どっちが好きなの?「どっちがいいと思う?」
ポップの問いかけに、マトリフは渋々本から顔を上げる。ポップは二種類の手袋を持っていた。
「どっちも同じだろ」
マトリフはさっさと視線を女性の裸体が並ぶ本に戻す。すべすべツヤツヤの肉体、添えられた淫靡な台詞。やはり何度見てもそそられる。
「ちゃんと見てくれよ」
ポップは持っていた手袋をマトリフの眼前に突き出す。それはどちらも魔法使い用の魔法耐性が高い手袋だった。片方は燃えにくい素材、片方は凍りにくい素材でできている。ポップは近々ダンジョンに行くらしく装備の相談に来ていた。
「お前は火炎系をよく使うんだから燃えにくいほうがいいだろ」
「でも今は氷系の特訓中だからそっちをよく使うんだよな」
「じゃあそっちにすりゃいいじゃねえか」
「でもな〜こっちの手袋はフィット感がイマイチっつうか」
文句の多い弟子だとマトリフは思う。ポップは朝から道具箱をひっくり返しては装備品を試していた。どの装備品も昔マトリフが使っていたもので、どうせすぐにお迎えが来るのだからと、マトリフは溜め込んでいた道具類をポップが好きに使えばいいと言ってあった。
「そりゃその手袋はオレがガキの頃に使ってたからな。お前にゃ小せえだろ」
「そうなの? じゃあこっちにしようかな」
じゃあってなんだよと思いながらもマトリフは手袋を押しのけて本へと視線を戻す。
「散らかしたもの片付けろよ」
「おれが散らかしたの半分くらいなんだけど」
言いながらもポップは散らかっているものを片付けていく。ポップのことを煩く思うこともあるが、修行を終えた今もこうして会いにくる弟子をマトリフも可愛く思っていた。
「おっとっと」
積み上げた道具を運ぼうとしたポップがバランスを崩した。そのまま道具は崩れて棚へとぶつかり、大きな音を立てて何かが割れた音がする。
「やべっ」
割れたものは音からして硝子だろう。硝子に入れたものなんてあっただろうかとマトリフは思う。
「余計に散らかしてんじゃねえよ」
「悪りぃ師匠。壊しちまった」
硝子瓶が割れて中に入っていた灰が道具箱の中に散らばっていた。その道具箱が何やら怪しげな煙を上げている。混ざってはいけないものが混ざってしまったようだ。
「これやばいんじゃないの」
ポップは慌てたようにマトリフのそばにくる。マトリフは本を放り出すと煙を上げる道具箱を引っ張って洞窟の外へ出た。
「どうすんだよ師匠」
「外に出しゃもし爆発しても洞窟は無事だろ」
マトリフとポップは離れて道具箱を見ていた。すると本当に道具箱は爆発して霧散してしまった。
「あーあ。あれには愛蔵書が入ってたんだぞ」
「そ、そんなに貴重な魔導書なのかよ?」
「貴重に決まってんだろ」
ぱふぱふ天国シリーズの最高作品と言われる本だ。無くすには惜しい本だった。
「あれ?」
ポップが空を見上げていた。本が無事だったのかとマトリフも空を見上げる。
「師匠、空から女の子……じゃなくてトロルが」
ポップが指差す先に青いトロルがいた。いたというか落ちてきている。その姿が昔の好敵手に似ていた。
「嘘だろ」
トロルは地面直前で体勢を変えて見事に着地した。やはりその姿はマトリフの好敵手である魔王軍幹部ガンガディアだった。
「えっと、敵なのか?」
ポップがガンガディアを見上げている。ガンガディアもポップとマトリフの存在に気付いた。
「大魔道士?」
***
突然に現れたガンガディアにマトリフは後退った。かつての好敵手は死んだはずだ。
「師匠、こいつ敵なのか」
ポップも警戒していた。本物にしろ偽物にしろ、油断して良い相手ではなかった。マトリフが魔法力を高めれば、ポップも心得たように臨戦体勢をとる。
するとガンガディアは困ったような顔をした。
「待ってくれないか大魔道士。私にはあなたたちを攻撃する気はない」
「その言葉を信じろってのかよ。オレの好敵手は死んだはずだぜ」
「私にもなぜ生き返ったのかわからない。おそらく私の灰と魔道具などが合わさって偶然にこうなったのだろう」
