【まおしゅう展示】狭い洞窟に爆弾岩と一緒に閉じ込められたんだが!? マトリフが気がつくとそこは暗闇だった。頭をぶつけたらしく、くらくらする。何も見えないが立ちあがろうとして、また頭をぶつけた。そのときになってマトリフは自分が洞窟にいることを思い出した。洞窟は狭いらしく、立ち上がれないほどだった。出入口がぴったり塞がれているのか、光がまるでない。マトリフは目をすがめてあたりを見渡した。
「ひでぇなこりゃ」
マトリフはメラを灯してあたりを見ようとした。だが真っ先に見えたのは青い壁だった。いや、壁ほども大きいガンガディアの体だった。
「熱い」
メラが当たったのかガンガディアは迷惑そうに言った。ガンガディアは大きな体を屈めている。頭が洞窟の天井についていて窮屈そうだった。さっきマトリフが頭をぶつけたのはガンガディアの腕だったらしい。マトリフはちょうどガンガディアの膝あたりにいた。あまりの近さに飛び退こうとしたが、すぐに背がぶつかる。見ればそれはガンガディアの手だった。
「それは消した方が賢明だろう」
ガンガディアは目線をマトリフから別のものに移した。マトリフもそちらを見る。そして驚愕した。
そこにいたのは爆弾岩だった。爆弾岩はマトリフとガンガディアの様子を見ていた。
マトリフは驚きの言葉を飲み込むとメラを消した。洞窟内はまた暗闇に包まれる。
「まじかよ……」
マトリフの深い溜息が響く。マトリフは狭い洞窟にガンガディアと爆弾岩と一緒に閉じ込められたようだ。
さっきまでマトリフとガンガディアは戦っていた。マトリフはガンガディアの執拗な追撃から逃れるためにトベルーラで森に隠れ、そこで洞窟を見つけた。隠れるために入ったものの、内部は思ったより狭く、後から飛んで入ってきたガンガディアが突進したために洞窟の壁が崩れ、出入口は塞がれてしまった。
「あまり動かないでくれるかね」
ガンガディアが低い声で言う。マトリフは敵であるガンガディアの膝に座っていることが居心地が悪く、どうにか移動できないかと試みていた。だが体を折り曲げたガンガディアの、ちょうど膝上あたりしかスペースが空いておらず、ガンガディアとは体を密着させたままになる。
「お前こそ、脱出しなくていいのかよ」
「無論試してみた。だが洞窟の壁を削ろうとすると、そこの爆弾岩がメガンテの気配を見せた。私もこの距離でメガンテを受ければ無傷では済まないのでね」
暗闇に目が慣れてくるとぼんやりと爆弾岩の姿が見えた。その目がこちらをじっと見ている。こんな狭い空間でメガンテをされれば、マトリフは爆弾岩と同じ運命を辿るだろう。冷静さを保とうとするが、恐怖を感じないわけではなかった。
「こいつからもっと離れられねえのか?」
「これ以上は無理だ」
洞窟の大きさは縦も横も人間二人分くらいだろうか。マトリフだけなら窮屈ではないが、ガンガディアには狭すぎた。ガンガディアは膝を折り曲げ、背中を丸め、腕も折り畳まなければならない。そのガンガディアの体に包まれるようにマトリフは座っている。爆弾岩は洞窟の隅の、ガンガディアの膝先あたりにいた。手を伸ばせば届きそうな距離である。
「メガンテしないように説得できねえのか?」
「おかしな事を言う。私とこの爆弾岩を魔物ということで一括りに考えているのかね。君は馬と会話が可能か?」
心外だと言わんばかりにガンガディアが言う。どうやら機嫌を損ねたらしい。面倒な奴だと思いながらも、マトリフは脱出のために次の提案をした。
「じゃあヒャドで凍らせばいいじゃねえか」
「すまないがその手はもう使えない。さっき試したところ、その爆弾岩は憤慨してね。おそらく次に呪文を向けたらすぐにメガンテするだろう」
「じゃあどうすりゃあ出られるんだよ」
「外からの救援を待つしかない。出入り口を外から掘れば爆弾岩も反応しないだろう」
「助けって……無理だろ」
マトリフは溜息をつきながら体を凭せた。マトリフたちがいる洞窟は仲間が戦っている場所からかなり離れている。ここを見つけることすら困難だろう。
「私は君の椅子ではないのだが」
「うっせえな。こちとら誰かさんに追い回されて疲れてんだよ。魔法力も殆ど残ってねえし」
もし魔法力がもう少し残っていたらリレミトが使えた。マトリフはガンガディア相手に魔法力をほとんど使ってしまったのだ。
「……それは私の攻撃が君を追い詰めたということかね?」
