とっておきの魔法「……ただいま」
ガンガディアが帰ってきたのは夜遅い時間だった。マトリフはそろそろ寝ようと思いながらも、もう少しでガンガディアが帰ってくると思いながら待っていたところだった。
「おかえり」
部屋に入ってきたガンガディアの顔を見た途端、これは相当疲れているとマトリフは気づいた。表情にはありありと疲労が現れていたし、纏う雰囲気にはまるで活気がなかった。体力には自信があるガンガディアがここまで疲れ果てるとは、今日の仕事はかなり忙しかったのだろう。
マトリフは持っていたマグカップの中身を飲み干すと、自分が座っていたソファの横を叩いた。
「ガンガディア」
呼べばガンガディアはすぐにマトリフの傍まで来た。鞄を置いてマトリフの横に腰掛ける。ぴんと背筋を伸ばして座る姿に、休むのが苦手なやつだとマトリフは思った。
マトリフはマグカップをサイドテーブルに置くと、今度は自分の膝を叩いた。ガンガディアはマトリフを見てから、そろりと頭を下ろす。ガンガディアの頭がマトリフの膝へと着地した。
「疲れてるな」
マトリフは手でガンガディアの頭に触れる。
「……今日は忙しくてね」
ガンガディアはぽつりぽつりと話しはじめた。今日は職場で人員不足だったらしい。上司と同僚がいない中で、その分の仕事も引き受けたのだという。
マトリフは指先でガンガディアの額あたりに触れた。ガンガディアはすぐに血管を浮き上がらせる。マトリフはいつかその血管が切れてしまうのではないかと危惧していた。
「おめえは偉いよな。それで文句も言わずにこなしちまうんだから」
「……そう思うかね?」
「おめえが努力してんのを一番知ってるのはオレだぜ? 休みなのに研修行って、家でだってずっと論文を読んでるじゃねえか」
ガンガディアは努力家だった。自分の足りないところを理解して、人の何倍も努力ができる。それをマトリフが知らないわけがなかった。
「ほら、こいよ」
マトリフは両手を広げた。ガンガディアは迷わずその胸へと顔を埋める。小さなマトリフに大きなガンガディアが背を丸めて抱きつく姿は、側から見れば滑稽だったかもしれない。
「大した奴だよおめえは」
マトリフは抱きしめたガンガディアに向かって言った。それはマトリフにだけ使える魔法の言葉だった。
「……あなたに褒められるのが一番嬉しい」
ガンガディアの声は微かに震えていた。この努力家が褒め言葉に弱いことをマトリフはもちろん知っていた。マトリフはガンガディアを抱きしめてその耳に言葉を囁いていく。ガンガディアの表情が段々と穏やかになっていった。これで少しは疲れが癒せただろう。
ガンガディアを抱きしめながらマトリフは苦笑する。こうして抱き合える関係になるとは、あの時は思いもしなかったからだ。マトリフが大魔道士と名乗り、ガンガディアが魔王軍の側近だった頃には。
マトリフはガンガディアを抱きしめる。二度と消えてしまわないように。