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    seki

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    seki

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    休憩時間に暇してる加州くんがたまたま来た肥前くんとお茶して駄弁る話、または肥前くんの絶望は加州くんの希望という話。

    ※CPなし
    ※刀時代に折れていることに触れています(刀剣男士としての破壊描写はありません)
    ※独自解釈を多量に含んでいます

    隣の芝生は青くて綺麗、だからここには素敵な花を咲かせましょう 空の色も星の瞬きも覚えている。鼓舞する言葉にひりつく緊張感、響き渡る怒号とすぐに消えていく悲鳴。翻る浅葱色の向こう側に広がる真っ赤な血は一体誰のものなのか。確認しようとしたのに、気がつけば辺り一面〝くらやみ〟の中。
     それが俺の見た最期の景色。


     本丸の昼下がりは静かでいい。
     目が回るほど忙しくてあっという間に過ぎ去った午前の当番と、物量の鬼といえる昼餉の後片付けと掃除を終わらせた加州清光は、食堂の片隅でしばしの休息に耽っていた。卓の上に突っ伏して片側の頰をぺたりとつけて、時折り目を瞑ってはまた開ける。
     さっきまで同じ卓で茶を啜っていた獅子王と松井江は本日の業務終了、それぞれ別の用事へ出掛けていった。軽快なリズムが蝉の大合唱に混じって聞こえてくるから、江の面々は恒例のレッスン中なのだろう。
    「楽しそうでなにより。さあて、俺はどーしよーかなー。……あー、時間びみょー」
     柱にかかる時計の針は集合時間より一時間も前に鎮座する。次の業務は執務室の書類整理。うず高く積まれた紙束たちを思い出し、だからさっさとペーパーレス化進めておけばよかったのにさあ、と加州は深い溜息をついた。
    「なんか他……やることあったっけ。外行くのも暑そうだしなあ」
     爪紅が取れていないか軽くチェックをしつつ記憶を掘り起こしてみるが、今すぐ出来ることは何も思いつかず。仕方なく、暇つぶしにもう一杯お茶でも飲むかと立ち上がったその時。音もなくふらりと入ってきた男士と目が合った。
    「あ」
    「……なんだよ」
     まるで威嚇でもするように、赤と黒の脇差は元から鋭い目つきを更にきつくする。気の弱い短刀辺りは萎縮してしまうだろうが、加州は特に気にも留めず、にっこり笑って手招いた。
    「もしかして暇? ならさ、ちょっとお茶付き合ってよ。俺めっちゃ暇なの助けてー」
    「はあ? なんでおれなんだよ」
    「ここに肥前しかいないから」
    「…………」
     あからさまな嫌な顔。想像通りの顔に加州は返答を待たずに、そこ座っててーと指で向かいの座布団を示す。あまり人付き合いを好まない一匹狼タイプの男士が食堂へふらふら来る理由なんて一つしかない。
    「茶菓子なんだけど甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」
    「…………甘くねえの」
    「りょーかい」
     なんだかんだで無碍には断らない。そんな真面目な奴の為に、加州は菓子置き場の奥から普段用よりもちょっとお高めの煎餅と、ついでにお気に入りのおかきを数袋ほど盆へのせる。慣れた手つきで二人分のお茶を湯呑みへ淹れて、ふわりと広がるいい香りに目を細めた。
    「はい、おまたせ」
    「……ちょっと待て。あんた暑くねえの?」
    「暑い日こそ熱いの飲んだ方がいいんだよ。ここ一応冷房ついてるし、人間の体って案外すぐ冷えるんだよね」
     白い湯気の踊る湯呑みを前に、肥前は信じられないとばかりに目を見開いた。よく見ると黒のノースリーブから覗く腕や包帯が巻かれた首の辺りには、うっすらと汗が滲んでいる。
    「なに、外から帰ってきたばっか? なら冷たいのにするけど……あれ、確か今日非番じゃなかったっけ」
    「っ……冷房ついてても暑いもんは暑いんだよ。つーか、何でおれが非番って知ってんだ」
    「その辺のシフトは俺の担当。だから大抵の奴の予定は把握してるよ」
     卓を挟んだ向かいに腰を下ろして、さっそく加州は煎餅を一口かじる。にっと笑うと肥前は眉根を寄せつつも、いただきます、と小声で呟いた。隠しきれない律儀さに思わず笑いをこらえる加州だったが。ぎろりと強く睨まれてしまい、ゆっくり目を逸らして茶を一口飲んだ。
    「今日は南海先生も陸奥守もいないから暇?」
    「別に。静かで丁度いい」
     ぱりぱりぽりぽり。
     二振り分のかじる音が食堂に響く。朝昼晩の食事時はみっちりと埋まる空間が、今は嘘みたいに広くてがらんとしている。時折外から話し声が聞こえたり廊下が軋んだりしたが、中には誰も入ってこなかった。
     加州から話しかけて肥前が答え、しばらく無言になってまた加州が話す。何度かやりとりを重ねてだいぶ茶がぬるくなってきた辺りで、今度は肥前の方から話を振ってきた。
    「——で、本題は何だよ」
     日が沈む間際のような暗い赤色が鋭く細められ、鮮やかな紅色を突き刺す。早く話せと指先で卓をつつく肥前に、最後のおかきを口に放り込んだばかりの加州は咀嚼をしながら首を軽く傾げた。
    「…………何の話?」
    「は? あんた、おれに何か話があるからこうしてんじゃねえのかよ」
    「いや別に……適当に駄弁りたいだけなんだけど」
     絶句。そんな言葉がよく似合う顔をした肥前は視線を左右に彷徨わせると、そっと手のひらで覆ってしまった。
    「まじかよ……何もねえのに喋ってたのかよ……」
    「えー、そこ気にする? こう大所帯だとサシで話す機会ってなかなか無いし、そもそも肥前はあんまり喋るタイプじゃないし。だからさ、付き合ってくれてありがと。楽しかったよ」
     素直に感謝を告げたというのに。肥前はそれはもう訳がわからないという表情で固まってしまった。逆に加州は目元を柔らかく緩めて、ゆっくり眺める。残っていた茶をぐいっと飲み切り、項垂れた肥前へ声をかけた。
    「俺はそろそろ時間かなー。菓子の追加いるー?」
    「いや、いらねえ……そのまま置いといてくれ」
    「じゃあ後よろしく。あ、そーだ。聞いときたいことあった。ね、肥前はさ——」
     食堂の戸を開けたところで加州はくるりと振り返る。切れ長の赤い瞳と形のいい唇が弧を描き、まるで歌でも歌うように声を弾ませて。
    「幸せ?」
     思いもしなかった問いなのだろう。ほんの少しだけ混じった重い色を感じ取り、似ているようで似ていない肥前の赤色が驚きに染まる。
    「あんまり深く考えなくていいよ。そうだなー、美味しいもの食べてめっちゃ嬉しいー! とか、戦闘終わってからのお風呂とお酒最高! みたいな。そういう感じでいいからさ、肥前は……ちゃんとある?」
    「…………まあ、めしと酒は美味い」
     しばしの沈黙の末。目線を下げたままの肥前がぼそりと答える。うんうんと加州は満足気に頷いて手をひらひら振った。
    「ん、それならいーよ。ごめん変なこと聞いちゃって」
     何か言いたそうな顔ではあるけれど。次の言葉を聞く前に、加州は今度こそ食堂を後にした。

