キリ番マトリフと魔法のランプ
昔々、あるところに大魔道士がいました。大魔道士はある城に暮らしています。その国の名をパプニカといいました。大魔道士はその城に勤める宮廷魔道士でした。
大魔道士の名前はマトリフといいます。マトリフは王様の相談役でもありました。今日もマトリフは持ちかけられた相談について頭を悩ませていました。ところがいい解決策は見つかりません。
「ちょっと休憩でもするか」
マトリフは椅子から立ち上がると背伸びをしました。その拍子に手が棚に当たり、棚にあったものがバラバラと落ちてきました。マトリフは溜息をつきながらそれらを拾い集めていきました。
「なんだこれ」
マトリフが手に取ったのは古びたランプでした。そこでマトリフは数年前に洞窟探検をしてこのランプを見つけたことを思い出しました。しかし持ち帰ったランプは棚に置かれたまま、ずっと忘れ去られていました。
マトリフはそのランプをためつすがめつ眺めました。そのランプは古びているものの、元は美しいランプのようでした。
「何か書いてあるな」
ランプの側面には何かが書かれてありました。しかし長年の埃と汚れで何と書いてあるかは読めません。マトリフは指先でランプを擦りました。
すると、ランプがガタガタと揺れました。マトリフは驚いてランプから手を離します。するとランプから煙が吹き出して、巨大な魔神が姿を現しました。
「我が名はガンガディア。幸運の持ち主よ、君の願いを三つだけ叶えてやろう」
青い肌をした魔神は、顔にかけた小さな眼鏡を指で押し上げながら厳かに言いました。マトリフは手元にあった本を掴むとその魔神に向かって投げました。
「な、何をする」
魔神はその本を受け止めて困惑しながらマトリフに言いました。まさかそんな仕打ちを受けるとは思ってもいなかったのです。
「突然現れて何言ってんだよ不審者」
「私の話を聞いていなかったのかね!?」
魔神ガンガディアは自分がランプの魔神であること、どんな願いでも三つ叶えることを懇切丁寧に説明しました。ところがマトリフはそれを聞いても興味がなさそうに鼻をほじっています。
「……というわけなので、願い事を三つ言いたまえ」
「願い事ねえ」
そこでマトリフは思いついたように手をポンと叩きました。
「この国の姫さんが人を探してるんだよ」
それは国王から相談されていたことでした。この国の王女であるレオナはとある少年を探していました。レオナが城を抜け出して街へ行った際に出会った少年なのですが、どこへ行ってしまったのかわからないというのです。
「その少年を探してやってくれ。名前はダイっていうんだ」
「容易いことだ」
魔神ガンガディアは指をパチンと鳴らしました。すると雲のようなものが現れて、そこに何かが映っています。それは小さな島のようでした。
「こりゃあ、デルムリン島か」
マトリフは映像と地図を見比べました。
「探している少年はそこにいる」
「随分と遠いな。船があればいいんだが。お前さん、船も出せるのか?」
残念ながらパプニカ国は船を持っていませんでした。するとガンガディアは不服そうにマトリフを見下ろします。一つ目の願いも二つ目の願いも、他人のための願いだったからです。
「容易いことだ。それが二つ目の願いでいいのか」
「ああ、頼む」
ガンガディアがパチンと指を鳴らすと、港に大きな船が姿を現しました。
王女はその船に乗って少年を探す旅に出ました。マトリフは城のバルコニーからその様子を眺めていました。ガンガディアはその傍らでマトリフを見ています。
「そういや三つ目の願いだな」
マトリフはランプを手にして言いました。ガンガディアはそれを待っていました。
「お前をランプから自由にしてやるよ」
「……なんだと」
ガンガディアは自分の耳を疑いました。確かにランプを手にした主人が願えば魔神はランプから解放されます。そしてそれはガンガディアがずっと願っていたことでした。ですがそれを三つ目の願いにしてしまえば、ガンガディアはマトリフの願いを一つも叶えていないことになります。
「君の望みを叶えるために私はいるのだ」
「それがオレの望みなんだよ」
「何故だ……もっと、金が欲しいとか、良いところに住みたいとか、そうだ、王族になりたいとか、いくらでも望みはあるだろう」
「オレは城に住み込みで勤めてるんだぜ。給料だって良いしよ。それに王族の大変さは見てるから知ってんだよ。自分がやりたいとは思わねえ」
「しかし」
ガンガディアは引き下がりませんでした。それには理由があったのです。実はガンガディアはマトリフに呼び出される日をずっと待っていたのです。ガンガディアはマトリフにランプを拾われてから、ずっとランプの中からマトリフを見ていました。いつかマトリフの願いを叶えることを心待ちにしていたのです。
「さあ、お前を自由にしろ」
ガンガディアは渋々指をパチンと鳴らしました。するとランプは輝きを失い、ガンガディアの両手首にあった手枷は落ちていきました。
「さあ、どこへでも好きな所へ行けよ」
しかしガンガディアはどこへも行きませんでした。ガンガディアがいたい場所はここだったからです。
それからガンガディアはマトリフと一緒に暮らすことになりました。マトリフもガンガディアのことを気に入ったからです。二人は末長く幸せに暮らしました。
おしまい
大魔道士とカエルのトロル
その泉には一匹のカエルがいました。名をガンガディアといいました。ですが本当はカエルではありません。悪い大魔道士によってカエルに姿を変えられていたのです。
