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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    甲操 Buon appetito!
    バレンタイン

    ##甲操

    2021.02.28

     島中浮足立っている。年末年始の行事を終え、福を願い、ようやく訪れた俗っぽい行事だからだろうか。移り住んだ料理上手の誰だかが開いたらしい、菓子教室とやらの影響もあるかもしれない。隔たりなく交流できる今日を迎えてから、なんだか地下のアルヴィスまでチョコレートの香りに包まれているような気さえする。
     そんな日にふさわしく、朝から襲撃の予兆もない。皆、思い思いに一日を過ごしていた。
    「甲洋くんはもうもらったのかい?  毎年すごいんだって衛が言ってたんだが」
    「ええ、まあ。有り難い事に、いくつか」
    「なんだ、隅に置けないな。受け取るのも誠意のうちだぞ。なーんてな」
     隅に置けないのはあなただろう、の言葉はどうにか飲み込んだ。からかい混じりの小楯さんも、それなりの「気持ち」を寄せられている。残りの人生はファフナー一筋だと公言している彼に渡す以上、進展を求めてのものではないんだろうが。
     整備に戻る背中を見送ってから、彼の誠意の成果の一角にメモ付きの箱を一つ加える。
    『珈琲楽園海神島店より、ご愛顧ありがとうございます』。休店日ゆえオーナー手ずからお届けしました、なんて。
     バレンタイン。剣司や衛に特に絡まれた日だ。何を返せばいいのかわからなくって、最初は宛名と手紙を添えてくれた人にお礼を言って回ったっけ。国によっては世話になった人や感謝したい人にも贈り物をしていい日だったと教わったから、今年はそれにあやかって、朝からアルヴィスを歩き回っては御門やに依頼した小分けの菓子を配っていた。小楯さんに渡したものが常連向けの最後分だった、のだけれど。……出掛けよりも紙袋が膨らんでいるのは、気のせいじゃ、ない。アルヴィスへ辿り着くまでの日の下で数人にほぼ押し付けの形で渡された大箱や、お礼としてその場でくれた小箱、それを見ていた新顔の通りすがりによるいくつかの中箱。御門さんが忍ばせてくれていた三枚目のおかげであふれずに済んだ甘味の数々に小楯さんは気付かないふりをしてくれたけれど、これらを受け取る際、誠意と呼べる対応をできていただろうか。
     贈られる気持ちは有り難いが、これ以上困る前に帰宅する事にした。とびきり苦いコーヒーを入れないと。
     