言葉通りガンガディアに戦意は無さそうだった。マトリフはポップに攻撃しないように合図を送る。しかしポップはマトリフの前に出た。
「好敵手ってことは敵だったんだろ」
ポップはいつもの冷静さを欠いていた。
「やめろポップ。こいつは強えぞ」
するとガンガディアが突然に俯いた。その顔からキラキラと雫が落ちていく。突然に泣き出したガンガディアにマトリフもポップもギョッとした。
「大魔道士が……私を強いと……認めてくれた!!」
そうそう、ガンガディアの感激ポイントはそれだったなとマトリフは思い出す。あの熱い戦いが昨日のように感じる。しかしポップは初めてガンガディアの感激を目の当たりにして驚きで口を開けていた。
「大魔道士。私はあなたのことが大好きだ!!」
周辺に響き渡るほどの声量での告白に、マトリフも目が点になった。突然に生き返ったから妙なテンションにでもなっているのだろうか。
するとポップがワナワナと震えて言い返した。
「突然現れて何言ってんだ!!」
張り合うように大声で言われてマトリフは耳がキーンとなった。耳をかっぽじりながらマトリフも頷く。
「そうだそうだ。オレが好きなのはボインのねーちゃんだ」
「胸筋になら自信がある」
ガンガディアは控えめながらポーズをとって胸筋をアピールしている。おねーちゃんと言った部分は聞き取れなかったのだろうか。
「おれだって脱いだら凄いって噂になってるんだぜ」
ポップは言いながら脱ぎ始めたので頭を小突く。先ほどから何を張り合っているのか。
するとガンガディアがすっと屈んだ。膝をついて胸に片手を当てている。
「大魔道士。私はあなたが私の灰をずっと大事に持っていてくれたことを嬉しく思っている。私の魂はずっと灰と共にあった。はっきりとした意識はなかったが、いつもあなたの存在を感じていたよ」
涙を流しながらガンガディアが語る。マトリフは死んだガンガディアを弔おうと灰を集めて保管していた。だが埋葬できないまま棚に置いたままにしてあった。
ポップはガンガディアの視線を遮るようにマトリフの前に立つ。
「好敵手だかなんだか知んねえけどよ、おれの師匠に手を出すな」
ポップはなぜかガンガディアには敵意を剥き出しにしていた。普段は相手が魔物だろうが魔族だろうが垣根なく接しているのに不思議だった。
「なんでぇポップ。えらくコイツに突っかかるじゃねえか。クロコダインとは仲がいいくせに」
クロコダインだってかつては敵だった。ポップは殺されかかったと聞いている。だがそんなことがあったと信じられないほどに親しくしていた。
「だってこいつ、突然現れて師匠に好きだとか。おれのほうが先に師匠のこと好きだったのに」
突然の弟子からの告白にマトリフは耳を疑った。確かこの弟子はマァムが好きだったはずだ。それに占い師の嬢ちゃんから好かれていた。どちらとも浮いた話がないからフラれたのかと思っていたが、何を言い出すんだ。
「それは君、違うと言わせてもらうよ。私は十五年前から密かに大魔道士を想っていたのだからね」
待ってくれ、とマトリフは頭を抱えた。突然にモテ期が来たが、なぜどっちも野郎なんだ。オレは柔らかいおっぱいが好きだって言ってるだろう。
***
「どっちが先に好きだろうと、大事なのは師匠がどっちを好きかってことだろ」
先に言い出したのはポップだが、その言葉にマトリフは大きく頷く。そうだ。オレが好きなのは、とマトリフが言おうとすると、先にポップが声を上げた。
「師匠はおれのことが好きなんだからな!」
「んなこと言った覚えはねえよ」
あたかも事実であるかのように言う弟子にマトリフは訂正をいれる。しかしポップはマトリフに身を寄せると、潤んだ瞳でマトリフを見つめた。
「なあ師匠、師匠はおれのこと可愛いって思ってるもんな?」