ガンガディアは少し声を弾ませながら言った。
「じゃなきゃこんなとこに逃げ込まねえって。ったくお前もしつこい奴だな」
「どうしても君を捕まえたいのでね」
ガンガディアは笑みを浮かべていた。マトリフはガンガディアの執拗さに辟易する。どうやらあの魔導図書館以来、ガンガディアに目をつけられてしまったらしい。
マトリフは洞窟の隅にいる爆弾岩を見た。爆弾岩はただ黙ってマトリフとガンガディアを見ている。マトリフは解決策を考えようとするが、どうにも落ち着かない。どんな気紛れで爆発されるかわからないのだ。
マトリフはガンガディアを見上げる。ガンガディアの手は狭い壁に阻まれて殆ど動かせないようだ。そのために今すぐ握り潰されるという心配はない。だが呪文を使えないマトリフも似たようなものだ。下手に呪文を使えば爆弾岩にまで影響が及ぶ。ガンガディアとマトリフはお互いに攻撃も出来なければ、脱出も出来なかった。
ガンガディアの視線がこちらを向いた。そのことに心臓が跳ねるが、冷静を装うために動かない。ガンガディアはマトリフをじっと見ながら言った。
「先ほど魔法力が無いと言ったが、全く残っていないのかね」
「少しならあるけどよ。呪文があれば解決する策でもあるのか?」
「いや、残念ながら思いつかない。だが君をここに足止め出来ているのなら、悪くはないだろう」
その言葉に内心焦ったのはマトリフだった。ガンガディアを足止め出来ているのはマトリフも同じだが、最後に見た限りではアバンたちの方が戦況的には不利だった。早く戻って助けに行きたい。
「まあ、ちょっと試してみるか」
マトリフは起き上がると出入り口のほうに這って移動した。ガンガディアの膝と肘の間を無理矢理押しのける。だがあまりスペースが空いていなくて身動きが取れない。
「何をしている」
「上手いことバギを使えば出入り口を壊せるかもしれねえ」
マトリフはぐいぐいと体を押し込み、出入り口の壁に触れた。ちょうどガンガディアの脇あたりに挟まる格好になる。だがそれを気にしている余裕はなかった。
マトリフは壁に手をついてバギを唱える。魔法力を調節して、手に触れた部分ではなく、それよりもっと向こうの岩を削ろうとした。
「大魔道士」
「なんだよ……いま忙しい」
コントロールを間違えば洞窟内でバギが大暴れすることになる。マトリフは全神経を集中させていた。
「早くしてくれ……その、くすぐったい」
いたって真面目なその声に、マトリフは魔法力が波打つのを感じた。そしていま自分がガンガディアの脇に挟まっていることを思い出す。人間もそこをくすぐられれば弱い。
「お前もくすぐったいとか感じるのかよ」
「君は私を何だと思っているのかね」
「まあ……それもそうか」
とはいえ、いま出来ることをしなければ。マトリフは集中してバギを唱える。すると微かに壁が削れる振動が伝わってきた。だが途端に洞窟内が揺れる。軋む音がして砂が落ちてきた。
揺れはすぐにおさまったが、どうやらこの方法も駄目らしい。この洞窟自体がかなり脆くなっているようだ。少しの振動でも崩れてしまうだろう。
「八方塞がりかよ」
マトリフはまたもぞもぞと元の位置に戻る。だが狭い隙間を抜けようとして、勢い余って後ろに転がった。
「んッ!!」
ガンガディアが痛みに声を上げた。マトリフの頭がガンガディアの体に強くぶつかったようだ。マトリフは後頭部を摩りながら体を起こす。そして自分がガンガディアの股間に倒れたのだと気付いた。見ればガンガディアは苦悶の表情を浮かべている。
「あ……悪りぃ……」
マトリフは本心からそう言った。そこが急所であることはトロルも同じなのだろう。マトリフは急いで股間から退くと膝上に座った。
ガンガディアは耐えるように歯を食いしばりながら小さく首を振った。
「……気をつけてくれ」
「おう……大丈夫か?」
「問題ない。だが……できればそこに座るのもよしてくれ。足が当たりそうだ」
マトリフは座っていたガンガディアの膝から腰を上げるが、だからといって他に座れる場所もない。
「こっちへ。まだここの方がいい」
ガンガディアの視線が示したのは反対の前腕の上だった。ここにも僅かだが空間がある。マトリフは股間を直撃した罪悪感からその提案を飲んだ。やや窮屈だが座れないこともない。だが先ほどよりもガンガディアの顔に近くなった。目が慣れてきたせいもあってその表情が見えた。
「お前、眼鏡はどうしたんだよ」
