2023.02.01
意識がほんの少し浮上するちょうどの頃、不可思議な音が耳をくすぐった。敵意のない、その音の正体には覚えがある。この時間、ショコラは別室でおとなしくしてる。人の習慣をなぞる体の、腹の虫が鳴いたのでもない。聞こえたのは、来主が発する意味を成さない寝言だろう。
そっとまぶたを上げると、拳一つ分もない向こうに半開きの口があった。来主の寝相は大まかに二パターンあって、動くか、ちっとも動かないか。今日は動く方らしい。俺を抱え込むみたいにしながら、すやすやと眠りこけている。
「む……ぁう」
またなにか呻いた。続きを発しながら、寝返りを打とうとする体を抱き寄せる。意識をよそに置いているからか抵抗はない。ぽつぽつと発される音に意味を見つけたくて、もぞつく口へ耳を近づける。
「う、ん……ょ」
よ。洋服が欲しい? 夜空が綺麗とか。しょ、かもしれない。消毒。処理。食堂に行ってみたい。においと味に目をまんまるにしていた生姜なんかだったりして。
そういえば、今日は花火がしてみたいって言っていたっけ。冬には買えないとなだめるのに少し苦労した。睨むのをやめたのは、次の夏にやろうと約束してようやくだ。一緒にどうですかって、羽佐間先生を誘っているのかも。
寝息をかすかに鳴らしながら、合間に発する音をもう少し聞いていたくて、ぎゅうっと抱き締めながら、喉元に耳を寄せる。
あたたかい。柔らかい。皮膚の向こうには命の音がある。来主の、今は眠りにつく心も。波が引くように、思考も穏やかになっていく。子守唄を聞かせてもらえたら、きっとこんな心地なんだろう。
そのうちに再来する眠気に心を委ねるまで、そう時間はかからなかった。