なでなで アバンは綺麗な空色の髪をしていた。旅の最中でも手入れがされ、櫛を通した艶のある髪は、触れていても心地よいものだった。その整えられた髪を幼子にするように遠慮もなく撫でれば、アバンはその時だけは年相応の少年らしく照れた笑みを浮かべたのだ。
あるいはずっと昔の、まだ故郷にいる時。自分をやけに慕ってくる青年がいた。黒くて癖のある髪をしていて、撫でつけても収まらないとぼやいていた。いつもは帽子に隠してしまっているその髪をマトリフは気に入っていて、よく帽子を奪っては頭を撫でていた。
その故郷で風に靡いていた薄紫の長い髪は、いつも触れられなかった。手を伸ばしても髪に届く前に叩き落とされる。さらには身体ごと吹き飛ばされて半日も立ち上がれなかった。その髪から太陽の匂いがすると気付いたのはずっと後になってからだった。
そしてマトリフは目の前の少年の髪を見る。髪質は弟弟子に似ていた。黄色いバンダナが巻かれた頭は、先ほどからこくりこくりと揺れている。本を読んでいたが睡魔に負けて居眠りをはじめてしまった。
頭の揺れに合わせて髪も揺れる。ふわりと弾む髪に、つい手を伸ばしたくなった。
最後に誰かの髪に触れたのは、もう随分と前のことだった。髪に限らず、他人に触れたいなんて気持ちをマトリフはずっと忘れていた。だがそんな気持ちを、目の前の少年を見ていると思い出してしまった。
生意気で臆病で、そのくせ絶対に消えない勇気を胸に秘めた少年は、本格的に眠り込んでしまったようだ。口を開けたまま静かな寝息を立てている。その手から魔導書を引き抜いても目を覚まさなかった。昼間の修行の疲れが出たのだろう。
マトリフは魔導書を置くとそっと手を伸ばした。ポップの頭に触れる。髪は暖かく柔らかかった。艶やかで豊かな髪はマトリフの指の間で踊るように揺れる。
マトリフは満足するまでポップの頭を撫でると、ブランケットを持ってきてポップの肩にかけた。日が沈んで気温も下がってきた。そろそろ火をつけようと暖炉に向かう。
マトリフが離れるのを待ってポップは目を開けた。その頬はほんのりと赤く染まっている。あれほど頭を撫でられれば嫌でも目が覚めてしまう。いつもは厳しい師に無言で頭を撫でられ続けてポップは気恥ずかしくなってしまった。
ポップはわざとらしく欠伸する。今起きたのだとアピールするように背伸びをすれば、マトリフに杖で頭を小突かれた。