よく見ればガンガディアの顔にはいつもの眼鏡がなかった。そのせいで硝子越しではない視線がマトリフに向けられる。
「どこかへ落としたようだ。この状況では探せないだろうが」
「それで見えるのか?」
「多少見えづらいが、君の姿を捉えられないほどではない」
ガンガディアがじっとこちらを見てくる。それがどうにも居心地が悪い。マトリフはガンガディアを睨め付けた。
「じろじろ見てんじゃねえ」
「ああ……すまない。こんなに近くで君を見るのは初めてでね。つい見入ってしまった」
「はあ?」
ガンガディアは視線をマトリフから外さない。マトリフはその視線の強さにたじろいだ。
「先ほどの君の攻撃は見事だった」
「なんだよ急に」
ガンガディアの突然の褒め言葉にマトリフは戸惑う。適当に流せばいいのに、つい真に受けてしまった。
「私の動きを完全に読んでいただろう。そして絶妙なタイミングで呪文攻撃を仕掛けてきた」
ガンガディアは自分がその攻撃を受けたにも関わらず、嬉々として喋った。そこには悔しさよりも、貴重なものを体験した興奮があった。ガンガディアは先ほどのマトリフの戦い方を細かく分析していく。それは的確なもので、マトリフは驚きと焦りを感じた。
「これだから頭のいい奴は嫌なんだよ」
マトリフはぼやいた。ガンガディアとの戦いは回数を重ねるごとにやり難くなっている。それはガンガディアがマトリフの戦法を見抜いてきたからだ。
「私は君に憧れている」
ガンガディアの言葉に、マトリフはぽかんと口を開けた。
「ふざけてんのか」
「ふざてなどいない。私は常に真剣だ。私は君に憧れている」
「……敵に憧れてどうすんだよ」
マトリフは呆れたのだが、同時に心の底で嬉しいと思う気持ちがあった。ガンガディアは真剣な顔で言葉を続ける。
「敵味方など関係ない。君が優れているから尊敬する。それだけのことだ」
「お前……なんなんだよ、まったく」
マトリフは手で顔を覆った。この暗さで、眼鏡をかけていないガンガディアに表情を見られることはないだろうが、マトリフは自分が照れた顔なんて晒したくなかった。
「その発想と技術は他に見たことがない」
「わかったから黙れ」
「君は私が知る中で最も優れた魔法使いだ」
「だからやめろって言ってんだろうが!」
マトリフの声が洞窟内に反響する。マトリフは赤面したまま握った拳を震わせた。その様子を爆弾岩がニヤニヤと笑って見ている。
「……てめえは見てんじゃねえよ」
メガンテを危惧してマトリフは声を落とした。だが爆弾岩は変わらずに笑いながらマトリフとガンガディアを見ている。マトリフは見られていることに羞恥心を覚えながら、ガンガディアに向き直った。
「お前もどうかしてるぜ」
「そうかもしれないな。これはただの憧れではなく、恋に近いものだとも思っている」
マトリフは絶句した。しばらく思考停止してから口を開く。
「……てめぇ、自分が言ってることわかってんのか?」
マトリフはようやくその言葉を絞り出した。驚きのあまり頭がよく回らない。
「勿論わかっている。私は君を手に入れられるなら何でもする」
ガンガディアの顔が近づいてきた。マトリフはその視線から逃れるように後退る。だがこの狭い空間で逃げられる場所などない。息遣いがわかるほどの距離まで近づいてから、やっとガンガディアは動きを止めた。
「大魔道士、私は君をもっと知りたい」
ガンガディアが手を動かした。阻んでいた壁が音を立てて軋む。ガンガディアは自由になった手をマトリフに向けた。マトリフは金縛りにあったように動けない。その手がマトリフの体を掴んでも、抵抗らしい抵抗ができなかった。
「離せよ」
マトリフは掠れた声で呟いたが、ガンガディアは手を緩めなかった。握りしめられた場所がじんわりと熱をもってくる。
「離したくない。ようやく君に触れることができた」
「俺たちは敵同士だ。妙なこと考えてんじゃねえ」
「憧れることすら許してくれないのかね」
「はっ……冗談じゃねえよ」
「そうだ冗談ではない。私は本気だ」
「そんなにオレに夢中か?」
マトリフは冗談めかして言う。だがガンガディアの返答はいたって真面目だった。
「私は君のことが好きだ」
真っ直ぐな視線に射られてマトリフは口をつぐんだ。返すべき言葉も気持ちも見当たらない。
「おかしいだろ……」
マトリフの言葉は消え入りそうなほど小さかった。まさか自分がそんなふうに見られているとは思わなかったからだ。
