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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    藍燐 ハビダブルゾーン

    #藍燐
    bluePhosphorus

     腹の虫をなだめながら共有ルームの食品庫を眺めている。ぎゅるると底から響くような音の原因は、朝からろくに食べていないせいだった。
     同室の先輩はどちらも数日前から泊まり込みの仕事でおらず、朝食を抜きがちな藍良の腹にも優しい食事を整えてくれる年長二人は朝から夕方までの収録で、同じくオフの一彩は朝から出かけているはず。部長からの誘いがあったんだよと嬉しそうに教えてきたものだから、どこへ向かうのだとか、昼食もどこで食べるつもりだとかの、大体の予定も藍良の頭に入っている。こちらも帰りは確か、夕方になると言っていたか。予定が合えばよく一緒に出かけるこはくもHiMERUとの仕事だと言っていた。燐音は知らない。筆まめなくせに、会えない日はとことん音信不通だから。
     つまり、皆の帰宅まで藍良は一人だ。嬉しいことに随分貴重になった一人きりの時間は、あれこれと集めたグッズやライブ映像を楽しむために使おうと決めていた。その為に、今週の課題だって、昨夜のうちに終えたのだ。
     起きてまずはベッドの中でSNSをチェックし、推したちの可愛らしいやり取りにひとしきり喜び尽くしたら、ランダムブロマイドの開封式。交換取引の難しい立場になってしまったから、最推しのものはなんとしても自力で揃えなくてはならない。いや、推したちに優先順位などないのだけど!
     汚れてしまわないようファイルにまとめ終えたら、満を持して届いたばかりの円盤の再生。臨場感あふれる映像にほうとため息をつくと、力を抜いた拍子に、腹の虫がきゅるると鳴いた。
     そういえば、朝からろくな食事をしていない。ジュースや菓子は合間につまんだけれど、それで腹は満たされない。人間としての生活を捨てるつもりはないけれど、一人での食事は億劫なのだ。
     それでも悲しいかな、気づいてしまった空腹は消えてくれない。どころか、自覚したせいでますますひどい音になった。一人きりの部屋の自由を数日満喫したものだから、パンや菓子のストックも底をついている。手伝いでならまだしも、自分のために手間をかける気力もなし。パジャマから着替えてすらいないこんな状態では、外食も面倒くさい。せめて腹を満たせるぶんのインスタントをいただこうと、とぼとぼ部屋を出たのだった。
     壁の時計を見れば、十一時をいくらか過ぎていた。朝食には遅く、昼食には早い時間のせいか、共有スペースに人影はない。ゆっくり選べそうだ。今はお宝の山に見えるインスタントの前にしゃがみこみ、どれにしようかと物色していると、大きな手が藍良の頭を撫でた。
    「オハヨ。藍ちゃんってば重役出勤かァ?」
     燐音だ。いつの間にかそばにいるのはいつものことだった。つむじをくすぐるのはやめてほしいが、文句を言う気力もなく、顎を上げる。燐音の格好はパジャマ姿の藍良とほとんど変わらない、練習着のパンツに、ゆるキャラっぽい魚のイラストシャツ。あんまり似合わないし、燐音の趣味でもない。あおうみ水族館グッズの試作品だろうか。
    「ちがうよ、今日は丸一日オフなの。燐音先輩は?」
     話しながら、またきゅうっと腹の虫が鳴く。相手が燐音でなければ、誤魔化して逃げ出すところだ。藍良にとっての恥を見慣れている燐音はおお、とだけ言って、大きな手を藍良の腕に絡め、強引に立ち上がらせた。
    「俺っちもお休み。腹減ってんなら、ニキの飯食いに行こうぜ」
     なら、メッセージのひとつもくれればよかったのに。空腹ついでに余計なことを言いそうで、衝動の返事はよしておく。
     それに提案は願ってもないものだった。シナモンでいつもオムライスを頼む一彩の隣で食べるさまざまなメニューはどれに挑戦してもおいしくて、しかもそのほとんどがニキの提案だという。厳しいレッスンの褒美とまで拝むくらいのそれらを生み出した調理師直々の食事にありつけるなど、上等の休日じゃないだろうか。
    「おれ、お邪魔じゃない?」
    「ないない。腹空かせてる藍ちゃん放って俺っちだけたかりに行くほうがあいつも気にするっしょ」
    「ん……じゃあ、ついてこっかなあ」