     本丸の昼下がりはやっぱり静かだ。
     これから書類整理頑張らなきゃだけどダルすぎー、と心の中で呟く。執務室へ向かう廊下は案外長くてがらんとしていて、人っ子一人いないから鼻歌でも歌ってやろうかと思う。いっそスキップしてもいいかも。だってほら、いいことあったし。
    「…………うん、よかったよ。本当」

     俺は折れても使って欲しかった。ずっとあの場所にいたかった。もし直してもらえていたら——最期まで傍にいれた?

     加州はぴたりと足を止める。胸の辺りがズキズキと痛んで軋んで、苦くて、悲しい。
     わかっている。その問答に何の意味もないことを。
     知っている。あいつにはあいつの境遇があることを。
     俺とあいつは違う。重ねても比較しても羨んでも妬んでも、変わることなんて何もない。あの時、俺は折れて終わった。何もない〝くらやみ〟へ囚われた。それは絶対に覆せない事実そのものだ。たとえ俺が直してもらえたとしても、己の意に沿わない結果だって充分にあり得た。
    「……難しいな」
     喉から手が出るほど欲しかったモノ。それを持っているのにどうしてお前は、と何度口から出かかったのか正直わからない。幸せのカタチはそれぞれだから周りがとやかく言うもんじゃないし、俺の考えを無理やり押し付けてはいけない。
     だから、せめて願わせて欲しい。月並みでも陳腐でもありきたりでもいい。その幸せが巡っていつか俺の幸せになるから。

     肥前忠広、あんたが幸せでなければ。俺はいつまでも報われねえから。
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