれにわだかまっていたものが解かされていく。このまま眠るのも悪くない。
    「いつもより顔、熱いね。そんなに飲んじゃったの?」
    「……おー、大人のお付き合いってやつでな。燐音くん、ちょっぴり羽目外しちまったの」
     正確にはガス抜きの共と言うか。メンバーの半数が未成年の都合上、間違いを起こさないよう、酒の席には俺だけを呼んでくれるよう仕向け続けた成果で、スタッフ同士の気楽な飲み会にも誘われるようになっていた。すべてにとはいかないものの、人脈づくりも兼ねて要所要所で参加するようにしている。末端からの視点や情報収集も、案外ばかにならないのだ。
     上司の監視がないだけで口を滑らせるスタッフはそこそこいるし、おかげで副所長サマへの土産話もいくつか作らせてもらった。酒を楽しみつつ、うまい汁を吸うにはもってこいだけれど、そのぶん想定外に遭う数も増える。今夜の失態も、ごくプライベートな場でのことだった。
    「また誰かかばったんでしょ。いつもの燐音先輩なら、こんな真っ赤なまま帰ってこないし」
    「まっさかァ。俺っちのこと、買いかぶりすぎじゃねえ?」
     けれど実際、その通りだった。悪酔いした一人がおとなしいスタッフへ強引に勧めるボトルを奪い取り、場をしらけさせない程度に煽ったのだ。運の悪いことにこれが少々強い酒で、計算していた許容量を超えた。二軒目を断ってふらふら帰宅したのもそれのせいでだった。騒ぎの発端人は寝ぼけているのをタクシーに押し込まれていたから、残った面々も以降は平和に楽しんだはずだ。
     また、と言わせるほどこの子の前で酔いどれてはいないのに、藍良はどこからか燐音の失態を嗅ぎつけてくる。正義漢のつもりで誰かを助けているわけではないけれど、妙な行動力のある子だし、経緯を話して、いつか真似でもされたら困る。
     さてどうはぐらかしたものかと、撫での止まっていた手を掴んで頬を擦り寄せる。素直に甘えて見せたのだ。これで誤魔化されてくれないだろうか。望み薄で覗いた翡翠の瞳は、静かに燐音を見つめている。
    「心配されるの、やだ?」
    「……やだっていうか……」
     いたたまれないのだ。さんざん、格好つかないところを見せてはいるのだけど。
    「……べぇつに。せっかく二人きりなんだし、野暮な話はよそうぜ、なあ?」
     ああ、いつもならもっと口が回るのに。出てくるのは下手くそな言い訳だけ。言い淀むうちに次の誤魔化しも言えなくなって、酔いが回ったふりでまた目を閉じる。実際、居残ったアルコールが意識を揺らし始めている。
     せっかくうまかったのに、この有様じゃあ外では避けた方がよさそうだ。あれはなんという酒だったっけ。
    「ねえ、照れてないでこっち見てよ。喧嘩しに来たんじゃないんだから。褒められたくないんなら、もう言わないよ」
     照れて、いるんじゃあないが。いや? そうなのか? どうして聞かないふりをしているんだっけ。ああ。だめだ、考えがまとまらない。それでもはっきりわかることはある。藍良はどうやら、本気で燐音を癒したかったらしい。
    「俺っちのこと、ただ撫でに来たわけ?」
    「うん。最近疲れてそうだったし、燐音先輩が元気になりますように〜って。なんか、言い訳しだしたからまちがえちゃったかもって焦ったけど……さっきの、ほんとに効いた?」
     効いたとも。意識が降りたままうまく持ち上がらない。ずいぶんリラックスさせられて、おまけに酔いどれるざまも晒してしまうくらいには。
    「あっ、でもここで寝ないでよ。あんた重いんだから、部屋まで連れてってあげられないんだもん」
     癒しに来たのに無茶を言う。横暴な言葉に、取り繕おうって気力もすっかり失せて、燐音は思わず笑った。言うだけ言って、用事は終わりだと帰ろうとするのを、ぎゅうっと抱き締めて引き留める。
     細く小さく、無限の可能性を持つ体。エゴで傍に置きたがって、少年の未来を閉ざしたくはない。それでも、藍良が望んで羽ばたくまでは。まだ、手のかかる男を案じてくれるあいだくらいは。もう少し、我儘を言ってもいいのかも。
    「な、一緒に寝ようぜ。あったかいから平気だろ」
    「ええ!? ちょっと! おれ、明日の準備もしてないんだけど!?」
    「朝飯前には起こしてやるって。燐音くん、早起きは得意なンだよ」
    「ええ……? もう。しょうがないなあ……」
     ろくな抵抗もせず、ここへいてくれる藍良はきっと、己がどれだけのことをしているかを自覚していない。燐音だってまだ、この、胸を占める幸福を伝えるすべを持っていない。
     ああ、無性にキスがしたい。あれは言葉で伝えきれない想いを渡すのに適している。
     自ら制約を破るのは、燐音には難しいことだった。愛しいこの子が成人するのは、一体何年後だったろうか。
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