「……オレがてめえを嫌ってるとしたら?」
「関係ない。私の君への気持ちは変わらない」
「どうかしてるぜ」
マトリフが天を仰ぐ。するとガンガディアの指が法衣の上から腹の辺りを擦った。
「おい、なにしやがる」
それを聞いてもガンガディアは指の動きを止めなかった。暗い洞窟で密着しながらお互いの体温を感じる。マトリフはガンガディアの指が触れてくることに胸の高鳴りを感じていた。爆弾岩はそんな二人を見つめている。
「てめえはこっち見るんじゃねえ!」
マトリフは爆弾岩に向かって叫ぶ。ガンガディアの指は徐々に下がり、下半身へと触れてきた。マトリフは驚きのあまり高い声が出た。
「ひぃっ! て、てめぇ何してんだ!」
「触れているだけだ」
「じじいに触って楽しいかよ!」
「楽しいかどうかはわからない。だが君に触れたいと思う。おかしいかね」
「なんなんだよちくしょう……そんな触り方すんじゃねえ……」
マトリフの声に微かな甘さが混じる。それが恥ずかしくてマトリフは唇を強く噛んだ。ガンガディアの指はマトリフの性器を刺激し続ける。
「感じているのかね」
「黙れ」
「君が好きだ」
「それ以上言うな!」
マトリフは叫んだが、嫌でも自分の体の変化に気付かされた。下腹部に疼くような熱を感じる。
「てめえが触ったせいだ……」
「感じているようだな」
その言葉にマトリフはさらに羞恥心を煽られる。ガンガディアの目には隠しきれない興奮の色が混じっていた。
「違う……そんなんじゃねえ……」
マトリフは否定したかったが体は正直に反応していた。マトリフは体を支配されていくことに快感を覚えていた。
「照れているのかね。それも私が知らなかった君の一面かな」
「ふざけんなよ、てめえなんか嫌いだって言ってんだよ」
「正直ではないな。人間は気持ちがいいとこのように反応するのだろう?」
「あっ……んっ……!」
形を確かめるようにガンガディアの指が動いた。マトリフの口から甘い吐息が漏れる。それをガンガディアは笑みを浮かべながら見ていた。
「恥じることはない」
「うるせぇこのスケベ野郎が」
「強情だな。そういうところも魅力的ではあるが……」
「メガンテ」
「は!?」
爆弾岩がメガンテを唱えた。マトリフがそう理解したときには爆音が響いていた。視界が青く染まる。ガンガディアに体を覆われたのだと気付いたが、大きな衝撃で意識は途切れた。
マトリフが気が付いたとき、やはり視界は青かった。マトリフは地面に倒れ、その上にガンガディアがのしかかっている。その向こうに青空が広がっていた。ガンガディアはピクリとも動かない。
「おい……大丈夫か?」
マトリフは言ってから、なぜ敵の心配をしているのかと自問した。だがマトリフは生きているのはガンガディアに守られたからだ。
「おい……おい! ガンガディア!」
ガンガディアの目は閉じていた。知性を帯びた瞳は瞼に隠されている。マトリフに覆いかぶさったガンガディアを力任せに叩いた。だがガンガディアは目を覚さない。
「ちくしょう……」
マトリフはガンガディアに手をかざすと回復呪文を唱えた。残りの魔法力を注ぎ込む。すぐに回復しないことに焦燥を覚えた。
「こんなことでくたばってんじゃねえぞ……」
回復呪文で光るマトリフの手を、ガンガディアの手が掴んだ。ガンガディアの目がゆっくりと開く。
「大魔道士……」
「っ!」
マトリフはガンガディアの手を振り解くとルーラを唱えていた。視界の端にガンガディアが手を伸ばすのが見えた。だがそれをすり抜ける。
マトリフはルーラで飛びながら法衣の胸の辺りを握りしめていた。鼓動がうるさい。ガンガディアが目を覚ましたとき、マトリフはたしかに嬉しかったのだ。
「あ〜〜嘘だろ!?」
吊り橋効果というものがある。緊張と恐怖を共にした人物に対して恋愛感情のようなものを持つという。マトリフはそれに違いないと自分に言い聞かせた。だからこれはただの勘違いなのだ。マトリフは何度も自分に言い聞かせた。
だがマトリフの感情はガンガディアに初めて出会った頃には既に芽吹いていた。知性とコンプレックスを併せ持つガンガディアに、どこか惹かれていたのだ。そして顔を合わせるたびにその感情は大きくなっていった。
マトリフはそのことにまだ気付いていない。ガンガディアに触れられた熱が冷めるのをじっと待っていた。
おわり