2021.11.05
水平線を明るく染めて日が昇る。お店の窓から本物は見られなくても、月とは違う黄色が裾を塗り替えていくこの時間が好きだ。一緒に眠るのも大好きだから、時々しか味わえないけれど。そのぶん、いつもの朝よりはしゃいでしまう。
窓を開けなくても、朝の空気は心地よく頬を撫でてくれる。すこし、冷たくて、冬に至る前の、まだ優しいぬくもりを予感させる、太陽が登り切ればなくなってしまう、ほんの短いこの時間が好きだ。
「甲洋、甲洋。朝だよ。起きて」
空が薄くなっていくのを眺めたあとは、ねぼすけを連れ出すミッションが待っている。濃い緑のシーツの上でおおきな体をたたんで静かな寝息を立てる青年を起こすのは、ちょっとだけ苦労する。僕よりも多くこれをこなす甲洋は、本人が思うよりずっと忍耐強い。起こされる時まで発揮しなくてもいいほどに。
揺らして、名前を呼んで、シワの深くなった眉の間をつつくとうなる。ぐずる姿は、いつだかに見せてもらった寝起きの衛一郎みたい。
「ね、良い天気だよ。カーテン干そうって約束したでしょ。甲洋が起きてくれなきゃ、一人じゃ開店までに間に合わないよ」
うゔ、と不機嫌な声を出して瞳が開かれる。彼よりも早く目覚めると、瞳に光がともる瞬間を眺められるのも好きだ。開き切ったカーテンから差し込む朝日を受けて、灰色混じりの茶色が琥珀のように輝く。とびきりきれいな僕だけの宝石に微笑みかけて、寝癖のついた髪を撫でる。
「おはよ、甲洋」
「……はよ」
「言えてないよう。あさごはん、作ってあげるから早く来て。お店のテーブルで食べよう」
「……ん……」
「あっ、もう。起きないなら変な服着せるからね!」
お布団に埋めた顔を上げる。変な服なんかないだろ、と訴えてくる瞳はまだ眠そうだ。
「きみが呼んでくれなきゃ、今日が始まる気がしないんだよ。早く起きて、僕を呼んで」
じゃあ起こせ、引っ張れとぱたぱた振る手を捕まえて、くるまったお布団からさらった体を抱き締める。あたたかい。命の音が、とくとく続く。
「おはよう、来主」
「おはよう、甲洋。いい夢だった?」
「ん……たぶんね」
そう言う日は、記録の整理も気づかないくらい深く眠っている。背伸びして、とろける頬にキスをして、もう一度。添えてくれる手のひらに頬ずりして、もういっかい。
「今日もよろしくね」
「明日も、だろ」
気が早いなあ。だけどそのとおり。僕たちの世界はこの先にだって待っている。