     迷ってみせるのは振る舞いだけで、もう心は食事のほうに向いている。一人だとあんなに面倒だったのに。自由を満喫しておいてなんだけど、結構さみしかったらしい。
    「お〜。んじゃ、一名様ごあんなァい」
    「あはは。なにそれ、にあわないの」
     肩を抱いてくるりと方向転換する燐音に従って藍良も歩き始める。空腹のせいか狭い歩幅で歩いても、さり気なく合わせてくれている。嫌な手つきも多いけれど、こういうところがやっぱり好きなのだ。
    「椎名先輩もオフなの?」
    「んや、飯終わったら出勤。シナモンの方だってよ」
    「朝から一緒ってわけじゃなかったんだ?」
    「そ。どうせ一人じゃろくに食わないだろ、今のうちに食べに来いって呼び出しくってんの。ニキちゃんってば束縛キビシ~からさ」
     混雑具合を見てか、キッチンスタッフの事情が変わって出勤要請が下ったんだろうか。アイドル仕事による調整が効くぶん、オフにもたまにそういうことがあるのだと、一彩から聞いたことがある。軽く愚痴を言いながらも、最後にはやる気十分で出立するのだとか。料理の腕の上達は必要に駆られてだったそうだけど、自分も提供相手をも笑顔にしているのだから、ニキこそ好きこそものの上手なれを体現している。
     メニューはなんだろう。彼らの部屋は皆よく食べるから、食材には困らなさそうな印象がある。できればオムライスだと嬉しい。

     勝手知ったる、と言えるほど訪れた部屋の呼び鈴を燐音が押すのと、ほとんど同時にドアが開いた。足音を聞いて歓迎してくれたのではなく、ちょうどタイミングが重なっただけのようだった。一歩下がった住民の大きな目が、状況を飲み込もうとするようにぱちくりと瞬く。
    「あれっ、燐音先輩? 藍良くんも! こんにちは〜」
    「あっ、こ、こんにちは!」
    「お〜ヒナ。朝っぱらから元気だねェ」
    「あはは、もうお昼前だけど?」
     賑やかに出迎えてくれたのはひなただった。ちょうど出掛けるところなのか、すっかり着替えを済ませて、大きなリュックを背負っている。
    「ああ、もしかして椎名さんに用事? 追加のごはん作ってるのって、二人のためだったんだ」
    「ま、そんなとこ。ヒナはもう食べたんか?」
    「うん、今日もいっぱいね。椎名さーん、お客さんですよ〜っ」
     ひなたが今も調理中らしいニキへ呼びかけると、
    「あがってもらっちゃってくださーい!」
     誰とも問わず、陽気な返事が返ってくる。賑やかな星奏館でよく見る光景だ。藍良のように、ラフな格好で私室を出入りするのも。
    「だって。どうぞ?」
     ひなたに気にする様子はないけれど、先輩の部屋にパジャマのままお邪魔するのはよくなかった。強引に誘われた絵面とはいえ。今更ながら反省するも、燐音に抱え込まれているせいで隠れられない。せめて背中にかばってくれたらいいのに。
    「藍良くん、可愛いの着てるねえ」
     うつむいていると、藍良を構うように、ひなたが明るい声を上げた。空耳ではない。間違いなく自分を呼んだ。弾く勢いで顔を上げる。
    「へっ? えと、スウェットですか……?」
    「その色。すっごく見覚えあるな〜」
     ひなたの視線を追って胸元を見下ろす。そういえば、今日の部屋着にはちょうど彼のメンバーカラーが入っている。胸部を横切るラインのあざやかなピンクはサンプル画像ではもっと、こはくの色に近いパステルピンクだった。購入目的と違うものだし返品も考えたけれど、着心地の良さと、ひなたの笑顔を思い出せるのとで、すっかり愛用している。
    「もしかして、俺に見せに来てくれたんだったりする? な〜んて」
     カメラに映るときよりも先輩らしい顔をして笑うひなたは、それでもやっぱりアイドルだ。安心して、つられて申し訳無さも払拭されていく。知らずこわばっていた体から力が抜けて、ふらつくのを燐音が支えてくれる。
    「えへへェ。そうかも。お気に入りなんです、これ」
    「ほほう。お兄さん、趣味が良いですなぁ」
     肯定すると、ひなたの笑顔はますます色づいた。こんな間近でスマイルをもらえるとは。握手券もないのに棚ぼただ。もうこれだけで、ここまでついてきた甲斐がある。
    「おいおい、堂々と浮気すんなって」
     燐音だってさっき、ニキの束縛がどうとか言っていたくせに。そっちは浮気に入らないのか?