ある日、泉にこどもが来ました。そのこどもは金色の空飛ぶスライムを連れていました。こどもとスライムは楽しく泉の周りで遊んでいたのですが、スライムがうっかり泉へと落ちてしまいました。ガンガディアは沈みそうになっていたスライムを口に咥えて水面まで運んでやりました。
こどもとスライムはガンガディアにお礼を言って、自分の家へ招待しました。おいしいご馳走を準備するから遊びに来てよ、と誘ったのですが、ガンガディアは首を横に振りました。
またある日に、親子連れが泉へ来ました。銀髪のこどもはガンガディアを見つけると嬉しそうにはしゃぎました。ガンガディアは暫くそのこどもと遊んでやりました。こどもはもっとガンガディアと遊びたいから、家に来てほしいと言いました。しかしガンガディアはまた首を横に振りました。
次に泉に来たのは魔王でした。いえ、元魔王です。元魔王はガンガディアを見ると不憫に思ったようで、元に戻す方法を探してやると言いました。この元魔王はガンガディアが昔に仕えていた相手なのです。ガンガディアはとても感激しましたが、やはり首を横に振りました。
ガンガディアは泉に一人になりました。夜の鳥の声が聞こえます。するとその鳥を蹴散らすように飛んできた者がありました。
「なんでえ、まだここにいたのかよ」
それは悪い大魔道士の声でした。ガンガディアがゲコゲコと鳴きました。ガンガディアはみんなからの誘いを断ったのは、この悪い大魔道士を待っていたからなのです。
ガンガディアは怒っていました。大魔道士は自分をカエルに変えてどこかへ行ってしまったきり、全然帰ってこなかったからです。
「まあ、戻してやるか」
大魔道士が呪文を唱えると、カエルはみるみる大きなトロルに姿を変えました。
「酷いじゃないか大魔道士。私を置き去りにするなんて」
「これでちっとは懲りただろう」
実はこの二人は恋人同士でした。ですがちょっとしたことで喧嘩になり、大魔道士マトリフは呪文でガンガディアをカエルに変えてしまったのです。
「まあオレも言い過ぎたしよ。悪かった」
マトリフはガンガディアをカエルに変えたものの、寂しくなって数日で戻ってきたのです。そしてガンガディアにはそうなることがわかっていました。ですから誰に招待されてもこの泉を離れなかったのです。
「私のほうこそ悪かった。すまない」
二人は仲直りの証に抱きしめ合いました。二人は抱き合ったまま呪文で二人が暮らす洞窟へと帰っていき、たまには喧嘩をしながらも、幸せに暮らしました。
おしまい
パプニカの笛吹き男
このパプニカ国は豊かな国でした。温暖な気候は生活がしやすく、風光明媚な港は他国からの来訪者にも人気でした。
ところが、そのパプニカ国を魔物が襲いました。長い間平和が続いていたパプニカ国には魔物との戦い方を知る者はいませんでした。
すると一人の男が現れました。白髪の小柄な老人で、名前をマトリフといいました。マトリフはパプニカ王に自分が魔物を全部退治してやると言いました。そんな非力そうな老人に何が出来るのかと大臣たちは反対しましたが、国王はマトリフに魔物退治を依頼しました。
マトリフは懐から笛を取り出すとそれを吹きました。国中にその笛の音が届きます。それは物悲しく不気味な音色でしたが、魔物の群れは大人しくなりました。マトリフは笛を吹きながら街を歩いていきます。すると魔物たちはマトリフの後について歩きました。マトリフはそのまま街を出て、遠い森まで魔物たちを連れていきました。
パプニカ国には平和が戻りました。しばらくすると笛吹き男のマトリフがパプニカ国へ戻ってきました。約束の報酬を受け取るためです。しかし大臣たちは報酬を払いませんでした。それどころか、この笛吹き男こそ魔物を国へと誘い込んだ張本人だと吹聴しました。そのせいでそれまでマトリフに感謝していた街の人々の態度まで変わってしまったのです。
怒ったマトリフは再び笛を吹きました。すると街の人々がその笛の音に誘われてマトリフの後をついていきます。街中の人々がマトリフの後に続く大行列ができていきました。それを見て慌てたのが大臣です。大臣は街の人々を返してくれと懇願しましたが、マトリフは聞き入れませんでした。
マトリフの笛の音は止みません。マトリフを先頭にした行列は街外れまできました。
するとそこに一人の大男が立っていました。男は不思議と笛の音を聞いても平気なようでした。
「それは笛の音と見せかけた呪文なのだろう」
その大男が言いました。名前をガンガディアといいます。国はずれの森に住んでいるガンガディアは、パプニカ国の騒ぎを聞きつけてやってきたのです。
マトリフは笛を吹くのをやめました。この笛の音の呪文を見破ったのはガンガディアが初めてだったからです。
「街の人々を解放してやってくれないか」
「何故だ」
「この国は魔道書が豊富でね。無くなっては困る」
ガンガディアの言葉にマトリフはにやりと笑いました。そして呪文を解きました。連れてこられた街の人々たちは夢から醒めたようにあたりを見渡して、自分の家へと帰っていきました。
「お前、魔道書が好きなのか」
マトリフがガンガディアに言いました。ガンガディアが頷いたので、マトリフはガンガディアを棲家にしている洞窟へと連れていきました。
洞窟には魔道書が溢れていました。それを見てガンガディアは目を輝かせました。そんなガンガディアを見ていると、マトリフはパプニカ国への怒りを忘れていきました。
笛吹き男のマトリフとガンガディアは今も二人で暮らしています。ときおりマトリフは笛を吹きますが、それは楽しいときに限られていました。
おしまい