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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    🐜兄と👀弟。

    君は花ではなく、僕も星ではない 人混みで目が合った。やけに目の大きな男で、知り合いだったかと思ったが、京に俺を知っている奴なんているはずがなかった。
    「そち」
     人混みを掻き分けて目玉男が声をかけてきた。深緑の直垂を着て、顎髭があるが眉は薄く、どこか表情が嘘くさい。やはり見たことがない顔だった。
    「そち、弟はおるか?」
     突然の問いに驚くよりも不快さが勝る。その気持ちが正直に顔に出たのか、目玉男は薄い唇に笑みを浮かべた。小馬鹿にされたようで腹が立ち、見下ろすように睨め付ける。だが目玉男は怯む様子はなかった。
    「弟がなんだってんだ。いるにはいるが、それがあんたと何の関係があるんだ」
     脅すように言ったが、やはり男は怖がる素振りも見せなかった。むしろ嬉しそうに顔を綻ばせる。
    「やはりな、そうだと思ったわ」
     男は快活そうに言うが、そうすると余計に目玉が飛び出して見えて気味が悪い。京には変な奴がいるものだと辟易する。退屈を理由に遊びに来たのに興醒めして、そのまま去ろうとしたが、目玉男は後をついてきた。
    「弟の名は瘴奸だろう」
    「ショウカン?」
     それは読み間違いだ。将監と書いてショウゲンと読むのは、知らなければよく間違われる。読み間違えをしているくらいなのだから、親しい仲ではなかったのだろう。
    「違うのか?確か瘴奸と名乗っていたが」
    「あいつと知り合いか。あいつも京に?」
     だったら京へ来るのは止したほうが良さそうだ。あいつにいつか殺される気がしてならない。
     将監が出ていって何年が経つだろうか。あの日、生真面目な弟はその目に憎しみを宿して俺を見た。父がようやく領地のことを将監に話した日のことだ。父はこれまで優秀な弟をおだてて武芸に励ませておいたのに、あっさりと領地はやらぬと言ったらしい。放蕩の限りを尽くしていた俺に領地が与えられて、馬鹿正直に父の言葉を信じて武芸に励んでいた弟は何も得られなかった。だからといって俺が恨まれる謂れはない。将監は異も唱えずにそれっきり姿を消してしまった。
     目玉男は少し考えるように間を置いてから言った。
    「瘴奸がいたのは信濃だ」
    「信濃だと。なんだってそんなところに」
     将監の噂は家を出てすぐに途絶えた。死んだのかと思っていたが、名を変えていたのかもしれない。だとすれば、さっきこの男が呼んでいたショウカンというのが今の名なのだろう。生真面目なせいで不器用なところがある弟が、そんな山奥で何をしているというのか。寒いのが苦手なくせに。
    「小笠原の郎党になっておった」
    「小笠原?」
     どこかで聞いた気もしたが覚えがない。信濃といえば、新田義貞が鎌倉へと攻め入ってからどうもきな臭い。北条の生き残りが挙兵したと聞く。将監は腕が立つから、戦でもしているのだろう。
    「それで、それを俺に知らせてあんたはどうしたいんだ。情報料でも欲しいってのか」
     すると目玉男はその大きな瞳でじっとこちらを見つめてきた。不気味な奴だ。だがなぜか目を逸らせなくなる。思わず足を止めると、袖が掴まれて微かに香が鼻を掠めた。
    「そちと話してみたかっただけよ」
     周りのざわめきが急に遠のく。目の前の男だけが鮮明に見える気がして目を眇めた。
    「ふざけているのか」
    「そちらは似ておらんな。良かったではないか」
    「おかしなことを言うな。似ているから兄弟だと気付いたんだろう」
     弟とは顔だけはよく似ていた。ただ将監がそれをひどく嫌っていた。そのせいか成長するごとに将監は俺の顔をまともに見なくなった。
    「面だけよ。中身はまるで違う。そちはそち。瘴奸は瘴奸よ」
     目玉男はまるで歌うように言うと、袖から手を離して歩き出した。その姿は花から飛び立つ蝶のように気まぐれで、思わず手を伸ばしたくなる。それとは別に気にかかったこともあり、男のあとを追いかけた。
    「あんた、名は」
    「名など知ってどうする」
    「じゃあ兄弟はいるのか」
    「信濃へ行けば儂とそっくりの兄がおるぞ」
    「そんな目玉は二人もいらねえよ」
     すると男が歩みを止めて振り返った。目は見開いておらず、先ほどまでと違う表情をしている。やはり嘘の顔だった。不真面目に生きていれば嘘ばかり重ねる連中は珍しくないから、顔は見ればすぐにそれとわかる。化けの皮が案外簡単に外れたのだから、根は素直な男なのかもしれない。
    「それで、あんたは何者なんだ?」
     それを聞いて男はようやく本当の顔をした。捻くれた者が浮かべる卑屈な笑みは見ていて愉快ではないが、作り物の笑みよりかはましだった。
    「何者でもない、ただの男だ」
     男の声はがらんどうだった。何者にもなれず、偽物にもなりきれない者の声だ。だが多くの者が何者でもないのだ。ただ日々を生きることで精一杯で、欲望に振り回されて、それでいて怠惰だ。夢だってあったかもしれないが、見失ったきり忘れてしまう。
    「俺もそうさ」
     男は一瞬驚いてから、なぜか声を上げて笑い始めた。男の笑いは次第に大きくなっていき、行き交う人々が怪訝そうに視線をよこす。その視線をなぜか疎ましく思わなかった。つられるように口元がむず痒くなり、手で口を覆った。
    「おい、隠すな。お前の笑った顔を見せろ」
     男は突然に砕けた口調になった。まだ笑いが残っているのか肩を震わせたまま、思わぬ力で手を引き剥がされる。
    「お前、酒は飲めるだろうな。俺の奢りだから付き合え」
    「嫌だね。野郎との酒なんて」
     しかしタダ酒なら悪くないかと唇を舐める。それならばうんと高い酒を飲んでやる。身なりは良いから金は持っているのだろう。
     すると男が急に天を仰いだ。何かと思って見上げるが、真上にある日輪だけだ。目が焼けるだろうに、男は目を細めて見続けている。晒された喉元が無防備で、噛み付いてやりたいような気になった。
    「俺は馬鹿な真似をしていたな」
     男の呟きが嫌に胸に響く。愚かさの自覚など聞きたくない。だから男の顔を掴んでこちらを向かせた。
    「本当に奢りだろうな。嘘だったら承知しねえぞ」
     男の眦が濡れていた。眩しいものを見続けたせいだ。親指の腹で拭ってやれば、間の抜けた顔になる。やはりこちらの顔のほうがいい。すると男は顔を掴まれたまま口を開いた。
    「お前の名は?」
    「名なんて知ってどうする」
     それもそうだと男が笑う。俺も笑って見せるが、どちらの笑みも美しくない。だからこそ気が楽だ。淀んだ水でしか生きれないのであれば、嘆くより酒でも飲んで酔いに任せるほうがいい。
    「濁れる酒を飲むべくあるらし」
     男の言葉に鼻で笑う。考えることなど誰も同じというわけか。男の顔を手放して先の店を指し示す。
    「一杯で足りるわけないだろ」
    「違いない」
     連れ立って歩けば悪くない気分だった。酒を飲む間くらいなら一緒にいてもいい。今日は心地よく酔えそうな気がする。
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