なぜそれを知っているのかとマトリフは思う。七頁ほど前の胸中を悟られていることにマトリフは内心焦った。いや焦る必要などない。ポップを見ているとどうしようもなく放っておけない気持ちにさせられるが、それは単純に老いてからできた弟子を大切に思っているからで、残り短い人生をこいつのために使えるにならと思っていたとしても、それは恋愛感情が絡む話ではないのだ。
「それがなんだってんだ」
「おれのこと放っておけないって思ってんだろ。それはつまり好きってことじゃん」
そうはならねえと結論付けたとこなんだとマトリフは思うものの、子犬のように見つめてくるポップを邪険にできないのも事実だった。こいつ自分の可愛さを自覚して武器にしてやがる、と弟子の思わぬ成長ぶりを感じる。
「そうなのかね大魔道士。あなたはその少年のことが……」
ガンガディアは先ほどとは違う涙を流していた。その姿にまるで深窓の令嬢のように気品と慎ましやかさを感じる。途端にマトリフは胸が詰まった。押されてから引かれるとつい追いたくなる。我が生涯に唯一と認めた好敵手は屈強なトロルであるが、真っ直ぐな好意を向けられることにマトリフは弱かった。いや落ち着け。相手は屈強なトロルで深窓の令嬢ではない。
「別にオレは」
「私があなたを好きでも、あなたの気持ちを無視することはできない。だが私があなたを好きだったということを、心の片隅に置いておいてくれると嬉しいよ」
そのまま去ろうとするガンガディアを思わず引き止めようとして、マトリフはふと我に返る。変に気を持たせるよりこれできっぱり諦めてもらったほうがお互いのためだ。そう考えてから、別の懸念を見つけてガンガディアを引き止めた。
「おまえ行くところはあるのか」
大魔王が倒されて平和になった世界に、いきなりガンガディアが現れたら新たな脅威と見做されるかもしれない。ガンガディアに人間に対する敵意がないのならトラブルはなるべく避けるべきだ。たとえばデルムリン島なら問題なく住めるだろう。
「それはこれまで通りあなたの洞窟で一緒に暮らすという意味かね」
先ほどまで流していた涙が一瞬で乾いたガンガディアが眼鏡を光らせた。
「一緒に暮らしてたわけじゃねえよ。ただ置いてあっただけだっての」
「私はずっとあなたの存在を感じて過ごしていたよ。私も住み慣れた洞窟のほうが心が安らぐ。二人で住むためにもう少し洞窟を拡張しようと思うがどうだろうか。やはりベッドはダブルが良い」
具体案まで出してきたガンガディアにマトリフは口を閉ざす。聞いてもないのにガンガディアは二人での新しい生活について早口で語った。そのプランに少し心惹かれるものがあったが、マトリフはガンガディアの言葉を遮った。
「オレはこれまで通り一人で暮らす」
するとポップが不満そうな声を上げた。
「おれも師匠と一緒に暮らしたかったのに」
「どっちもお断りだ」
マトリフは二人に背を向けて歩き出す。洞窟まで戻ると岩戸をぴたりと閉じた。すると二人が岩戸を叩く音がする。
「なんでだよ師匠」
「すまない大魔道士。やはりベランダは2階のほうが良かったかね」
こんなふうに好かれるなら美女が良かったとマトリフはしみじみ思う。だが昔も今も女には見向きもされてこなかった。それなのに野郎ばかりが寄ってくる。あいつらが美女だったらなあとマトリフはため息をついた。
***
マトリフが洞窟に篭って暫く経った。先ほどまで聞こえていた二人の声が聞こえない。諦めるのが早いじゃないかと、マトリフはそっと外の様子を伺った。
少し開けた岩戸の隙間から二人が見えた。二人とも座って何やら話し込んでいる。険悪なムードではなく、和気藹々としていた。
「わかる〜ほんと師匠の戦い方ってかっこいいよな」
ポップの弾む声が聞こえる。するとすぐさまガンガディアが同意した。
「冷静な判断力。正確な呪文。そして常人には思いつかない戦術。どれも素晴らしい!」
ガンガディアは熱く語りながらも、嬉々としてポップを見ていた。
「大魔道士についてこれほど語れる人がいるとは」
ガンガディアは喜びで咽び泣いていた。その姿はマイナージャンルにいたオタクが同志を見つけたときの姿だった。ポップもガンガディアに喜ばれて満更でもないらしい。