    「浮気って。俺はゆうたくん一筋だし。心狭いのは嫌われますよぅ」
     そうだそうだ。心の中でありったけ頷く。嫌いはしないけど、あちこちにモーションをかけるようなやり方にムカつきはするのだ。
     燐音がまたなにか言う前に、ひなたはひらりと廊下へ飛び出した。時計を気にしていたし、仕事か、誰かと待ち合わせだろう。引き留めるのはいけない。せめて彼に倣って、元気に見送ろう。燐音の胸に甘えるのをやめて、めいっぱい明るい声をあげる。
    「ひなた先輩! いってらっしゃい!」
    「いってきまあす。お二人とも、ごゆっくり〜」
    「慌てて転けんなよ〜」
     燐音のゆるい声にも背中越しに手を振って、一足飛びに駆けていく。さすがの素早さで、ひなたの姿はあっという間に見えなくなった。
    「はあ。ひなた先輩、今日もラブかったぁ」
     いつだってどこだってアイドル。さり気ない気遣いにも感じ入る。目を閉じ、胸に手を当てファンサービスを反芻していると、ずしりとなにかが伸し掛かってくる。もちろん燐音だ。おんぶをねだる恰好で、なあ藍ちゃん、と呼ぶ声はすっかり拗ねている。冗談めかした浮気発言は、どうやら、けっこう本気だったらしい。
    「なァんでヒナにはかわいこぶんのよ。燐音くんにも恥じらえっての~」
    「あんたはいいの! 気負いすぎんなって言ってくれたじゃん」
     というか、恥じらえはこちらのセリフだが。歳下に甘えるのは恥ずかしくないのか?
     何度目かの反抗を飲み込んで、動こうとしない燐音を引きずりながらどうにか進む。ドアを開けておいてくれて助かった。相伴に預かろうとする立場で言うのもなんだが、ニキの仕事の予定まで崩したくない。
    「く……う、ちょっとォ! 自分で立ってってばァ!」
    「や~だ。今度は藍ちゃんが案内する番っしょ? 部屋ン中まで連れてって~」
     痛かったら甘えなくなるだろうと踏んだのに。機嫌はいつの間にか直ってるみたいだし。なにが気に入ったのか燐音は離れてくれない。まだ無駄に長い脚をずるずる引きずっている。
    「んぎぎ! ッ、ぐぐ……!」
     ああ、重いなちくしょう! 落ち込んだ一彩もひっつき虫だったけど、兄のほうは体重をかけてくるのが面倒くさい!
     いっそ落としてやろうとしても、がっつり抱きつかれてるせいで腕をふりほどくのすらぜんぜん無理だ。ばかぢから兄弟め。
    「がんばれ、がんばれあ~いちゃん♡」
    「うっさい! ほら、立って!」
     どうにか入室して、肘鉄を食らわせても離れない。こうなったら燐音はしつこいのだ。諦めて室内を見回す。片付いている、というよりは物の少ない部屋には、たまごを焼くいい匂いが漂っている。ケチャップライスの、酸っぱいのと甘いのが混ざった食欲をそそる香りと、それからスパイスらしき不思議な香りも。一彩の隣でよくかいだものと似ている。
     どうやら、作られているのは食べたかったメニューかもしれない。嬉しくなって、思わずわあっと声を上げると、燐音の大きな手が藍良の髪をくしゃくしゃと乱した。
    「ご苦労さん。藍ちゃんさあ、もちっと筋トレ増やそうぜェ」
    「はあっ? 運ばせといてなんなの……」
     さっきまで甘えんぼうだったくせに、さっさとキッチンのほうへ歩いていく。このやろう。やられっぱなしでむかつくし、燐音にこのあとの予定がないなら、礼だと言って部屋に誘ってやろうかな。それで少しは取り乱せばいい。
    「お〜ニキ、飯くれ〜」
     藍良がささやかな復讐(?)を企んでいるなどつゆ知らず、燐音はキッチンに向かって横暴でわがままなアイドル屋さんの声を上げた。今度は藍良がひっつき虫になって、背中越しにキッチンを覗き込む。
    「やぁっと来た!? 全然来ないもんだからお弁当にでもしてこうかと思ってたんすけど。あっ、白鳥くんも来てくれたんですね!」
    「おじゃまします。えっと、おれもお昼ごはん、ご一緒してもいいですか? 燐音先輩が連れてきてくれたんですけど……」
    「もっちろん! みんなで食べるともっとおいしくなりますからね。新商品開発でいろいろ作ったのがあるんで、試食してくれると僕もありがたいっす!」
     アイドルスマイル二連続。まぶしくて崩折れる藍良に動揺することなく二つ返事で歓迎してくれたニキは、手早く小さめのオムライスを提供してくれた。スパイス香の正体はカレー粉で、ケチャップライスの隠し味にいくらか加えているんだとか。ケチャップにカレーを組み合わせる発想はなかったけど、口の中に幸せの味が二重に広がっていくようだ。おいしいですと素直に伝えると、上機嫌で食後のデザートまで出してくれた。苦すぎない、生クリームたっぷりのクラッシュコーヒーゼリー。こっちは趣味の産物だそう。
     この後のことも考えていたのに、すっかり堪能してしまった。この部屋って居心地がいい。空腹も心もすっかり満たされて、さびしさはすっかり消えていた。
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