2023.02.24
目元を染め上げる
お酒が入らないと
平熱より温かい体に覚束無い足元。フラッシング反応でほのかに赤く染まった目元。なにより、人を杖代わりに寄りかかってくる態度。甘え下手な甲洋らしくない。わかりやすく酔っている。
「わ、っとと」
「危なっかしいな。呑み過ぎじゃないのか」
転びそうになる腕を掴んで引き留める。どうにか踏ん張ったものの、重心の安定しない男を支えきれるほど力に自信があるほうでもない。寝落ちでもされたら論外だ。車を拝借してくるんだった。
「おい。聞いているのか?」
「ん〜?」
なんて体たらくだ。酒は人を変えると言うが、こうまで頼りなくなるとは想像もしなかった。先に齢二十を迎えた甲洋から迎えに来てくれ、という連絡を受けた時点で嫌な予感はしていたけれど。
「きい、てるよぉ。なんか、ふわ、ふわするけろ……」
呂律まで怪しい。一体どれほど飲んだのだか。時折膝まで持ち上げてスキップしようとするが、浮かれる気分と裏腹に質量は変わっていないのだ。つまり重い。揺れるせいで余計に。真っ直ぐに歩けとは言わないが、せめて暴れないで欲しい。
密着でもすれば少しはましになるだろうか。肩を貸して腰を抱くと、少なくとも左右に揺れる気はなくしたようだった。ますます体重を寄りかけてくる男の腹を押す。
「起きているだろ。自分で歩け」
「総士、なんか、つめたい」
「お前が熱くなってるんだ」
今のうちにとタクシー乗り場に歩を進めると、ちょうど先客を迎えた車体がネオンの道へ出ていくところだった。次が来るまで眠らせないようにしなければ。
「甲洋、お前は今日が初飲酒だったな?」
「う、ぅん」
「羽目を外しすぎるなと忠告した筈だな?」
「……んん? そうだっけ……」
覚えていないのか、数時間前の会話を引っ張り出せないのか、とぼけた物言いをする甲洋の横顔を眺める。あちこちに視線をやって落ち着きはないし、呑み込んだアルコールを逃がすように頻繁に息を吐く。
酔っ払いというよりは、緊張を隠し切らない時の様子が近い。ちょうど、好意を告げられた時もこんな態度だった。迎えに駆り出された駄賃をまだもらっていない。少々鎌を掛けてみよう。
「お前、僕以外にそんな姿を見せたのか?」
「そんな、って?」
「世話好きな奴が可愛らしい顔を晒してるんだ。介錯したがる奴もいたんじゃないかと聞いている」
酔いが強ければおそらく変わらない。酔っている「フリ」をしているなら動揺するだろう。アルコールに負けているのも嘘ではないだろうが。果たして狙い通り、あらぬ方へ視線を向ける。
「べ、つに、いつもと、かわんないよ。ちょっと、気分よく飲んでただけで……」
どうやら、酒が入れば誤魔化すのが下手になる質らしい。呂律を失ったのや、大袈裟にふらついてみせたのは演技だろう。
「それで、ふりをして呼び出した理由は?」
「今日、泊まってけよって。最近、誘えてなかったし」
「……それだけの為に?」
「だけってなんだよ。一大事だろ……」
送ってもらえば帰りの手間が省けるし、などぼそぼそと続ける。メッセージ一つで済むもので酒の力を借りるとは、まったく妙なところでいじらしい。
酔うふりは諦めたのか、こちらを伺う目のうるみは返事を待つ色に満ちている。恋人に頼むというよりは、おやつをねだって甘える子犬のようだな。
「素面で言えたら、応えてやる」
僕の為に思考を巡らせたことはともかく、妙な酒癖をつけられたら困る。言い直しを要求する間に、タクシーのヘッドライトが迫っている。
「……俺の朝飯作ってください!」
「いいよ。材料は?」
「ある、大体、なんでも……お前の得意なやつ、頼めるように……」
下準備は万全らしい。そのくせ、最後の詰めだけが甘いのだ。
「次は、酒に頼らず誘え。わかったな」
「……努力する」
「返事は一つしか受け付けないぞ」
「……わかりました! その代わり、絶対断るなよ!」
「ああ。善処しよう」