「まあおれは師匠の一番弟子だし、あの人のことなら詳しいけどさ。でもおれは師匠と本気で戦ったことはないから、そこんとこはガンガディアのおっさんが羨ましいぜ」
二人はマトリフを話題に盛り上がっていた。マトリフは妙な居心地の悪さを感じつつも、褒められて悪い気はしない。
「そ、そうかね。あのメドローアを向けられたときの絶望と高揚は実際に体験しないと味わえないからね」
「あ、それならおれもやったことある」
「何故。大魔道士が君にメドローアを!?」
「修行のためだよ。メドローアを相殺するのが修行だったんだ」
ガンガディアは驚きに見開いた目を、尊敬の眼差しに変えた。
「さすがは大魔道士の弟子だ。あの呪文を相殺したというのかね。ということは君もメドローアを?」
「使えるぜ。おれも二代目の大魔道士を名乗ってるんでね。それくらいできなくちゃ」
褒められてポップは調子に乗っている。ガンガディアはすっかりポップのことを敬う姿勢になっていた。
マトリフはそれが面白くなかった。これまでずっとオレのことを尊敬しているとか憧れるとか言ってたくせに、さっさとポップに乗り換えやがった。この浮気トロルめ。
「それで言ったらガンガディアのおっさんだってすげえよ。あの師匠を追い詰めて、メドローアを生み出させたんだろ」
「ふふ、そう言ってもらえると照れるね」
「どんなふうに師匠と戦ったのかもっと聞かせてくれよ。どう考えたって師匠のほうが不利じゃん。ドラゴラム使ったんだろ?」
ポップはガンガディアに話の続きをせがんだ。あらゆる人を虜にする人たらしの弟子は、すっかりガンガディアの懐にも入り込んでいる。
それもまたマトリフには面白くなかった。ポップが誰からも好かれているのは知っている。巣立たせた弟子が誰を慕おうと関係ない。だがポップがガンガディアに嬉々としてくっついているのを見ると引き剥がしたくなった。
マトリフそれが嫉妬だと気付く。ガンガディアがポップに尊敬の眼差しを向けることも。ポップがガンガディアを慕うことも、どっちも気持ちがモヤモヤした。いや、それだとオレがガンガディアやポップのことを好きみたいじゃねえか。え、どっちを? 両方とも? そんな馬鹿な。オレはボインでプリンとしたねーちゃんが好きで……あれ、本当にそうか。ボインなねーちゃんを思い浮かべても何故か胸がワクワクしないぞ。それよかあの二人から目が離せない。おいこらあんましくっつくんじゃねえ。
「しかし、一部の本の趣味については些か……」
ガンガディアは言葉を濁しながら懐から一冊の本を出す。それは爆発と共に逝ったと思っていたぱぷぱぷ天国シリーズの最高傑作ではないか。生きとったんかワレ!
「師匠そういうの好きだからな、歳のわりに」
同意するようにポップが頷く。おめえも好きじゃねえかと声を大にして言いたかった。
「初めて出会った時も彼は卑猥な本に閉じ込められていてね」
「え、なにそれどういうこと!?」
「トラップブックだよ。彼の弱点は力や体力がないことではなく、そちらの方面だったと今になって思うよ。だからドラゴラムよりも、私はセクシーさを磨くべきだった」
「それはわかる。おれも可愛さ磨いてるし」
二人は大いに盛り上がっている。マトリフはそっと岩戸を閉めた。前言撤回。やはり嫉妬とか好きとかじゃねえ。二人で好きにやってろ。
***
他人の趣味をどうこう言うつもりはねえよ。オレがデカいおっぱいが好きなように、そいつにはそいつの好きなもんがあるんだろうよ。
だが、こいつら揃いも揃って趣味が悪いだろ。この広い世界にもっと良い奴いるだろ。この世界はでっかい宝島だろ。探しに行けよ。
マトリフは岩戸から二人の様子をうかがった。まだ熱心に話し込んでいる。良い加減に飽きるだろうと思うのだが、話題は尽きないらしい。
マトリフは岩戸を開けて外へ出た。二人の元へと向かう。二人はよほど話に夢中なのかマトリフが来ていることに気付かなかった。
