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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    凪茨 あれほどファンのSNSは覗くなと
    +ほのかなジひ要素

    2022.05.20

    「気付いたことがあるのだけど」
     雑多な足音の行き交う事務所に青年の独白がぽそりと響く。発言の主は、黒革のソファに身を沈め、わざわざ自分とお揃いだ、と言って事務所用に購入したマグを両手に抱えて、にこりと微笑んでいる。
    「はあ。よろしければ、お聞かせ願えますでしょうか?」
     近頃自我の育ち始めた閣下が自ら発言する時は、大抵ろくな事が起こらない。わざわざオフに赴いてまで聞かせたがる場合ほど、だ。目の届かぬ場所で、他人に迷惑を掛けるよりはよほどましだが。
    「うん。私も、茨に聞いて欲しくてね」
    「でしょうね。それで? 一体どんな素晴らしい発見をされたんですか、我らが閣下は」
     聞く意思を示してから、つい先頃資料の届いたパソコンへ目をやりつつ耳を傾ける。この内容であれば新進気鋭のユニットへ任せても問題ない。単独では不安が残るので、念の為縁のある先達ユニットと合わせて推薦しておこう。
     仕事を阻まれるのは素直に困るし、不敬にとられかねないこの態度を許されるのだけは助かる。備え置いた野菜ジュースをおとなしく飲んでいてくれればもっと助かるのだけど。
    「ジュンが日和くんに向ける好意、あるでしょう。あれを共通認識として伝えられる言葉があるんだって」
    「はあ?」
     行き過ぎた敬愛以外にあれをどう表すというんだ。該当ユニットのリーダーへの連絡を済ませた画面から、なにやら楽しげに続けようとする青年へ目を向けた。
    「好意を伝えるものとされている言葉って不思議でしょう。はっきり好きと言わなくても、この言葉には心が籠もっていると皆が知っている。二葉亭四迷や夏目漱石が愛をうつくしい文字列に変えたように」
    「本人の翻訳そのままではないそうですけどね。実際がどうであれ、伝える為のものとして知れ渡っているのは大きいでしょうな」
     先程までちまちま口を付けていたマグは音もなしにテーブルへ預けられていた。お代わりが必要だろうか。それとも菓子を所望されたりして。ちょうどそちらも用意があるから、長居されるなら与えねば。
     自分も一息つこうと開いた冷蔵庫内でちょうど新品も冷やしておいたから、ドリンクを望むならばすぐにでも出せるけれど、今は話を聞かせるほうを重視しているらしい。
     ミネラルウォーターのペットボトルを携え、隣へ座って、とソファを叩く手を見ぬふりして、正面へ座る。
    「今度は言葉遊びへご興味を抱かれたんです? いつかEdenの作詞をお任せする日が来るかもしれませんな」
    「そうかな。私はまた茨が考えてくれた歌詞で踊ってみたいのだけど」
    「閣下の神々しさを歌詞といった短い中に内包させるなど自分の語彙からはとてもとても。今後ともプロフェッショナルに依頼しますとも。それで? 肝心の言葉をまだお聞きしていませんが」
     ああ、そうだった、と開いた手のひらに拳を置く。古典的な動きだ。また、誰の影響を受けたのだか。
    「日和くんは、私たちを愛していると喧伝してくれるでしょう。ジュンも、ぎこちないけれど一生懸命、彼の魅力をファンに伝えている」
    「はあ。はい」
     ジュンが殿下へ抱く想い、の話ではないらしい。ならば口を挟む理由も特にない。いくら守秘義務の徹底している事務所でも身内の色恋話をされては困るとわざわざ仕事に区切りをつけたのだが、ただの世間話であるならば移動する必要もなかったかな。
    「他者へ彼を応援している、と伝えたい人のことを、推しと言うのだそうだよ。物にも当てはまるそうだけど、ファンのみんなは私たちの中の特別を示す言葉として扱ってくれている」
    「ええ。我々から提供するグッズの名称にも添えるものですし、身近なものですが、それがなにか?」
     パキパキと鳴る開封音に紛れて、ホールハンズの通知音が聞こえる。どちらのユニットリーダーからかの返答だろう。さっさと切り上げて確認しておきたい。
     自分が一瞬意識をよそへ向けたと理解して尚、なにかを自分に聞かせたがっているらしい青年は、よく冷えたミネラルウォーターを飲み下すのを眺めながら、話の続きを舌に乗せる。
    「つまり、茨が私の推しなんだと気付いてね」
    「はあ」
     はあ?
