おじさんの恋人 店のチャイムが鳴る。夜のコンビニは煌々とした明かりを灯していた。
「いらっしゃいませ」
ヒュンケルは小さな声を上げる。コンビニのアルバイトは数日目だがまだ慣れなかった。元より接客に向く性格でないことはわかっている。だが親がいないヒュンケルを引き取って、一人で育ててくれている父を少しでも助けたくて、ヒュンケルはアルバイトを始めた。
ヒュンケルは棚の前に屈みながら、減っている商品を補充していく。すると客がレジへと向かうのが見えた。ヒュンケルは立ち上がって急足でレジへと向かう。ちょうど客がカウンターにカゴを置いたところだった。ヒュンケルはバーコードスキャナーを片手に持ち、カゴの商品を手に取る。
「ヒュンケル?」
その声にヒュンケルは顔を上げた。
「ガンガディアおじさん」
そこに立っていたのは父の同僚のガンガディアだった。ガンガディアとはヒュンケルが小さい頃からの付き合いで、親戚のように慕っている。
「バルトスからアルバイトをはじめたと聞いていたが、このコンビニだったのかね」
「はい」
ヒュンケルは言いながらカゴの商品をレジに通していく。バーコードをスキャンする軽い音が連続して鳴った。
「おじさんの家はこの近くでしたか?」
「そうではないのだが、通りかかってね」
ガンガディアはスーツ姿なので仕事帰りなのだろう。カゴの商品も弁当や酒やおつまみ類だった。
そこでふとヒュンケルは不思議に思う。体型維持に気をつかうガンガディアにしては珍しく、ジャンクなメニューの弁当があった。しかも一人で食べるには量が多い。
ヒュンケルはちらりとガンガディアを見る。するとガンガディアはハッとしたように視線を泳がせた。
きっとおじさんも沢山食べたい日もあるのだろう。ヒュンケルが勝手に納得していると、カゴの底にあるものを見つけた。手のひらサイズのカラフルな箱だ。お菓子だろうかと持ち上げてバーコードをスキャンする。そこでヒュンケルは箱に書かれた文字を見て目を見開いた。
ウルトラBIGサイズ。0.01ミリ。
それが何であるのか知らないほどヒュンケルはウブではない。
ヒュンケルはそっとその箱を置いた。ガンガディアの泳いだ視線の正体はこれだろう。
ガンガディアに最近恋人ができたことはヒュンケルも聞いていた。どんな人なのかと何回か父が尋ねるのを聞いたことがあるが、いつもガンガディアは曖昧に笑って誤魔化していた。
「レジ袋ください」
なぜかガンガディアは敬語で言う。
「はい」
ヒュンケルはガンガディアの顔を見られないまま商品を袋に詰めていく。お互いに気まずい空気を感じていると、そこへ一人の客がやってきた。
「これも一緒に頼む」
そう言って置かれたのは新商品の缶ビールだった。その客を見てヒュンケルはまた驚いた。
「マトリフ、あまり飲みすぎては」
「これ新商品なんだぜ。硬いこと言うなよ」
ガンガディアに笑いかけている白髪の初老の男性。その人物をヒュンケルは知っていた。すると向こうも気付いたようでヒュンケルを見た。
「あれ、おめえはポップの……」
「どうも」
ヒュンケルは小さく頭を下げる。その人はヒュンケルとポップが通う大学の教授だった。ポップが師匠と呼んで慕っている人であり、ヒュンケルも何度か顔を合わせたことがある。
ガンガディアとマトリフが知り合いであることにヒュンケルは驚きながらも、缶ビールを袋へと入れた。そこでガンガディアのこの買い物が二人分の夕食なのだと気付く。一緒に帰って共に食事するほどの仲なのだろう。
「なんだよ、こいつがおめえが言ってたガキかよ」
マトリフがガンガディアに言う。どうやらガンガディアはヒュンケルのことをマトリフに話したことがあるらしい。
「ヒュンケルだ」
「そうそう。どこかで聞いた名前だと思ってたんだよ」
支払いを済ませながらガンガディアはヒュンケルに苦笑してみせた。
「ではまた。勉強も頑張りたまえ」
「はい」
ガンガディアはレジ袋を持って歩き出す。その腕にマトリフがまとわりついた。ガンガディアが小声で何か言っているが、マトリフは気にした様子もなく腕にしがみついている。マトリフの手がレジ袋を持つガンガディアの手の、一本だけ空いている小指を弄ぶようにくすぐった。
ヒュンケルは思わずその様子に見入る。するとマトリフが肩越しに振り返った。
マトリフは口の端を僅かに上げて頬に笑みを浮かべた。意味ありげなその笑みは一瞬で、すぐに自動ドアの外へと消えていく。
店内にベルの音が無機質に響いた。コンドームのカラフルな箱と、さっきのマトリフの笑みが交互に思い出される。ヒュンケルは小さく口を開けて息を吸い込み、誰もいない店内を見渡した。