火傷 もう二度と誰かにこの呪文は向けまいと思っていた。
だがこの歳になってできた弟子に、授けなければならなくなった。この呪文がなくても勝てるなら教えたくはなかった。この呪文の恐ろしさを背負うには弟子は若過ぎたからだ。
しかしポップはこの呪文を制御した。マトリフが放ったメドローアを両手で受け止めたのだ。同時に二つの呪文を扱えるというだけで並の魔法使いに出来ることではない。だが初めて見たメドローアをポップは受け止めた。
このまま押さえ込めればメドローアは相殺できる。マトリフがそう思った時だった。ポップの右腕が勢いよく炎に包まれた。
ポップが苦痛に声を上げる。マトリフは頭が真っ白になった。
「ポップ!!」
マトリフは思わず叫んでから、ポップが火炎系呪文を得意としていたことを思い出した。双方の威力が合わなければバランスが崩れる。このままではポップは炎にのまれてしまう。
マトリフの脳裏に燃え上がる竜の姿がちらついた。そしてその竜は爆発によって体が吹き飛び、半身を失って地上へと落ちた。そのとき感じた熱が蘇る。
「消えるんじゃねえ!!」
叫んだ声は光に飲み込まれる。強烈な光が当たりを照らした。
やがて眩い光は散った。目を眩ませたそれが命の最後でないことを確かめたくて、マトリフは震える脚を叱咤して砂地を踏みしめた。
「ポップ……」
ポップはそこに立っていた。右腕からは煙が上がっている。しかしポップは生きてそこにいた。
ポップはマトリフを見ると歯を見せて笑ってからその場に倒れた。
「ポップ!」
マトリフはポップに駆け寄る。ポップは右腕を押さえて顔を歪ませていた。
「へへ……ちゃんと生きてるぜ師匠」
「腕見せろ!」
「あ、痛えって!」
マトリフは燃えたポップの袖を捲り上げる。そこには焼け爛れた皮膚があった。焦げた匂いが鼻につく。マトリフは記憶が過去に引き摺られそうになるのを堪えて回復呪文を唱えた。
「ちょ、師匠ダメだって!」
なぜかポップは嫌がるように腕を引く。マトリフは逃さないようにポップの腕を強く掴んだ。
「大人しくしてろ!」
「これ以上呪文を使うなって! また血吐いたらどうすんだよ」
マトリフは逃げられないうちにと最大限の魔法力でポップの腕を回復していく。だが完治する前にポップは腕をマトリフの手から引き抜いた。ポップは逃げるように立ち上がる。
「こんなの冷やしとけば大丈夫だって!」
ポップはもう平気だと言わんばかりに右腕を振っている。だがまだ痛みが残っているようで顔を顰めた。
マトリフは立ち上がるとポップの首根っこを掴まえた。
「来い」
有無を言わせずマトリフはそのままポップを洞窟まで連行する。呪文を使うなと言うなら、よく効く薬草を塗りこんでやろう。かなり染みるが、ポップが呪文を使うなと言うのだから仕方がない。
マトリフは弟子を引き摺りながら過去を追い払った。今は感傷に浸っている場合ではない。弟子が死なないように鍛え上げて、生きて帰らせる。そしてこの呪文を使う者の苦しみを、もしポップが知ったときに助けてやらねばならない。
マトリフはガンガディアを焼く炎が今も頭から離れない。この手で奪った命が、今もマトリフの中に残り続けていた。