クーデレ その日マトリフはカールにいた。アバンやポップと一緒に丸テーブルを囲んでいる。久しぶりに会って食事でも、とのアバンの誘いで集まっていた。
振る舞われたアバンの手料理を食べ終えても話は続いた。気心知れた仲であるから、雑談から世界情勢についてまで話題は尽きない。
そうこうしているうちに日が暮れてきた。天気が良いからと開けられていたバルコニーから涼しい風が入ってくる。その窓へと、デストロールが静かに降り立った。
「げっ……」
その青い巨体を見てマトリフは嫌そうに口を曲げる。ガンガディアは巨体を折り曲げてバルコニーから室内へと入ってきた。
「歓談中にお邪魔してすまない。大魔道士を迎えにきた」
ガンガディアは礼儀正しく言ってアバンとポップを見た。しかしマトリフはガンガディアに背を向けると、カップに残った冷めた茶をちびちびと飲み始める。
「来るんじゃねーよ。ルーラで帰れるって言っただろ」
「私が迎えに来なければ、街で飲んで遊んでくるつもりだったのだろう?」
「チッ……」
マトリフは図星をさされてそっぽを向く。しかしガンガディアは慣れていると言わんばかりに気にしなかった。ガンガディアはアバンやポップと気さくに話しながら、マトリフが茶を飲み終えるのを待った。
やがてゆっくりゆっくり飲んでいた茶も無くなり、マトリフは渋々立ち上がる。ガンガディアはマトリフと一緒にバルコニーへ出ると屈んで手を差し出した。マトリフは溜息をひとつついて、ガンガディアの指を掴む。
「では失礼する」
「今度は二人一緒に来てくださいね」
「じゃあなー師匠」
手を振り合うガンガディアとアバンとポップに、マトリフは苦虫を噛み潰したような顔をする。ガンガディアは外面が良く、マトリフ以外の人間ともそれなりに上手く付き合っているのだ。マトリフは苛々としながらガンガディアの手を叩いた。
「さっさとしろよ」
「君は注文が多いな。来るなと言ったり早くしろと言ったり」
「うるせえ」
ガンガディアはやれやれと肩をすくめて、マトリフの手を握りルーラを唱えた。残ったアバンとポップはその姿を見送る。
「ガンガディアのおっさんはしっかり者だから、師匠を任せても安心だな」
ポップの言葉にアバンは頷きながらも、少し含みのある笑みを浮かべた。アバンは二人の関係を、ポップより詳しく知っていたからだ。
***
ガンガディアは洞窟の前に降り立つ。いつの間にかマトリフは横抱きにされていた。ルーラの途中で抱きかかえたらしい。
「下ろせ」
「断ると言ったら?」
ガンガディアはマトリフを抱いたまま洞窟に入ると岩の戸を閉めた。そのまま奥の部屋まで一直線に進む。その様子にマトリフは長い長い溜息をついた。これから行われる事を予測したからである。
「大魔道士」
「へいへい」
マトリフは面倒臭そうに返事をすると、ガンガディアの頭を抱き寄せた。ガンガディアはマトリフの胸に顔を埋める格好になる。
「……君がいなくて寂しかった」
「そうかよ」
ガンガディアはマトリフに顔を埋めながらその小さな身体を抱きしめる。ガンガディアは外では冷静に装っておきながら、二人きりになると恥じらいもなく甘えてくるのだ。ただあまりの体格差に、マトリフはこうして抱きしめられているとぬいぐるみにでもなった気分になる。
「君が恋しかった」
ガンガディアはマトリフを束縛したくはない。マトリフが友人と会うと言うなら快く送り出している。だがマトリフのいない洞窟で時間を過ごすと、どうしようもなく寂しさを感じるのだった。そうなるとガンガディアはこうしてマトリフを離さなくなる。いわゆる充電時間であった。それもガンガディアがマトリフを思うが故のことで、マトリフもそれをわかっているから邪険にできない。
「もういいか」
「あと少し」
ただその姿を自分にだけ見せるのだと思えば、マトリフも悪い気はしないので、大人しく抱きしめられているのだった。