2021.12.29
キスを重ねるごとに、器用な爪先がぷつ、ぷつとベストをひらく。布越しの冷えた空気が近付くのを少しだけ不快に思いながら、受け入れてくれる口内を暴く。
生ぬるい。俺より少しだけ低い総士の温度は、だからこそ興奮を誘う。
「ん……ふ、ん、んむ」
健気に応えようとする舌と、裏腹にもっと寄越せと引き寄せる強引な手に、こちらからも熱を与えるつもりだと髪をすくった時だった。
カツ、カツと軽い足音が二区画ほど向こうから聞こえた。女性の履物の音だ。誰かに見られてしまったらしい。
口止めをしておくべきだろうか。この、堅物が人目に付くところで行為に及ぼうとしているなど誰も信じないだろうけれど。
「甲洋」
音の出処を睨むと、構うなと言うように咎められる。怒りというよりは、拗ねているような声色だ。
「いいのか」
「いい。続きを」
ならばせめて、邪魔の入らないように壁向こうに行こう。どうせ、あと一歩の距離だ。進めばあとは誰の耳も届かない。誰にも、俺たちの時間を邪魔させない。口付けながら、パネルを叩いて無機質な白へ押し込む。
スライドの閉じた向こうで押し付ける壁は、廊下と変わりない色だ。数分前にここにいれば、あの、憐れな目撃者も生まれなかったろうに。
「最初からこうさせてくれれば良かったのに」
「お前も応えていただろう」
俺も悪いってか?
「自省の暇も惜しい。生きている間にお前をくれ」
「死にに行く男を抱く趣味はないよ」
「死にながら抱かれる趣味もないさ。生きる為にお前を寄越せ」
「……はいはい。仰せのままに」
暴く舌はさっきまでより熱い。俺だって、ベッドに連れて行く間も惜しい。欲しいのはお前ばかりじゃないのだと、上手に伝えられているだろうか。