     なにを言っているのだこいつは。少女漫画めいた点描トーンを背負いかねないやさしげな微笑みを浮かべてまで。なにを言っているのだこいつは。
    「茨、とても頑張っているでしょう。なのに自分の活躍を隠したがるから、それがもどかしくて」
    「いえ、自分などまだまだ未熟者ですからこの程度頑張りにも入りませんが。……が、それがどうして、自分を推しと気付かれた事へ繋がるんです?」
    「推し、という言葉に興味を抱いて以降、えごさ、というものをしていてね」
     どこでした。余計なものを調べないよう端末にはフィルタリングを掛けていたはず。ジュンか? 殿下か? ともすれば同室のゆうたくんか、羽風氏に端末を借りたのか。手を貸すなと言い含めても、どこで破られるか知れたものじゃない。
    「それで、茨を、高圧的に見下すばかりの冷酷な人間……と思い込む意見が散見されてね。……なんだか悲しくなってしまったから、ああ、これが茨を推す気持ちなんだなと自覚して」
     して、じゃない。言えて安心したように目尻をゆるませるな。もう続かないとばかりに「茨、おかわりちょうだい」なんて声が聞こえるが、なんだ、俺にそれを聞かせてなにがしたい。
     幼子であればここで終いだろうが、管理下に置けぬほど妙な影響力を備えた男だ。望む方向性であるならいざ知らず、AdamひいてはEdenのイメージに不釣り合いなほのぼの話をそこかしこで好きにされては困る。はいそうですかと放り投げればどこで同じ話題を上げられるものかわかったもんじゃない。釘を刺しておかねば。
    「いやいや錯覚でしょう。自分に閣下御自ら推して頂く価値などありませんしそもそも世俗にまみれた「推し」という言葉など閣下のお口には似合いません。今回は特例としてお聞かせ頂きましたがよそでは口外くださいませんようお願いしますよ、ご理解頂けますね?」
     一言一句繰り返せる男は口をぽか、と開けている。なんだ。胸騒ぎがする。とっくにろくなものじゃないが、ますます嫌な予感がする。虫の知らせと言うには遅い。
    「でも、SNSに載せちゃった」
    「一体、なにをです?」
    「茨の寝顔」
     いつ、どこでなど愚問だ。問題はそこじゃない。
    「……ホールハンズにですよね?」
    「ううん。ファン向けの公式アカウントに、今日も頑張る私の推しって一文を添えて」
     なにをしてくれやがるんだこの男!
     殴りかかってやろうにも、生憎両手とも塞がっている。咄嗟に握り潰した開きっぱなしのペットボトルからぼたぼた中身が落ちていく。床に染み込んだ水が余計なイメージが広がっている様子を表しているようで腹の底がざわつく。
     おい、と怒鳴りつけようにも、それよりも火消し損なった自分の不甲斐なさに腹が立つ。乱凪砂という男の天然に振り回されるのは自分だけで十分だ。ファンに伝播させる必要はないというに。この、野郎。
    「……いけなかった? ゆうたくんに訊ねてみたら、「ファンサの一環としてアリ」とお墨付きをもらったのだけど……」
     多少大袈裟にぜい、はあと肩で息をして見せてもこれだ。いけなかった? じゃない。いけないに決まっているだろうが。後押しが俺への悪戯のつもりならばゆうたくんにも灸を据えておかねば。
    「一般的なユニットであればそうでしょうが、投稿する前にまず、我々の売り方にはそぐわないものであるという自覚をお持ちください」
    「……怒ったなら、消しちゃう? たくさん返事をつけてもらえているから、残したいな」
     起こされたものはしょうがない。間違いと言って消したところでネットの海には魚拓が残る。訂正したところで妙な勘ぐりの隙を与えるだけだ。都合よく受け止めさせなければ。再発防止に努めよう。とにかく今日はそれで収めよう。案件が山積みなのだから、いくら乱凪砂といえど彼にかまけていては終わるものも終わらない。
    「自分の写真、まだお持ちですか」
     ズカズカ大股で詰め寄ろうとも動揺すらしない。しおらしく落ち込んで見せても、話が終われば反省の色を見せないのでこちらが疲れる。ああだから、最低限のエネルギーで済ませようと思うのに。困った事に、彼に振り回されるのにはいつまでも慣れないものだ。
    「うん。最近、茨を撮るのが楽しいから」
    「光栄です。では今回のお説教は今後一切自分のプライベート写真をファンには見せないという事で手を打たせて頂きましょう。よろしいですね?」
    「いいの?」
    「今回限りですからね! 次はありませんよ」
    「うん。茨の可愛いところを見せられたから、それでいいよ。ありがとう、茨」
     予想外の動きは困るが、聞き分けの良いところはいい。
     自分の就業時間中は事務所で過ごすという閣下にドリンクのお代わりと、椎名氏に伝授されていたおからクッキーを与えて通知の続くパソコンに向き直る。仕事を割り振ったどちらのユニットからも色好い返事が届いていた。
     ああ、疲れた。ライブのひとつもしていないのに、大仕事をいくつもこなした気分だ。
     一切解決はしていないし、殿下のアカウントを借りてまで数日も経たず推し、と乱用されるようになるのだが。
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