「そんときハドラーが立ち上がってよ。オレの代わりに呪文で炎を止めてくれてさ」
「まさかハドラー様が」
「あんときゃつい見惚れちまったぜ」
「わかるよポップ君。私が惚れ込んだあの方はそういうひとだよ」
二人で揃ってウンウンと頷き合っている。なんだよオレの話題じゃねえのかよ。しかもよりにもよってあの三流魔王とは。
「そんなにあの三流魔王がいいのかよ」
つい思っていた言葉が口から出てしまった。二人が揃ってマトリフを見る。
「あ、それって嫉妬?」
「安心してくれたまえ。ハドラー様への忠誠とあなたへの思いは別物だ」
「嫉妬じゃねえっての」
口をひん曲げて言ってみても、自分の感情は誤魔化せなかった。この二人がハドラーを褒めるのなんて聞きたくない。それが嫉妬であることも、自分がガンガディアとポップを好きだということも、認めるしかなかった。
するとポップが居住いを正してマトリフを真っ直ぐに見つめた。
「なあ師匠、そろそろはっきりしてくれよ。おれとガンガディアのおっさんと、どっちが好きなんだよ」
それを聞いてマトリフは二人に背を向けて歩き出した。
「どっちもお断りだね。オレに構ってねえで可愛いねーちゃんでも探してこい」
ポップのことは可愛いし、ガンガディアにあの熱量で思われることも嬉しい。だがマトリフにはどちらかを選ぶことなんてできなかった。これからの人生が長い二人を自分に縛り付けられない。二人が幸せになるなら相手は自分でなくてよかった。
「では二人とも選んでくれないかね」
「ん?」
マトリフは思わず振り返った。
「おっさんとも話し合ったんだけどさ、師匠のことを取り合うんじゃなくて、三人で仲良くしたらいいんだってさ」
何言ってんだこいつら。三人で仲良くだと?
「もちろんあなたの意思を最大限に尊重する。だが、大魔道士は私のこともポップ君のことも好きなようだから」
「師匠は選べないと思って」
「ではいっそのこと三人で、という話になり」
とんでもないことをトントン拍子で進めてんじゃねえ。マトリフは二人の勢いに負けないように言い返そうとしたが、ポップに右手を、ガンガディアに左手を掴まれた。二人がずいと身を寄せて見つめてくる。
「どっちも、選んではいかがかな」
その最後の一押しに、マトリフはあえなく落ちた。
バルジの大渦のすぐそばにある洞窟は今日も賑やかだ。三人で暮らすために増築した洞窟に、三人の声が響く。
「だぁから、この呪文の組み合わせだとお互いの威力を減らしちまうだろうが」
「それを考慮しても十分な威力だと私は思うがね」
「大事なのはバランスだって。実際にやってみりゃわかるって」
「おめえそう言ってここらの岩を全部平にしちまっただろうが」
三人の生活は意外なほど上手くいっていた。元々魔法が得意な三人であるから、魔法の話をしたら終わりがない。話が白熱して夜遅くまで続くこともあった。
「大魔道士もポップ君も、そろそろ寝よう」
ベッドを整えたガンガディアが言う。まだ議論を続けていたマトリフとポップは渋々席から立った。
「話はまだ終わってねえからなポップ。明日覚えてろよ」
「そこまで言うなら実際にやればいいじゃん」
「ほらほら、二人とも」
三人は揃って歯を磨くと、洞窟の最奥にある寝室へと向かった。そこには三人で寝る用の特注の巨大ベッドがある。
「ほら、こい」
マトリフがベッドの真ん中で手を広げると、そこへポップが飛び込んでいく。ポップはマトリフの胸に頬を擦り寄せた。
「ガンガディアも」
ガンガディアはそっとベッドに横になると、ポップとマトリフ二人とも抱きかかえた。ガンガディアはマトリフの頭部におやすみの口付けを落とす。
マトリフは二人のぬくもりに挟まれながら思うのだった。流された割にこの関係は悪くない。悪くないというか、けっこう良い。
「師匠」
「なんだ」
「へへへ……すき」
「おう」
「大魔道士、私も好きだよ」
「おう、知ってる」
気持ちがむず痒くなりながらも、マトリフは二人に向かって言った。
「オレもおまえらのこと好きだよ」