にんげんって…… マトリフは洞窟でぐうたらな午後を過ごしていた。辺鄙な場所で一人で暮らしていると、朝から酒を飲んでも何時間昼寝をしても、誰に憚ることもない。
だがそんなマトリフの洞窟にやって来る者がいた。小さな足音を聞いてマトリフは出入り口に目を向ける。小さな魔物でも迷い込んだのかと思ったからだ。
だがそれは魔物ではなかった。その小さな姿を見てマトリフは目を見開く。それが何なのか見極めようとするものの、マトリフの叡智をもってしても理解できなかった。
それは一見、ポップだった。だが小さい。幼児ほどの大きさだが、幼児ではない。全体的に簡略化されたような見た目で、ちょっと三角だ。
そのポップ的な生き物は洞窟に入って来ると、マトリフを見つけた。その小さな手をこちらに向けて振っている。パッと見は愛くるしいが、正体がわからないから不気味だ。
「ニフラム」
マトリフは呪文を唱えた。低級魔物であればこれで消え去る。だがそのポップ的な生き物は呪文を受けても平然としていた。それどころかぴょんぴょんと跳ねながらマトリフの元へと来る。
よく見ればその小さな頭には黄色のバンダナが巻かれている。服も緑色で、いつもポップが着ている旅人の服と似たデザインだった。
「おめえ……ポップなのか?」
するとポップ的な三角の生き物はこっくりと頷いた。簡略化された顔が笑みを浮かべているように見える。
「なんでこんな姿になっちまったんだ」
マトリフはポップを持ち上げる。その体は軽く、まるでぬいぐるみのようだった。
「まさかすけべな本でも開いて呪いにでもかかっちまったのか?」
こんな呪いは聞いたことがないが、方々の遺跡に探検だと言って出かけているポップのことだから、未知の呪いを受けることもあるだろう。
「世話の焼ける弟子だな。どうにか呪いを解いてやるよ」
ポップは聞いているのかいないのか、手をぱたぱたと振っていた。
それからマトリフと三角のポップの生活が始まった。マトリフはあらゆる文献を読んでみたが、やはりこんな小さな三角になる呪いなんて見当たらない。三角のポップは喋れないのか、身振り手振りでマトリフに何かを伝えてくる。だがそれがイマイチ伝わってこない。
今も三角のポップは転がっている。前転のようだが、それが意味することがわからない。
「おい、もう寝るぞ」
もう夜も遅い。マトリフは転がっているポップを拾い上げて布団の上に置いた。ポップが修行していたときに使っていた布団をベッドの横に敷いてある。だがポップはベッドをよじ登っていた。
「なんでえ、またこっちで寝るのか」
ポップは自分の定位置はここだと言わんばかりに、枕の横に寝転がった。そして枕を小さな手でパスパスと叩く。早く来いとでも言っているのだろう。マトリフは蝋燭の火を消してベッドに寝転がった。
翌朝、マトリフは茶を淹れていた。この三角のポップが来てからというもの、朝もいい時間に起きて朝飯を食べるという習慣がついていた。三角のポップも小さなパンをかじっている。この三角の顔に口が見当たらないのだが、食べることはできるらしい。
すると、洞窟に元気のいい声が響いた。
「師匠〜、おはようさん!」
そう言って入ってきたのはポップだった。マトリフは目を丸くさせてポップを見る。三角のポップも、ポップのほうを見ていた。
「……なにこれ?」
ポップが三角のポップを見て言う。三角のポップは顔にパンくずをつけていた。
「これっておれのぬいぐるみ? 師匠ってばおれが恋しくてぬいぐるみなんて作ったのか?」
あははと笑いながらポップが三角のポップを持つ。すると三角のポップがジタバタと暴れた。
「うわっ、動いた!」
ポップは驚いたように三角ポップを手放す。三角ポップは落ちてポヨンポヨンと跳ね返った。
「……こいつ、おまえじゃなかったのか」
マトリフは三角ポップを拾い上げる。落としたら可哀想だろう、とマトリフは呟いた。ポップは驚いてマトリフを見返す。
「師匠、こいつのことおれだって思ったの!?」
「どう見てもおまえだろ」
「おれはここにいるじゃん!」
「分裂でもしたんじゃねえか?」
マトリフは三角ポップの顔についていたパンくずを取ってやる。三角ポップはいそいそとマトリフの肩へと乗った。最近ではそこが三角ポップの居場所になっている。マトリフも三角ポップが落ちないように手で支えてやった。
「え……なにそれ」
ポップは仲睦まじいマトリフと三角ポップの様子を見て眉間に皺を寄せる。なにか釈然としない気持ちになっていた。
「おれのほうが可愛いだろ!?」
「なに言ってやがる」
メダパニでもかかってんのか? とマトリフは独りごちる。ポップは不満そうに声を上げて床を転がっていた。そういえば三角ポップも床で転がるのが好きだった。そのあとで床で眠ってしまうものだから、何度も踏んでしまいそうになった。
「おまえも茶飲んでいけよ」
「パンも食べたい」
注文の多い弟子だと思いながらマトリフはパンをメラでさっと焼く。それにアバンから貰ったジャムも出してくる。ポップは口を曲げながら椅子に座った。
「おらよ」
「ありがと」
これアバン先生のジャムだ、とポップは嬉しそうにパンにジャムを塗っている。マトリフはそのポップの頭の上に三角ポップをそっと乗せた。
マトリフからすればどっちも可愛いに決まっている。更に二人揃っているとなお良いと、しみじみと眺めた。