     ***
     
     店舗奥の住居スペースへ転移し、限界を訴える紙袋をそっとソファに寝かせて、ようやくひと心地ついた。隣室でショコラが寝ているから、乱暴に身体は投げ出せない。結局転移前から立ち通しのまま窓の外を見ると、まだ昼を少し過ぎた頃の明るさだった。もし、歩いてここまで帰ったならどれ程時間が掛かっただろう。常ならぬ力はむやみに使うべきではないけれど、今日ばかりは悪用させてもらってよかったはずだ。朝の道でそうだったように、こういう日は、一人が先陣を切れば、雪崩のようにあれもこれもと渡されるからだ。人の気持ちを拒まない、という形で誠意を見せるのはまだしも、本命の顔も見ないうちに消耗するのは、望ましくない。
     そうだ。今日は一度も来主の顔を見ていない。羽佐間先生も休暇をとっていたらしく不在で、様子を訊ねる事も叶わなかった。というか、予め確認するという事を失念していた。いつの間にか、二人とも望めばいつでも会える相手だと思い込んでしまっていたらしい。
     奴からのチョコレートは期待するべくもないが、それならば俺から渡してやろうと勢い付いてしまったチョコレートジンジャークッキー。風味をおもしろがって気に入っていた菓子を、今日にかこつけて作ってしまったのだった。
     ……実のところ、バレンタインに興味がないと言われたくはなくて、聞けなかっただけなのだが。目当ての相手に届けられるかもわからない贈答品が、無愛想なローデスクに置かれたまま、羽佐間先生用のジンジャーブレッドマンとおとなしく並んでいる。
     どう渡したものか。二人で示し合わせて今日を楽しんでいるならば、親子の時間を邪魔したくはない。渡したい気持ちもあるのは本当だから、こいつはいっそ自分で処分して、既製品を後日贈ろうか││
    『甲洋、いるよね? 受け止めて!』
     思考を吹き飛ばす強引なチャンネル開通は阻む隙もない。
     受け止めろとはどういうことだ?
     耳を刺激する転移の僅かな音を追って天井を見上げると、落ちてきた。
     ひどく無防備に、来主が、そらから。
    「ごめん、おねがい!」
    「わっ、おいっ……!」
     言葉よりも早く伸ばした腕に、甘い香りを連れてきた少年がうまく収まってくれた。なにやら白い箱を抱えている。御門やで見かけたばかりの、ちょうど、ホールケーキを収めるくらいの大きさだ。ケーキ用よりも少し薄い箱を潰さないようにと意識しすぎたのか、自分の負担を考えていなかったような体勢で、抱えられたままにんまり笑う。
     今日、見たかった笑顔だ。精神的なものだろうが、知らず強張っていた身体から力が抜けていく。
    「ありがとう! 人がたくさんいたから跳んで来ちゃった」
    「たくさんって、この店の表に?」
    「うん。柵も閉まってるからか諦めて帰るところだったけど。見つかったらきみにチョコを渡してって頼まれそうだったから、急いで跳んだの。……怒らないでね?」
     それで座標がズレたのか。箱で顔を隠そうとして丸まるさまがかわいらしい。なにか聞き逃せない内容もあった気がするが、済んだ事として処理しよう。今日この日に会いに来てくれて嬉しい、と浮かれる心を背中に隠して、頬に唇を寄せる。くすぐったがって揺らされる髪とおなじ匂いのする、箱の中身は手作りだろうか。
    「ちゃんと理由があるなら叱らないよ」
    「ええ、本当に? 甲洋っていつもすぐ注意してくるのに」
    「来主を心配してるからな」
     それよりも、どんな用事で?
     離れ難くて、抱き上げた格好のままソファに腰を下ろす。無茶をねだったばかりだからかおとなしい来主を膝に座らせて先を促すと、そうだった、そういえばと蓋を開けて見せてくれた。
    「これ、きみにあげたくて。できたてだよ」
     鼻孔をくすぐる青果特有の酸味と、濃厚なカスタードクリームの匂い。つられて存在感を強くするバターと小麦粉の香ばしさをいっそう素晴らしく魅せるとりどりの果物と、それらを朝日に照らされた海面のように輝かせるナパージュ。いつの日か、羨ましく眺めた雑誌の写真が現物になってここにある。
    「はい、どうぞ! ハッピーバレンタイン!」
     知ってたのか。脚をぱたつかせながら、驚く俺の沈黙に構わず言葉を続ける。ここの切り方は一騎が教えてくれて、ここはおかあさんがぜんぶ任せてくれて。そういや、タルトって案外時間が掛かるんだっけな。だから二人とも、朝から姿を見なかったのか。
    「それで、仕上げの光ってるのは全部僕が塗ったんだ。きれいでしょ!」
    「チョコレートじゃ、ないんだな」
     ああ、よくない言い方だ。喉がつっかえて、うれしいをうまく言えない。二の句を継げない俺に気を悪くしたふうもなく、むしろ先程よりもにやついてくふくふ笑う。そう言うと思った、なんて呟きながら。
    「甲洋はたくさんもらうって聞いたから、チョコ以外のものをあげたいなって、アーカイブをいろいろ眺めてさ。朝からおかあさんと作ってたんだ」
    「そう、なんだ」
    「うん! うれしい?」
    「うれしいよ、すごく。今日、一番嬉しい」
     喜びはうまく伝わっているだろうか。普段の人好きのする笑顔よりもどこか意地悪そうに、いたずらが成功したように笑っているだろう来主の顔を見られない。
     言い終えて満足したらしい来主が胸に寄り掛かる。スカーフになつくように、頭を擦り付けて、家から連れてきた匂いを移してくれる。
     お礼って、どう伝えればいいんだっけ。小楯さんの言う誠意を返すには。
    「俺からも、あるんだ。来主の為に作ったプレゼント」
    「ほんとう? お返しがもっと楽しくなるね」
     そうだね。たった四文字が言えなくて、小さな頭に埋まるように俯いた。心がふわふわ浮き上がって、抱えた身体ごと飛んでいるようだ。
     どうやら今は、俺が一番この島で浮かれてしまっているらしい。



    「クー? どうしたの、突然鳴きだして」
    「あの、羽佐間先生」
    「きゃあっ!? こ、甲洋くん!?」
    「えっと、驚かせてすみません。クーもごめんな。来主が寝てしまったので、連れて来ようと思って」
    「あら、ありがとう……でも、珍しいわね、甲洋くんがアルヴィス以外でその力を使うなんて。もしかして、何かあったの?」
    「あ、いえ、何も……ないんです。ただ、あの」
    「なあに?」
    「羽佐間先生にも、これを渡したくて」
    「あら! クッキー? この香り、この間操がたくさん食べてたジンジャーかしら」
    「羽佐間先生、紅茶を嗜まれるので。合うかなって。不格好だし、バレンタインには場違いですけど」
    「そんなことないわよ。素敵な日に気持ちが込められたものをもらえるのって、うれしいわ。さっそく夕食後に頂こうかしら。甲洋くんも食べて行くでしょう?」
    「ショコラが家で待ってるので……」
    「連れておいでなさいな。待ってる間に操を起こしておくから、みんなで一緒に食べましょうよ」
    「えっと」
    「ね?」
    「はい。……あの」
    「はあい?」
    「フルーツタルト……おいしかったです。すごく」
    「気に入ってもらえた?」
    「とても……」
    「おいしいって伝えてくれて、ありがとう。またきっと作るから、操から受け取ってあげてね」
    「はい。楽しみに、してます。……行ってきます」
    「ええ、行ってらっしゃい。すぐにおかえりを言えるって嬉しいわね。ねえ、操」
    「……うん」
    「ふふっ。二人とも可愛くって嬉しいわ」
    「おかあさんのいじわる……」
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