悪戯 きっかけは些細なものだった。ふとカレンダーが視界に入り、もうそんな時期かと驚いたのだ。そういえば随分と肌寒くなってきたし、冬の気配は日々濃くなっている。
私はオットーの背に触れた。オットーは何やら熱心に計算式を解いている。頭の体操だと言ってやっているが、そんな心配をするのは早過ぎないだろうか。
「トリックオアトリート」
私がそう言うとオットーは持っていたペンを置き、近くの引き出しを開けた。そこからキャンディをいくつか取り出して私の手に乗せる。
「なんだ、用意していたのか」
私はがっかりして手のひらのキャンディを見つめた。しかもそれはシュガーレスの喉飴だった。
「キャンディでは不満か?」
「悪戯をしたかったのだけど」
「悪戯をされたくなくて、キャンディを準備していたんだ」
「シュガーレスの喉飴はトリートに含まれない」
オットーはくるくるとペンを回す。何か言いたげなその表情に、私は少々の気まずさを感じた。
「去年のことを忘れたのか?」
「あれはゴブリンの仕業だ」
去年のハロウィンでは、ゴブリンがオットーに大量のスライムをぶち撒けた。緑色のドロドロまみれになったオットーと、意識を取り戻した私が部屋を掃除して元通りにするのは大変な作業だった。
私はあんな悪戯は企んではいない。無実を証明するように手を上げてみせた。四本のアームたちが検証するように私を色んな角度から眺めている。
「どんな悪戯を?」
「さてそれが問題だ」
トリックオアトリート、と言ったはいいものの、どんな悪戯をするのか考えていなかった。じっと考えるようにオットーを見る。するとオットーのサングラスに映っている自分が見えた。
そこでふと、思いついた。私は袋を開けてキャンディを口へと入れる。
「じっとしててくれるかい」
言ってからオットーのサングラスに手を伸ばす。それをそっと抜き取った。オットーは目をすがめる。私はすぐにオットーの目を片手で覆った。サングラスは近くの机に置く。
「何を?」
視界を塞がれたオットーが言う。私は顔を近づけてオットーの耳元に囁いた。
「もちろん悪戯だ」
そのままオットーの唇を塞いだ。すぐに舌を割り入れる。ミント味の舌をオットーの舌に絡ませた。
「んッ……」
オットーは最初こそ驚いたものの、私の悪戯を受け入れた。視界を塞いだせいかいつもより舌の動きに集中しているようだ。二人の舌はキャンディを取り合うように動く。それがゲームのようで楽しく、心地よさも相まって夢中になった。
だが先にまいったのは私の方だった。だんだんと腰の力が抜けて体勢が保てなくなる。だがそれをアームたちが支えた。逃げ場もなく、オットーの手とアームに捕まえられて身動きが取れなくなる。だがオットーの舌は休むことなく私の口内を刺激した。いつの間にかキャンディはなくなっている。飲みきれなくなった唾液が口の端から溢れていた。
「ん……オットー……」
目を隠していた手をオットーの後頭部に回す。指先で髪やうなじを撫でた。露わになったオットーの目が私を覗き込んでくる。
「悪戯はお終いか?」
「ああ、もう勘弁してくれ」
私は乱れた息を整えながら唾液を拭う。するとオットーが悪戯っぽく笑った。
「じゃあ今度は私からだ。トリックオアトリート」
「え」
菓子なんて持っているはずもない。そんな私の顔をオットーの手が撫でた。
「じゃあ今度は私の番だ」