そばにいたい「オットー」
遠くから聞こえた声にオットーは足を止めるべきか悩んだ。聞こえなかった振りをする事は出来たが、そうすると余計に煩くなるだろう。その声の主がノーマンである事は分かりきっていた。
「なあオットー!」
結局オットーは足を止めて振り返り、ノーマンがこちらに走ってくるのを待った。
「どうしたノーマン」
ノーマンは随分と遠くから走ってきたのか顔を赤らめていた。きれいな髪がふわふわと揺れている。せっかく綺麗にセットしていただろうに、走ったせいで台無しだった。
「随分と探したぞオットー。どこにいたんだ」
「どこって教授のとこさ」
オットーはまだ息を切らしているノーマンを置いて歩き出す。ノーマンは小走りでついてきた。
「今からは暇なんだろう?」
「いいや。レポートがあるから帰るよ」
「それってこの前に書いていたやつだろう。それなら完璧すぎるほど完璧だったじゃないか」
「また勝手に読んだのか。とにかく帰る」
ノーマンはオットーの肘のあたりを掴んで立ち止まった。そのせいでオットーも足を止めることになる。
「なぜそんなに忙しいんだ。まさか教授がオットーだけに課題を多く出しているとでも?」
「学生なんだから勉学に励んで何が悪い」
「真面目なオットー・オクタビアス。勉強も遊びも君なら完璧だろう。言えよ。君にガールフレンドができたんだ。そうだろう?」
ノーマンは内緒話をする悪友のような顔で言う。そうであったらよかったとオットーは思った。ノーマンは存在もしないオットーのガールフレンドを詮索してくる。オットーはお喋りな口の前に人差し指を立てた。
「ひとつ、ガールフレンドはいない」
きっぱりと言ったオットーの言葉に、ノーマンは少し頬を緩めた。まるで嬉しいのを隠しきれないように。
「ひとつ、ついてくるな」
「なぜ」
オットーは憮然とした顔でなおもついてくる。オットーは歩幅を広めて早足で歩いた。
「本当に忙しいからだよ。君に構っている時間がなくて残念だ」
「本当だろうね。君が俺を避けているんじゃないかって気がしたんだけど」
オットーは図星をさされたが、正直に「そうだ」なんて答えるわけがなかった。オットーはひとつ息をつき、背負ったバックパックを担ぎ直して肩をすくめた。
「それこそおかしな話だ。君を避ける理由なんてどこにある」
「ああ、もちろんそうさ。だからこれから付き合ってくれるだろう?」
ノーマンは捨てられた子犬のような眼差しを向けてくる。この男のタチが悪いのは、それを自覚してやっているところだ。
「それとこれは話が別だ」
傲慢で自信過剰なノーマン・オズボーン。それに似合う実力があるのもいけない。そのせいで嫌でもこの男の魅力に惹きつけられてしまう。オットーはその第一の被害者というわけだ。
「なぁオットー」
甘ったれた声で呼ぶんじゃない。これだから嫌なのだ。ここで離れなければ、この男に飲み込まれてしまう。それは太陽の引力のようだった。
「じゃあなノーマン。君こそ良い人と出会ったら真っ先に私に報告してくれよ」
ひらりと軽やかに手を振ってオットーはノーマンとは別の道を歩き出す。もし振り返っていたら、ノーマンがひどく悲しそうな顔をしていたのを見ただろう。だがオットーは振り返らず、ノーマンもそれ以上追わなかった。そばにいたいという一言が伝えられないまま、二人の間を東風が吹き抜けていった。