知育菓子 二人揃って食材を買いに出た夕方。家から徒歩で向かったスーパーは、同じように夕食を買いに来た人で賑わっていた。
何を食べようか等と話しながら冷房の効いた店内を歩く。ガンガディアは長い名前の料理名をいくつかあげた。ガンガディアは中々の凝り性で、料理も複雑な工程のものでも嬉々として作る。ガンガディアの料理の説明を聞きながら、じゃあ焼き魚がいいとマトリフは答えた。
そのまま店内をぐるりと回ろうとしていたら、ガンガディアが調味料を見てくると言うので、マトリフは酒を見に行った。しばらく新商品を眺めていたのだが待ってもガンガディアが戻ってこない。
マトリフは手にいくつかビール缶を持ちながらガンガディアを探した。カゴはガンガディアが持っている。いくつかのコーナーを回ってからマトリフはようやくガンガディアを見つけた。ガンガディアは菓子の棚の前で直立したまま何かを手にしている。しかもそこは幼児向けの菓子が置かれた棚だった。
マトリフはガンガディアが持ったカゴにビール缶を入れていく。冷たくなった手をガンガディアの腕で温めながら、その手の先に持たれた菓子を見た。
「これを買っても構わないかね」
ガンガディアが持っていたのは、いわゆる知育菓子というもので、寿司を模した菓子を作るものだった。
「いいけどよ。お前が作るのか」
ガンガディアは目をキラキラさせてその知育菓子を見ていた。そんなに興味を引くのだろうかとマトリフは思う。この大きな手でちまちまと作る姿を想像した。
「君と一緒に作りたい」
「オレもかよ」
別にいいけどよ、と言いながらガンガディアの手から取ったそれをカゴへと入れる。
「どうせなら他のも買うか?」
棚には似たような知育菓子が並んでいた。ガンガディアはそれらを名残惜しそうに見ているのだが首を振った。
「それは贅沢しすぎでは」
真剣な顔でガンガディアは言うのだが、ガンガディアがカゴに入れている調味料はおそらくこの菓子の何倍もする。金銭的な話ではないのだったら、この知育菓子はガンガディアの中では特別な楽しみに入るのだろうか。ガンガディアがひとつでいいと言うので、そのカラフルでファンシーな知育菓子の箱はカゴの中で浮いていた。
「食後に作っていいかね」
うきうきとした気持ちをそのままにガンガディアが言う。それに頷きながら会計に並んだ。
夕食を終えて片付けも済ますと、ガンガディアは知育菓子をダイニングテーブルに置いた。箱の裏の説明書きを熟読している。マトリフは頬杖をついてその様子を眺めた。
「まずはシャリから作るそうだよ」
ガンガディアは箱を開けるとプラスチックの容器を取り出して並べている。順番を確認しながら丁寧に仕切られた容器に粉を入れていく。マトリフも箱の説明を見ながらスポイトを手に取った。どうやらこれでイクラを作るらしい。
そこから二人で寿司を作った。シャリを丸めて形を整え、粉に水を加えて固まらせた赤色のゼリーを乗せれば、思ったより寿司っぽい。二人であーだこーだと言い合いながら、あっという間にいくつもの寿司が出来上がった。
ガンガディアは満足そうに出来上がった寿司の形をした菓子を眺め、写真まで撮っている。それが終わるのを待ってマトリフはひとつ手に取った。口に入れれば寿司とは違う食感と味に思わず笑う。
「甘ぇな」
ガンガディアも同じ感想だったようだが、嫌いではなかったようだ。どうやらガンガディアはこの菓子作りを気に入ったようだった。
「楽しかったか?」
作った菓子を全て食べ終えてマトリフは言う。ガンガディアは眼鏡に手をやった。はしゃいだ事に少々照れているらしい。
「君と一緒にすると楽しい」
嬉しそうにそんな事を言われればマトリフだって悪い気はしない。マトリフだって予想より楽しんでいた。それは知育菓子の楽しさもあるが、二人で一緒のことをやるということに楽しさを感じたからだ。マトリフはガンガディアを見つめる。ガンガディアは体を丸めてスマートフォンをいじっていた。SNSに先ほどの画像を投稿しているのだろう。口の中に残った甘みがつい口を軽くする。
「……可愛いやつ」
ぽつりと呟いたマトリフに、ガンガディアが目を丸くさせた。
「今なんと?」
「なんでもねえよ」